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魔法のことば

作者: 水瀬黎

――――――あんたは、幸せか?


多くの人がこの問いに、一瞬ためらってこう答えるだろう。

幸せだ、と。

しかし、それは本当なのだろうか。

本当に心の底から幸せだと思っているのだろうか。

一方で口をつぐむ者もいるかもしれない。

幸せそうにみえるか、と。冷たく、暗い視線で訴えかけてくる。

そのために運命を呪う者。自分の境遇を嘆く者。人を妬む者。

そういう人は、少なくはないと思う。


これは、魔法使いと一人の少女の物語――――




「あんた、幸せか?」

病院の窓ガラスを突き破ってきたオレは、ごめんなさいやすみませんを省略してそんな問いをなげかけた。

「幸せそうに、みえますか……?」

儚い()の少女が答える。

想像通りの答えだった。

予想してたとはいえ、つらい。そんな目でみつめられると。

たえられず、視線をそらしてしまった。

「そう、だよな」

自分で話をふったくせになんていうヤツなのだろう。

我ながらそう思う。

この重い空気を一掃しようと話のタネをさがす。

ん、これは……!なんだ、このほんのり白い液体。

ああ、なるほど。激薄パン(がゆ)か。味すんのか、コレ。

「しっかしマズそうな飯だな」

むっとしたらしく、眉をぴくりとつりあげる少女。でもそれは無視。

「パン(がゆ)なんてもん食ってたら治るもんも治んねーぞ」

そう言って手に持っていた紙袋からほかほかのクリームシチューを出して手渡す。

「食え!」

満面の笑顔で差し出す。

おいしそうな匂いに、少女が手をのばしたその時。

「き~み~か~ッ」

まがまがしいオーラを背後に感じてびくりと肩を震わせる。

オーラの発信源は、オレの知人である院長だった。

「げ」

「窓ガラス割って三階に侵入したバカがいると聞き

なんとなく予想はしていたが、やはり君だったか」

「仕方ねえだろ、追われてたんだよ」

「ふっ、ついに騎士団に目をつけられたか」

くい、と銀縁眼鏡を押し上げて尋ねる。

「騎士団より厄介だぜ? 

恋は盲目とかどっかのおっさんがほざいてたけどあいつにいたっては目が腐り落ちて脳みそまでいかれてるぜ、きっと」

「ほう、それは物好きな。しかし異常性愛者とは興味深い」

論理的な思考力だけはある彼が、いっさいの説明をかっとばして理解してくれたようだ。

「よくわかったな、異常だって」

「君は最初は衝突するもののたいていの者と調和する。

 しかしその君が苦戦しているとは、並大抵の者ではないのだろう」

「まあな。

 ってそんなことはどうでもいいんだよ!なんだよこの飯」

そう言って皿を指差す。

「ほぼ水みたいな粥じゃねーか。これじゃ治るもんも治んねーぞ」

「……最近治療代を払える者が減っている。国の補助もな」

視線を床に落としてぼそりと言う。

「まじかよ」

「だから窓の修理代すらあやういのだが」

きらーんっとあやしくメガネが光ったような気がする。

「わーったわーった。直す。作ってやるから」

そういってガラスの破片に向き合う。

「?」

何をするのだろう、とのぞきこんでくる少女。

意識を、破片に集中させる。

すると、破片がオレンジ色の光を(まと)って窓枠へと戻っていった。

「え……?!」

驚くの少女の顔をみて、オレは得意げに笑った。

「オレ、魔法使いだから」

 その日から、毎日オレは色んなものを持ってそいつのところへ行くようになった。

理由?さあ、なんだろうな。



「よっ、今日は花束もってきたぞ。

 この部屋殺風景だしな。

 ピンクとかオレンジとかカラフルにしてもらったぞ」

花の名前とかよくわかんねーけどキレイだろ、と大きな花束を渡す。


「……ピンク、なんですか」

「あ」

少女が色を認識できないといってたことを思い出し、ばつが悪そうに頬をかりかりとかくオレ。

「いえ、お気になさらないでください」

「すまん」

残念そうに花をみつめ、はぁ、とため息を吐く少女。


「なあ、おまじない、教えてやるよ」

「へ?」


「そんな難しいもんじゃねえよ。オレがあんたに『幸せか』って聞く。

んで、あんたは幸せだろうがそうでなかろうが『幸せだ』って答えろ」

「それは、『嘘』になるのでは?」

「え?」

「幸せでないのに、幸せだというのは『嘘』なのではないですか。

 兄様に、嘘はいけないと教わりました」


 妙なところはまじめなヤツだな。


「嘘もホントになったら嘘じゃなくなるぜ」

「……詐欺師みたいなこと言いますね」


は?そんなのと一緒にすんなっ。

「詐欺師じゃねーっつの。いいか、言葉には不思議な力があるんだ。悪いこと言ったらホントに悪いことが起こるし、いいこと言ったら倍になって自分に返ってくんだよ」

「……」

「なんだよ、そのうさんくせえ目は。騙されたと思ってやってみろよ。マジ効くから」

そんなこと言われても、信じられません。とローズピンクの目が語っている。


「ほらほらそんな目すんじゃねえよ。『幸せですか?』」

 期待に満ちた目でみつめられ、動揺する少女。

「し、『幸せです』っ」

なんかチンピラの気持ちがわかった気がする。けど、そのうち心からそう言ってくれる日がくればどんなにいいだろうか。おびえる少女を安心させるため、オレは満足げにうなずいた。




「幸せか?」

「『幸せですよ』」

そう、機械的に返ってくる。

ん~。こりゃなかなか強敵だわ。

そんなとこを考えていると。

がたん、と扉の外で何かが落ちた音がした。

「?」

二人そろって扉の方をみる。

そこには、少女と同じ卵のように鮮やかな金色の髪の青年が立っていた。

足元には着替えや装飾品(アクセサリー)などが入った木の箱が転がっている。

「げ、いつのまに……」

いつ入ってきたんだ、とつぶやく。


「チェルシー、この男はいったい誰だい?」

笑顔。だけど全身から湯気のようにたちのぼる殺気。


「に、兄様、おひさしぶりです……」

兄様?!兄さんいたのか、初耳だぜ。

「うん、ひさしぶり。一か月ぶりだね。

……ずいぶん顔色がよくなったみたいだ。僕嬉しいよ」

くしゃり、と大きな手で頭をなでる。

「けど、この男は誰かな」

そう言ってオレに絶対零度の視線を向ける。

「怖えぇっ怖えぇっつの、兄さん」

どす黒いオーラをよけるため、近くにあった枕を盾にする。


「きみに義兄さん呼ばわりされる覚えはないよ?」

「呼んでねーよッ!」

なんだこいつ、自動解釈機か!


「ぼく、ちょっと彼と話をしなきゃいけないから」

そう言ってがしっと腕を掴んで部屋の外へひっぱっていく。

「ヘルプ!ヘルプ!」

「いってらっしゃいませ」

すんばらしい笑顔で手を振る。

「あんたは悪魔か!」

「マイスイートエンジェルになんてこというんだい?」

腕を拘束する力がさらに強まる。お兄さん、腕がもげます!

「いてっ痛いっつの、腕放せ~!」


 このあと十数分の尋問にたえることになる。

そうしてなんとか、お兄さんの誤解を解くことができた。


「……あんたの兄さん、変わってるな」

「あなたも相当変わっていますけど」

「オレはまだいい方だっつの」

そういって知り合いのすごいヤツの一部を例に挙げて弁解した。

「……世界は広いんですね」

まったくだ。


「なあ、前から思ってたんだけどよ」

いつになくまじめな表情になって言いかける。

「あんた、なんでそんな目してるんだ?」

「そんな目?いったい何のことですか。

ああ、色彩をとらえないこの目に同情しているのですか」

「違ぇよ、そのことじゃねえ。あんたの目の光のことだ」

「はい?」

意味がわからない、というような顔をする。

あー、はっきり言ってやる!

「だから、身体は回復してんのに、なんで目は死んだままなんだっつってんだよ」

「!」

動揺した。一瞬だけだったけど。

「まあ、そうでしょうね。否定はしません。驚きもしません。だって、わたしは」


――――――もうすぐ、死ぬんですから。


「は?」

呆然とする。なんだそれ、お兄さんや院長からは聞いてないぞ!

「どういうことだよ……?」

「わたしの身体の中にはたくさんの腫瘍ができているんです。

 安心してください、感染はしないので」

「感染の有無はどうでもいいんだよ、どういうことか説明しろ」

「わたしが患っているのは、腫瘍が徐々に身体を蝕んで、やがて死にいたる病だそうです。

 手術で取り除くことは不可能らしいです。

 厄介なことに、特効薬もありません。

 院長さんに、二十歳の誕生日は迎えられないだろうと宣告されました」

ちなみに、今日からちょうど一か月後がわたしの二十歳の誕生日です、とつけ足す。


「すまん」

オレは、そう言って黙りこくってしまった。

こいつが抱えているもんは、予想してたものよりずっと重いということを確信してしまったから。



 翌日も、そのまた次の日も、その次の次の日もオレは彼女の病室を訪れた。

とびきりおいしいケーキをもって。

兄妹そろって甘いものが好きと聞いたから。

好きなものを食べてふわふわしたなんともいえない感情になってくれるといいなと思う。

しかし、七日目。


「不快です」

「え」

いつになくとんがった言葉に動揺する。

「どうせ死ぬんだから、放っておいてください!」

「死なねーかもしんねーじゃねえか」

ひるまずに言いかえす。

すると、彼女は持ってきたフルーツのタルトをテーブルの上から払いおとした。

かたん、と金属音が響く。

タルトは赤い果肉や真っ白いクリームを床に散らしてぐちゃぐちゃになった。


「こんなの、偽善だ。あなたの自己満足にすぎない」

「――っ」

表情が凍りついた。

偽善――?いや、オレは、ただ、あんたに。

喜んでほしかった。そんな単純な想いも届かないのだろうか。


「……」

彼女の顔が、憎しみで歪んでいる。

もし、オレがココにこなかったら、彼女はやすらかな日々を送っていたのだろうか。

そう思うと、つらい。

ココにいちゃいけない。早くでよう。彼女の心が荒まないように。

オレは黙ってぐしゃぐしゃのタルトを拾い、出て行った。

去り際にみた彼女の目は、わずかに湿っていた。


今日も来てしまった。

またひっくり返されないといいけど。

「……んで……」

彼女の顔が、驚きと涙で歪んでいく。

「よっ、今日はガトーショコラもってきたぜ」

つとめて、変わらない笑顔で言ってやる。

「あれ、ガトーショコラ泣くほど嫌いなのか?」

ふるふると首を振る。

「何で、あなたはそこまでわたしにしてくれるんですか……?」

「なんでって」

生きて、ほしいから。


オレが助けられなかったあいつの分も。

あの時、なんでこいつに手をさしのべたかわかった。

こいつは、昔のオレ似ていたんだ。

ひとり殻にこもって、部屋の片隅にうずくまっていた、オレに。

オレを助けてくれて、オレが助けることができなかったあいつへの、せめてもの償い。

今度は、オレが助ける番だ。


「世界は、あんたが思っている以上に綺麗な色をしているから。

見てほしい。他の誰でもない、あんたに。ほら、綺麗だろ。」


 限りなく高く澄み渡る蒼。

  注ぎ込む金色。

   消え入りそうな銀色。

     


鮮やかなピンク色の瞳から透明な雫があふれ、頬をつたっていく。

「どうだ、あんたの目に映る世界は?」


――わたしにはもったいないくらい、きれいです。


「あんたは、幸せか?」

「幸せです」

ひまわりが咲いたような笑顔で答える。嘘偽りのない言葉だった。

X月二十三日、一つ歳をとった少女。彼女は、運命に勝ったのだ。

おまじない、成功。

オレは白い歯をだして、にっと笑った。

窓の外では、白い鳩が金色の光をうけて力強く飛んでいた。


End.



原題は「おまじない -another story」でした。

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