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 北西の地、白銀月国はハーブの産地。

 白い崖に寄り添うように作られているその国には、大陸一の湖がある。

 白い城と、豊かな森を水面に映すエレイン湖は、北西の地にある国々から人が押し寄せる人気観光地。

 そのエレイン湖を囲うように造られた城下街にあるレストランの一つで食事中。


「娘のシルフィードです」


 父が「よろしくお願いします」と続け、両親は2人揃って会釈をした。


「孫のフレッドです」


 プロスペロー薬草園の経営者、ダズ・プロスペローが隣にいる孫を掌で示した後、会釈をした。

 齢70歳近いと聞いていたが、髪も髭もふさふさで、白髪も皺も少ないので50代と言われても頷くだろう。

 彼とは父の仕事の手伝いで、何度か会っている。挨拶程度ではあるが。

 孫のフレッドは今日初めて会った。遠目で見たことはあったが、間近では初。

 着席すると分かりにくいが、私よりも頭ひとつ分背が高く、よく日焼けした褐色の肌に中々逞しい体つきをしている。

 キリッとした斜め一文字の眉に猫目。素直に格好良い人、と感じたが、とっつきにくそうとも思う。

 落ち葉色の髪を全てあげているから、余計にそう思うのかもしれない。

 青味の強いアメジストのような瞳だけが、柔らかで穏やかな雰囲気を出している。


「単刀直入に言いますが、婚約破棄が二度となるのは困ります。元々話を進めていた経営の事以外では、基本的にそちらの条件を呑みますので、なるべく早く入籍でお願いしたい」


 ダズが歯を見せて笑うと、隣のフレッドは顔をしかめた。私を見て、小さなため息。

 これには少々傷ついた。私の両親はそれなりの見た目で、私も中の中くらいの容姿だと自負している。

 見ていきなりため息とは、元々の婚約者、私の妹と比べたのだ、と直ぐに分かる。

 妹はすらりとした長身美人で、私はちんまりした可愛い系の容姿。肩までしかない直毛の妹と、ウェーブのかかった鎖骨下まである髪の私。私達姉妹の見た目は真逆だ。


「その件は、大変申し訳ございませんでした。下の娘は奔放で、その娘を薦めたことが大きな間違いでした。親として、確かな相手と良い縁を結んで欲しいと願っていたもので……」

「お気持ちはお察しします。どこぞの馬の骨と愛娘が駆け落ちなど、ご両親が誰よりも悔しいでしょう」


 父が謝ると、ダズが「いやいや」と手を横に振った。

 この父の言う「下の娘」とは先日、恋人の貧乏画家と駆け落ちをして、行方をくらませた私の妹エルフィールのこと。


【——中略。ほとぼりが覚めたら帰るわ。孫も見せられると思う。なんだかんだ、孫で解決よ。お姉ちゃん、色々よろしく。元々家を継ぐのはお姉ちゃんだったから良いよね? 家を継ぎたくないならお姉ちゃんも家出すると良いわ。その時は例の秘密の場所で待ってる】


 それがエルフィールの置き手紙。父も母も「例の場所は気になるがエルフィールは追いかけても無駄な頑固者だ。絶対に帰ってこない」と諦めて、エルフィールとの伝書鳩役を私に投げた。

 元々私に来た見合い話を、次女と恋人を引き離す理由にしようとしていた両親は、エルフィールの駆け落ちに肩を落とした。

 そうして、見合い話が私へと戻ってきた、という訳である。

 ダズは、プロスペロー薬草園は、父の営む小さなハーブ園を傘下にしたいらしい。

 仕事を手伝っている私としては、見合い話を受けたい父の気持ちは良く分かる。大きな薬草園から婿を迎えて、独立経営を守りながらも傘下に入り、事業拡大をする。実に良い話だ。


「私としては、孫と共にそちらのハーブ園をより盛り立てていける娘さんとの縁談と望んでいたので、今回の婚約破棄は嬉しい限りです。孫の世間体以外は」

「本当に申し訳ございません」

「ですから、流石に婚約破棄が2回も、とは困る。姉妹に揃って逃げられたなど、孫が不憫でならないのでそのあたりはどうです? シルフィードお嬢さん」


 ダズに問いかけられて、父は苦笑い。微笑みかけられたので、私は笑顔を返した。

 私だってエルフィールのように恋愛をしたい。しかし、20年間、淡い恋心を抱いた相手にはいつも恋人がいた。

 そして、私は父のハーブ園が好きだ。一緒に働いて、いつかは私が経営をする、と思っている。

 単に嫁に行くのならともかく、恋愛をして、婿を取って、ハーブ園を営んでいくのは夢のまた夢だと思う。

 それなら、大薬草園と縁を結び、既に知識や技術のあるフレッドと共に働く方が現実的。

 見た目に嫌悪感のない、むしろ好感を抱ける相手なら、いつか好きになれるかもしれない。逆はどうだか知らないが。

 私には父のため、ハーブ園のため、という断りにくい理由はあれど、断る理由はない。是が非にも断りたいという気持ちもない。

 今の私の気持ちは、そんなところ。

 婚約にしろ、結婚にしろ、相手から断られれば相手の面子を潰すこともない。婚約破棄したくなったら、向こうからお願いされるようにするしかない。


「その気がなければ、この場に来ていません。妹同様に雲隠れです。この度は妹が大変失礼致しました。婚約が決まってから駆け落ちなど……」


 私が発言すると、フレッドが目を丸めた。表情の意味を考える。エルフィールはタイプだったが私は違うらしい。その私が乗り気なのは想定外といったところ?

 見つめたら何か喋るかと思ったら、フレッドは私から目を背け、スープを飲み始めた。


「それは良いことを聞いた。なあ、フレッド」

「ええ」


 フレッドは興味なさそうに無表情で短く答えると、スープを飲み続けた。飲み方は綺麗。品がある。さすが、大薬草園のお坊ちゃん。


「二度も婚約破棄なんて困ります。面子が丸潰れ。離婚も。おじい様の言ってくださった通り、姉妹に揃って逃げられたなんて、そのような恥、耐えられないと思います」


 スープを飲み終わったフレッドが、空になった皿を見つめながら淡々と口にした。

 私の夫になる男は、外聞が大事、という人らしい。

 

「シルフィードお嬢さんにそのような気はないようで良かったな」

「はい。おじい様」


 フレッドは私をチラリとも見ない。急に不安になる。

 彼は「婚約破棄なんて御免」だけではなく「離婚も」と口にした。

 このフレッドが私に心を開かないと、私は一生孤独な妻になってしまう。かといって、浮気をしたら、この世間体を気にする男が許すとも思えない。

 この政略結婚話、受けて大丈夫か? しかし、もう乗り気だという台詞を吐いてしまった。更に既に「面子を潰すな」と圧をかけられている。逃げ道は、エルフィールと同じ行方不明だ。それしかない。

 そうしたいかというと、それ程の拒否反応はない。

 両親やハーブ園から離れたくない。その気持ちの方が優っている。


「それでディオンさん。ハーブ園の経営権ですが、今はまだ修行の身と思っていますし、貴方からも沢山学びたいので5年を目処に譲渡していただくのではどうでしょうか?」

「私から学びたいなど、ご謙遜を。既に園を1つ任されていると伺っています」

「その園は叔父上に譲る予定です。私はファチュンハーブ園の伝統を守りつつ、より良い園にしたいと思っています」


 本日初めて、フレッドが笑顔になった。白い歯を見せた爽やかな笑みに少し見惚れる。

 笑うと強面から可愛らしい感じになる。眺めていたら、目が合った。フレッドは無表情になり、私から目を逸らし、また空皿に視線を落とした。

 どうやら彼は、父のハーブ園は欲しいけど、私は気に食わないらしい。

 思わず私も俯く。笑顔だ笑顔、と思っても眉間に皺が寄っていった。膝の上で重ねている手を握り締める。


(そんなにエルフィールが良かったの? だからって露骨過ぎよ)と、心の中で毒づく。

 

 こうして私の実家、ファチュンハーブ園は、大薬草園であるプロスペロー薬草園から婿を取ることになった。

 結婚式はお見合いの日から数えてちょうど1ヶ月後。

 その間、私とフレッドが会ったのはたったの4回。

 お見合いの日。その次は両家顔合わせ。結婚式の打ち合わせ2回。それだけ。

 フレッドは私にだけ寡黙で無表情。結婚話には乗り気。なんだかチグハグ。

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