虐げられていた姫は、隣国の王子と自国を滅ぼす
私は、自分の国にほとほと嫌気がさしていた。
宮廷内には裏金が蔓延り、実の父と母である国王と王妃は集めた金で豪遊三昧。国民は重税に喘ぎ、貴族はロクに仕事もせず浪費ばかり……そんな現状をずっと目の当たりにして、私は15年の短い人生でも、この国は滅んだ方がいいのではと考え始めた。
そして、隣国の王子の生誕祭に招かれたことをきっかけに、私は実行を決意する。
というのも、道中、隣国の国民は王子の生誕祭に向けて準備をしており、その顔は皆活き活きとしていたのだ。
(あんな顔、うちの国民では見たことがない)
為政者が良いのだろう。今もうるさいと窓から怒鳴り散らす両親と違って。
そして生誕祭当日。私は、今日の主役であるグレイ王子に声をかけた。
「お誕生日おめでとうございます、グレイ様」
「ああ、いえ。こちらこそ遠いところからお越しいただき、ありがとうございます」
謙虚に微笑む彼の姿に、この人になら託してもいいと思えた。
周囲も都合よく、次の王同士の会話とあってか、遠巻きに様子を窺うだけで近付いては来なかった。
私は、窓の外に顔を向ける。
「なんて綺麗な夜景なのかしら。元々美しいと思っていたけれど……今夜は特に輝いていますね。きっと、あなたのことをお祝いしているんだわ」
「はは。皆祭りが好きなんですよ。朝まで騒いでも許されますから」
生誕祭は誕生日の前夜から当日にかけて行われ、その間は祝日となる。国全体で祭りをするなんて、貴族連中だけで楽しむうちの国とは大違いだ。
「お耳にいれたいことがあるんです。少し、バルコニーに出て話をしませんか?」
私はこっそり、グレイ様へ耳打ちする。
私が彼に顔を寄せたためか、彼の護衛が慌てて私の肩を掴もうとする。
「ロット、やめろ。分かりました、行きましょう。ただし護衛を一人、つけてもよろしいですか?」
「ええ。勿論」
うちの国は他の国からもとことん評判が悪い。信用されないのも当然だ。それに王子一人じゃ、混乱しちゃうかもしれないし。
「あ、スカイはここにいて」
「なっ、ど、どうしてですか!?」
ついて来ようとした私の騎士を止めると、よっぽど驚いたのか、スカイは王子の前だというのに取り乱していた。
「あなたがいると、落ち着いて話せなさそうだからよ」
本心だった。彼を信用していないわけではないが、今からする話を聞けば、動揺して周囲の者にバレたり、グレイ様の機嫌を損ねるかもしれない。
「そ、そんな……ひどい……」
「さ、グレイ様、行きましょう」
私は彼に口ごたえされる暇を与えないように、さっさとバルコニーへ出た。熱気に包まれた会場とは対照的に、冷たく乾いた風が吹いている。
「よろしかったのですか? お一人で」
「ええ。あなただって、こんなところで私に危害を加えるつもりなんかないでしょう?」
「それは……そうですが」
「なら大丈夫ですわ。ところで、そちらのボディーガードは口が硬い?」
いきなり話を振られてか、身構える赤髪の護衛。よく見れば、さっき私に掴みかかろうとした人と同じだわ。たしか名前はロットだったっけ。
「え? ええ。私が話すなといえば、誰にも漏らすことはないでしょう」
大した忠誠心だ。これもグレイ様の人柄故だろうか。
「そうですか。では、あなた方を信用できる方と見込んで申し上げますが……グレイ様。私と、私の国を滅ぼしませんか?」
「……え?」
この提案には、流石のグレイ様も驚きを隠しきれず、目を丸くしていた。もちろんロットも。大声を出されなかったのがせめてもの救いだわ。
「それは……国王を暗殺する、ということですか?」
いち早く正気に戻ったグレイ様が、私に質問する。
「そうですね。なるべく暗殺は避けたいですけど……。国王の首を晒し上げられるならそれも致し方ありません」
「いやいやいや、殺害方法ではなく! ……あなたの、実の父上でしょう?」
「はい。何か問題でも?」
「な……」
そんなに驚くようなことだろうか。奴が極悪人なのは、彼もよく知っているはずなのに。
「それに、国民は限界です。近いうちに革命が起き、我が国は滅びるでしょう。それならば、なるべく人民の被害の少ない方法で滅んだ方がいいですわ」
クーデターとなれば戦いは避けられない。国民にも多くの犠牲が出るだろう。無血開城とまではいかなくとも、流れる血は少ない方がいいに決まっている。
「だからあなたには、私と共謀してさっと我が国を侵略して、さっと滅ぼしてほしいんです」
「そんな軽く言うことですか!?」
朝食じゃないんですから、と文句を言うグレイ様。この人、意外と面白いなあ。
「軽くじゃありません。私は本気です」
真剣な雰囲気を察したのか、グレイ様も落ち着きを取り戻す。
「……なぜ、その話を私に?」
「さっきも言いましたが、クーデターを素早く確実に終わらせるためです。あなたを選んだのは、この国の人々の表情を見て、信頼できると思ったから」
あんなに国民に愛されている王子は、そうそういないだろう。少なくとも私は、違う。
「では、あなたは王位を諦めるのですか? 本来なら、あなたが次の王なのに?」
「ええ。あの国が滅べば、あなたが併合するなり、属国にすればいい。これはいわば、私からあなたへの誕生日プレゼントですわ」
ユーモアを含めてそう笑った私に、グレイ様は「……しばらく、考えさせてください」と頭を下げた。
時は過ぎ、私の帰国する日。私はグレイ様から手紙を貰った。
要約するとそこには、「両親とも話し合ったが、あの件についてあなたがどこまで本気か分からないので、また話したい。あなたが本気ならば改めてこちらに来てほしい」と書いてあった。
この口ぶりは……おそらく、乗り気なのだろう。
私は心の中でガッツポーズをして、帰ったらすぐ留学の手続きをしようと決めた。
しかし、本気度を示すとなれば、ただ私が本気でーすとノコノコ行っても信用されないだろう。やはり、国内にも協力者が必要だ。
だが、もし話を漏らされては、私は国家反逆罪で極刑となるだろう。国内ではさらに慎重に協力者を選ばねばならない。が、私には心当たる人物が二人いた。
一人はスカイ。
彼は私の専属騎士で、幼い頃からずっと私のそばにいてくれたし、私が国王への愚痴を呟いた時も共感してくれた。彼なら他の兵士からの人望も厚いし、革命時に一瞬でも兵士を別の場所へ引き付けてくれたら、大分攻略が楽になるだろう。
そしてもう一人は、私の婚約者、ヴァイスだ。
彼はいずれ王配となるため、宰相の元で補佐として働いている。幼なじみで、お互い喧嘩したり笑いあったり、気の置けない仲間である。まだ若いけど、彼に媚を売る諸侯も多いし、多少は役に立つはずだ。
だが、それ以上の協力者は……難しい。
残念ながら、私に人望はないのだ。貴族は媚を売ってくるばかりで女友達の一人もいないし、国民には圧政で嫌われていて、王宮の使用人ですら嫌々給仕しているのを私は知っている。まあそれは、私だけでなく王家全体の話だが。
宰相で私とヴァイスの教育係だったフランツ先生も有能だけれど、杓子定規で頭が硬いから、クーデターなんて受け入れられないだろうし。
……ないものをねだっても仕方ない。ひとまず、二人に話をしよう。まずは隣にいるスカイから。
「ねえスカイ。あなた、この間私がグレイ様と何を話していたか気にしてたわよね」
「え、はい。教えてくださるんですか? あの後何度も問い詰めても答えてくださらなかったのに」
「それはあなたの返答次第。あのね……スカイは、私と地獄まで行ける?」
「もちろん、お供させていただきます。カルテ様のいらっしゃるところが、私の行くところですので」
即答だった。こんなに私を慕ってくれる人がいるなんて、私は幸せ者ね。
「もしかしたら、地獄より辛い目に遭うかもしれないんだけれど」
「待ってください。一体何をなさる気なんですか」
「この世で最も重い罪よ」
そう言い切ると、スカイはすこし思考した後、驚きに顔を染めた。
「……まさか、反逆、ですか?」
「そうね。ちょっと国家転覆させようと思って」
「ちょっとじゃないですよ!? 何考えてるんですか! 今の発言を聞かれただけでも死罪は免れませんよ!?」
「そう思うなら、もう少し声のボリュームを下げて」
私が指摘すると、スカイはハッとして静かになった。
「……でも、カルテ様も王女なんですから、どちらかと言えば転覆する側じゃないですか?」
「ええ。でもどうせ泥舟だもの。私たちの首を差し出して終わるなら、その方がこの国の為になるわ。隣国に後を継がせれば、今の無能な貴族連中も没落するだろうし、混乱も少ない──」
「私は反対です」
言い終わる前にスカイが口を挟んだ。その強い口調に、私は思わず戸惑ってしまう。
「……スカイ?」
「カルテ様は女王になるべきです。国民だって、陛下が早く死んでカルテ様が即位されることを切望しています」
死んでって……ちょっと言葉が過激すぎない? 腐っても国王よ? いや、クーデターを企む私が言うことじゃないけど。
「そんなの嘘よ。私嫌われ者だし、現国王よりマシってだけでしょ」
「そんなこと……」
言い淀むスカイ。なんか、気を遣わせたみたいで申し訳ないなあ。
「いいのよ。もうグレイ様に話をしたし、了承も貰っちゃったしね。あの人なら、きっとこの国を大切にしてくれる。だから大丈夫よ。あなたの地位も保証するよう頼んでおくから」
「そういう問題では……」
心配そうに私を見つめるスカイは、本当に優しい人だ。
「私なら平気よ。次はヴァイスに話をしようと思うの。ついて来て」
「……はい」
なんだかんだ言っても私に逆らえないスカイは、不服そうに私の後ろをついて来た。
「反逆だって……?」
私の話を聞き終わったヴァイスは、眉間にシワを寄せながらも落ち着いてコーヒーを飲んだ。
「ヴァイスからも何か言ってくれ。カルテ様は本気なんだ」
スカイとヴァイスは仲が良いのでタメ口だ。
「あー、辞めさせるのは無理だろ。隣国に話しちゃったみたいだしな。そして何より、こいつはこうなったら意地でも自分の意見を曲げないぜ」
「でもこのままじゃ」
「分かってるよ。でも、説得する相手はカルテじゃなくてグレイ王子の方だな。彼は人格者だって評判だし、カルテのことも悪いようにはしないだろ」
「そっか……確かに」
「ちょっと、目の前に私がいるの忘れてるんじゃないでしょうね?」
説得されたって意思を変えるつもりはないけど、はなから居ないもの扱いは酷いと思う。
「ああ、クーデターだろ? 出来る限り協力するよ」
「本当!? よかった!」
承諾をもらって緊張の糸が緩んだ私は、紅茶に手を伸ばそうとする。
しかし。
「ただし」
ひょいっと、ヴァイスが私が取ろうとしたティーカップを持ち上げる。
「……なあに?」
「俺は怒っている」
そう言ったヴァイスの顔は、いつもと違って少しムッとしていた。
「……どうして?」
さっきの反応を見る限り、そんなに発言は気に障らなかったみたいなのに……。
「それは──カルテが俺より先に、スカイやよくわからん奴に相談したことだ」
「……へ?」
思いもよらぬ答えに、私は素っ頓狂な声をあげてしまう。
よくよく見れば、ヴァイスは怒っているというより、まるで拗ねているような、そんな顔をしていた。
「……ヤキモチ?」
「うるさい」
そっか、ヤキモチか。ヴァイスってば、頭良いのに結構子どもっぽいところあるなあ。
「別に、内緒にしてたわけじゃないのよ? あてを作ってからじゃないと反対されると思って……でも、言うのが遅くなってごめん」
「……まあ、分かってくれたならいいさ」
そう言うとヴァイスは紅茶を下そうとして──
「ふふ、でも私に一番に話してほしいだなんて、可愛いところあるのね。大丈夫よ、私はヴァイスのこと、一番の親友だと思ってるから!」
──やめた。
「……親友?」
なぜか私の言葉を復唱するヴァイス。どうしたんだろう。もしかして、私が親友とまで思ってるのが意外だったのかな。
私は改めてヴァイスに気持ちを伝える。
「ええ! ヴァイスとは一緒にいても全然緊張しないし、意識せずに何でも話せるわ!」
「ほーお、なるほどな」
ヴァイスは私の言葉を聞くと、手に取っていた紅茶をそのまま飲み始めた。
「ちょっ、私の紅茶!」
「スカイ、茶菓子も没収しろ」
「了解」
「どうしてスカイも協力してるの!?」
「カルテ様が鈍いから」
「悔しかったら奪ってみろよ」
「くうっ……!」
突然意地悪をする二人になんとか抵抗してみたけれど、高身長の二人には全く歯が立たなかった。
二人の協力を得られたことで私は着々と隣国行きへの準備を進めていた。と同時に二人も、何やら裏で画策しているようだった。なにしてるんだろう? でもヴァイスは私より賢いし、任せても大丈夫か。
そうしてあっという間に、隣国へ再び訪れる日がやってきた。
「お久しぶりです、カルテ様。……今日はお二人だけなんですね。そちらの方は?」
「彼はスカイ=リトル。私の護衛で、今回の件を知っている者の一人です。本当はもう一人、私の婚約者にも事情は話してあるのですが……彼は宰相の補佐をしておりますので、残念ながら本日は直接お会いすることはできませんでした。代わりに文書を預かっていますので、どうぞ」
「ありがとうございます」
グレイ様は封筒を開けると、すぐに手紙を読み始めた。うう、私が書いたわけではないのに緊張してきた。
待つこと数分。何度も丁寧に手紙を読み、ようやく読み終えたグレイ様が顔を上げた。
そして私と目が合うと、和やかに微笑んだ。
「……愛されているんですね、カルテ様は」
「え!? な、何と書かれていたんですか? 実は私も内容を知らなくて」
「軽い挨拶と自己紹介に、我が軍が侵攻する時は関所を通過できるようにすると。あと婚約者をくれぐれもよろしく……といったことが書かれていますね」
「な……」
なんで途中までまともだったのに、最後書いちゃったかな〜。恥ずかしい。グレイ様に笑われてるし。
「でも関所を問題なく通過できるとなれば、王宮前まで戦闘せずに行けますね」
これはだいぶ楽になりますよ、と嬉しそうなグレイ様。お気に召したようで良かった。
「良かったです。実は自国の協力者が少ないのでお役に立てないのではと憂慮しておりました」
「いえ。内部情報をいただけるだけでも、ありがたいことです」
グレイ様は慇懃に頭を下げると、
「詳しい話し合いはまた後日行いましょう。長旅でお疲れでしょうから、今日はお休みになってください」
と優しく促した。
「……はい」
私的には今すぐにでも話し合いをしたいところだったが、先走ってもしょうがないので大人しく頷く。
「お荷物はもうお部屋にお運びしましたので、ごゆっくりおくつろぎくださいね。……ところで、侍女は一人もお連れにならなかったのですか?」
「ああ、まあ、そうです。急ぐために二人で来たので」
「侍女の一人を馬車に乗せるくらい、あまり変わらないと思いますが……」
「いえ、馬車ではなく馬で来たんです」
「……え?」
もちろん王宮には王族専用の豪華な馬車がある。でもあれは手続きにも整備にも時間がかかりすぎるし、御者に依頼するのも面倒な上両親らに嫌味を言われる可能性もあったので最初から選択肢には入れなかった。
しかし王族であるグレイ様にはそれが心底意外だったようで、信じられないものを見る目でこちらを見ていた。
「…………二人乗り……ですか?」
「いえ。それぞれ馬に乗って来ました。その方が馬の負担も少ないですし、宿場町で馬を乗り換えれば、さらに長距離を移動できますから」
「女性が一人で……というか王家の所有する馬ではなかったのですか!?」
ついに声を荒げて驚くグレイ様。そんなに意外かなあ。
確かに女性の一人乗りは一般的ではないが、上流階級なら乗馬を嗜む貴婦人も多い。私も例に漏れず乗馬やその他さまざまな習い事をやらされている一人だ。こうして役に立つこともあるからいいけどね。
「まさか横乗りで国を移動する女性がこの世に存在したとは……」
そこまで言いますか。距離はあるけど、王都を繋ぐ道は整備されているから全然問題なかったのに。
そのおかげで馬車じゃ十日はかかる道のりを一週間で来たんだから良くない?
「……それはさておき。侍女が一人もいなくては不便でしょうから、何人かお貸ししましょう」
「えっ!? い、いえ、結構ですわ」
「ですが、お供が男性一人だけでは困ることもあるでしょう」
「ないですから、本当に大丈夫です」
「カルテ様」
申し出を固辞する私に、グレイ様はにっこりと笑って言った。
「我が国が客人をもてなさないと思われては、困りますので」
「……ハイ」
有無を言わさぬ圧力に、私は首肯せざるを得ない。
普段優しい人の方が、怒ると怖いのだと実感した出来事だった。
だが、翌日。
「カルテ様、昨晩侍女を追い出したそうですね?」
「……」
はて。なんのことやら。
私はお世話をされるのが嫌だったから、ちょっと権力を振りかざしつつ部屋に入らないよう頼んだだけだ。
というかグレイ様には内緒と念を押しておいたはずなのにすぐに話すとは、誠実というかよく教育の行き届いた使用人だこと。
「すみません。女性であろうと人様に裸を見られるのが苦手なんです。それに一人で湯浴みも着替えもできますわ」
「確かに、女性にしてはラフ……いえ、シンプルな服装ですが……。では髪の手入れはどうしたんです?」
「いつもスカイに頼んでます」
「……なるほど」
昨日は洗ったけど、普段はそんなに髪の毛を洗うことはないから問題はない。
ちなみに、一人でできないことはたとえ着替えであろうとスカイに頼んでいる。おかげでスカイはそこらへんの侍女より髪のセットや化粧が上手い。
「一応男性なのですから、控えた方がよいのでは?」
常識的に考えて当然の忠告だったが、私は少しムッとする。
私は自分の国の使用人に嫌われている。
別に態度がどうとかではなく、生まれてからずっとだ。
おそらく、傍若無人な振る舞いをする父母への憎しみやストレスを私にぶつけているのだと思う。国王に文句を言えば即刻首が飛ぶが、私に嫌がらせをしても国王は何も言わないから。
ひそひそ陰口を叩かれたり物がなくなるなんてしょっちゅうだし、食事に虫を入れられたり、物置部屋に閉じ込められたりもされた。
スカイが騎士団の演習でいない時には、直接侮辱的な言葉を浴びせられ、暴力を振るわれた時だってある。
そんな中でも私に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた使用人はいたが、裏で「未来の女王に恩を売っているだけ」と散々悪口を言われていたのでクビにした。
まあ、そんなふうに使用人に邪険にされることが続き、私の使用人嫌いも加速していったというわけだ。
まず私が使用人に頼み事をしても無視されるし。
「ご忠告、ありがとうございます」
しかし事情を知らないグレイ様の指摘は至極真っ当だったため、私はなるべく明るく返事をする。ちょっと嫌味っぽくはなったがまあ許容範囲だろう。
「……ところで、昨日もあまりお食事を召し上がらなかったと聞きましたが、今もあまり食べていらっしゃいませんね」
私の雰囲気を察したのかグレイ様が話題を変える。崖っぷち大国と勢いのある小国では、それでも大国の権威の方が強いのだろう。
私が食べているのはサラダとフルーツ。他にもテーブルには色々なものが並んでいるが私が口にしたのはそれだけだ。
「朝はあまり食欲がなくて」
「昨夜も同じだったと聞きました」
「……ダイエット中なんです」
苦し紛れの言い訳をする私。本当は何入ってるか分からないし、上の理由から他人の手料理が怖いだけだけど。
「裸を見られたくなかったりダイエット中だったり、体型をお気になさってるんですか?」
「ええ、まあ」
理由は全然違ったが、本当のことを説明する気もないので肯定しておく。
「むしろ痩せすぎだと思いますけど……」
うちの国は、不作の年などは餓死する平民も珍しくないが、貴族は基本女性も丸々と太っている。ふくよかな体型であるのは豊かさの象徴でもあるのだ。もちろん、騎士や美意識の高い人は貴族でも体型管理をしているけど。
ちなみに私は、平民以上貴族未満くらい。国内や移動中は自作の料理をしっかり食べているから、そこまで貧相な体ではないつもりだ。むしろグレイ様の方が痩せすぎだと思う。
「……カルテ様」
「はい?」
「こちらをどうぞ」
グレイ様が差し出したのは、自分の手元にあったパン。
「……どういうことです?」
私の分は食べていないだけで、きちんと配膳されているが。
「もしや慣れない国で警戒なさっているのかと思いまして。私のものと交換でしたら、安心してお召し上がりになれるでしょう?」
「え……」
確かに主人に毒を盛ることはないだろうけど……でもそのパン、バスケットから無作為に取り出しているのを見たよ?
「……ありがとうございます」
しかし気を遣わせてしまったのは間違いないし、私は大人しくパンを受け取った。
焼き立ての小麦パン。最近はずっと日持ちするライ麦パンばかり食べていたから、かなり久しぶりだ。
手でちぎると、ふわりと小麦が香る。
「……美味しいです」
「でしょう?」
正直プレッシャーであまり味は分からなかったけれど、久々に人の優しさに触れてちょっと泣きそうになった。
この食事で少し距離の縮まった私たちは、それから幾日も話し合いを続けた。
私の希望は、王権の剥奪と宮廷内部の人事の変更。グレイ様は戦闘を忌避した穏便なクーデターの成功だ。
「カルテ様は、戦後の支配体制について何も仰いませんが、希望はないのですか? もっと身分制度を改革したいとか」
「ええ、すべてお任せしますわ。グレイ様が人道的なお方だと信じていますので」
耳障りのいい言葉で丸投げすると、グレイ様は動きを止めて、
「なぜ、そんなに私のことを信頼できるのです?」
と質問した。
私は少し間をおいて、答える。
「裏切られても構わないからです」
これは、私の最後の悪あがき、ワガママだ。
この謀反を計画しなかったとしてとも、私は死ぬ。
どうせ死ぬのなら革命軍に処刑されるのも、謀反がばれて国王に処刑されるのも同じことだ。
大体、誰かに裏切られるなんて日常茶飯事だし、そんなことを心配していては何もできない。
グレイ様は、そんな私の顔を見て、
「……裏切りません。絶対に」
と、誓うように呟いた。
そして、ついに運命の日がやってきた。
「た、大変です、国王陛下! どこかの国の兵隊が続々と王宮内に侵入しています!」
「なんだと!? すぐに宮廷中の兵士を集め、迎え撃て!」
「そ、それが、なぜか皆動かなくて……動けるのは我々陛下直属の衛兵しかおらず……」
その言葉に私は一瞬動揺した。スカイが兵士を引きつけてくれているとは言っていたが、それでも一兵士が近衛師団をほぼ制御することなんてできるだろうか……。
いや、なんであれ私にとって好都合なのは確かなのだから、何も言うまい。
「なに!? 我の命令に従わない奴は首を刎ねろ!」
「とてもそんな余裕は……!」
「言うことを聞けないならお前も処刑するぞ!」
「と、とんでもございません! すぐに伝えて参ります」
国王に脅され、兵士が逃げるように部屋から退出していく。
(馬鹿な男。あなたが動かせる兵は、もうごく僅かしか残っていないのに)
私は内心そう毒づきながら、何も知らない風を装って玉座に駆け寄る。
「陛下! 先程窓から庭園を見たら、数多の大軍が宮殿に向かって攻めこんでいましたけれど、何かあったんですか!?」
「カルテか。我にも何が何だか……お前、護衛はどうした?」
「様子を見に行かせ、状況に応じて加勢するよう命令しましたわ。スカイ……一人だけはすぐ戻ってくる予定ですけど」
私は今、誰も護衛を連れていない。スカイに兵を誘導する役割があるのもそうだけど、一人でいる方が国王やその護衛に警戒されないと思ったのも理由だ。
王も兵が不足しているからか、玉座の間には十人程度の護衛と国王と王妃、後は使用人しかいなかった。
しかも護衛は数メートル距離を置いてるし、皆私にはそれほど警戒していないようだ。
……いける。
「……そうか! カルテ、お前今すぐ前線に向かえ!」
私がそう確信した時、国王は何か閃いたように突飛な提案をしてきた。
「……え? どうしてです?」
「我と妻は今から王宮を脱出する! お前はその時間を稼ぐために陽動として、戦線に出て敵を引きつけてくれ!」
「……は」
自分たち夫婦が逃げるために、娘を得体の知れない敵に差し出そうっていうの?
……本当に、私に興味ないのね。まあ、どうせ後継のために仕方なく産ませた子だし、愛されてないのは知ってたけど。
「本気で仰ってるんですの?」
「当たり前だ! 抵抗しても無駄だぞ。おいお前ら、カルテを連れて行け!」
私に口ごたえされないようにか、国王が護衛にそう命令する。
「えっ……」
しかし王の命令でも次期国王の私に手は出し辛いのか、護衛たちはどうするべきか躊躇っている。
「愚かね」
私は躊躇しない。一気に国王との距離を詰めると背後に回り、懐から取り出した短刀を素早く王の首にあてがった。
「動かないで! ……近付けば、王の命はないわよ」
どうせ後で殺すけど。そう思いつつも口には出さない。だが効果は絶大なようで、護衛たちは一歩も動けず固まっていた。
「か、カルテ! わ、我が悪かった。もう捨て石に使うような真似はせんから、刀を収めてくれ、な?」
人質に取られた国王は、横柄な態度を翻し私を宥めようとした。けど。
「ああ、残念。もう遅いわ。だってこの反乱──仕組んだのは私なんだから」
今更、私に擦り寄ったって無駄だ。
私の言葉を聞いて、国王は、みるみる顔を赤くしていく。
「か、カルテぇえっ! 貴様育ててやった恩も忘れて、我を裏切るのか!」
「は? 育てた? 誰が?」
「お前、この野郎! おい誰か、こいつを捕まえろ! 殺せえええっ!!」
首に刃を突きつけられていることも忘れ、激昂する国王。そんなに暴れると切れちゃうかもしれないのに、いいのかな。
「死ぬのはあなたよ。もうすぐグレイ様率いるヴェステン軍が王宮を制圧して、全てが終わるわ」
私が国王にそう告げた時。
「いいえ。死ぬのはあなただ、カルテ殿下」
室内に駆け込んだ人物に、私は突如銃口を向けられた。
「っ!」
私はとっさに王の肩を切りつけたが、相手は怯まない。豪華な肩当ての上からでは刃が通らないと分かっているのだろう。
「……先生。どうしてここに?」
「敵の旗を見て、カルテ様がついこの間まで留学していた国だと思ってね。そういえば最近ヴァイスの様子も変だしと嫌な予感がして来てみれば、この通りさ」
宰相、フランツ。私の教育係で、今はヴァイスの上司でもある。確かに兵が思うように動かないとなれば、内通者がいると考えるのが普通だろう。そして隣国と親しかった人間といえば、すぐに私にたどり着く。
「おいフランツ、すぐにカルテを撃て! くれぐれも我に当たらないようにな!」
思わぬ味方の登場に、国王の態度が豹変する。一応、まだ私が有利なはずだが。
「カルテ殿下。一体どうして、このようなことを? 早く王位が欲しいなら、あなたが危険を冒さずとも暗殺の方が確実でしょうに」
「あなたも分かるでしょう、先生。国王の……いえ、この国の愚かさを。トップが変わったくらいじゃどうにもならないわ。腐ったリンゴは樽をも腐らす。改善するには一斉に、根本から変えるしかない」
私は、正直に意見を話す。が、フランツ先生は哀れみの目で私を見つめ、嘆いた。
「おいたわしや、カルテ様……殿下に帝王学を教えたのはこの私なのに、殿下は理解してくださらなかったようだ」
「撃つなら撃ちなさい。あなた一人が抵抗したところでもう無駄よ」
「さて、どうでしょう。すぐに殿下を始末して一旦撤退し、国中の兵士を集めて攻め込めば、こちらの方が大国なのですから勝てると思いますがねぇ」
……それは、私たちがもっとも危惧していることだった。
いくら王宮の警備が弱いところを狙っても、逃げられて体勢を立て直されてしまうと、国と国とのぶつかり合い、つまり全面戦争になってしまう。短期決戦を望むグレイ様の意思とは真逆だ。
「……この男に、そこまでして従う価値があると思うの?」
「ええ。私は、陛下のために存在しているので」
「……そう。残念だわ」
フランツ先生の盲目的な返事に説得は不可能だと諦め、私は力を込めて短刀を引こうとする。それを見たフランツも、引き金に手をかけて──
「やめろ!」
──その瞬間、グレイ様の迫力ある声が、宮殿内に響き渡った。
「……グレイ様」
予想よりずっと早い到着に、私は驚いて刃を止める。フランツ先生も、グレイ様を見て動きを止めていた。
「王宮内は我々ヴェステン軍が占拠した! 貴様も武器を捨て、降伏しろ」
「……どうやら、時間切れのようですね」
グレイ様とその背後の大軍を見て勝ち目はないと悟ったのか、フランツ先生は大人しく銃を捨て、両手を上げた。
その様子を見て、国王は激しく怒鳴る。
「な、おいフランツ! なんとかしろ! 離せ! カルテを殺せ!」
しかし、フランツ先生どころか、護衛の人々も、誰一人戦おうとはしない。
私は仕方がなく、国王に状況を教えてあげる。
「見てわからないの? もう、あなたに従う人は誰もいないのよ」
「黙れカルテ! お前さえいなければこんなことには……くそっ、お前なんか産むんじゃなかった!」
いや、あんたは産んでないでしょ、と私は内心ツッコミを入れる。ちなみに、産んだ本人である王妃はオロオロするばかりでずっと空気だ。
「嫌だ、死にたくない! おい誰か! 誰かああっ!!」
裸の王様の醜い叫びは、誰にも聞き入れられることはなかった。
抵抗しながらも捕まった国王と王妃は、ひとまず王宮の地下牢に収容されることとなった。
山場を乗り越え一安心した私は、彗星の如く現れたグレイ様に話しかけた。
「グレイ様。先程は助けていただきありがとうございます。ご到着が早くて驚きましたわ」
「ああ、実は私に会うなり近衛師団の団長が白旗をあげまして。だからほとんど戦っていないんです」
「師団長が……?」
なんでだろう。師団長といえば国王に賄賂を渡して成り上がった、プライドの高い人だったと思うけど。あの人が降伏なんてするかな?
「それより、オスター国王の上着の右肩が裂けていましたが……あなたが切ったんですか?」
「ええ、フランツ先生の動きを止めるために。力を入れたのに、肌までは届きませんでしたけれどね」
「……自分が撃たれるかもしれないのに、肝の座ったお方だ」
褒めてるのか引いてるのか分からないリアクションに、私はとりあえず「ありがとうございます」と返した。
「カルテ様、ご無事ですか!」
「あらスカイ、遅かったわね。見ての通り私は無事よ」
「すみません、両国の仲介役が必要で……。ああ、お怪我がないようで良かった……」
スカイは私の姿を見ると、安心したのかその場にへたり込んだ。
「ちょっと。グレイ様の前でみっともない」
「構いませんよ。彼は私よりずっと宮殿内を駆け回っていましたから。これからのこともありますし、どこかで腰を据えて話をしましょうか」
「では大広間がありますので、こちらへ」
本質はクーデターだが一応は戦争。私たち三人だけでなく、両国の官吏が戦後処理について話し合わなければならないだろう。私は王宮で最も大きな部屋を指定した。
「ところでスカイ。あのプライドの高い師団長が降伏したって聞いたんだけど本当?」
「え、ああ、グレイ様からお聞きになったんですね。そうですよ。まあ剣で背中を突っつかれながらですが」
なるほど、剣で脅されて嫌々降伏したのか。師団長の屈辱に歪む顔が容易に想像できるわ。
「まあ、そんなことしたの? 物騒ね」
「……父親かつ自国の王を切りつけた方が何を……」
「グレイ様、何か仰いました?」
「いえ何も」
まったく、失礼なことだ。私は国王の首に剣を当てがって少し服を切っただけなのに。
「やったのは私じゃないですよ。実はカルテ様がクーデターを計画していると話したら、参加したいと名乗り出る者が多くおりまして。結果ほとんどの兵がクーデター派になったため、師団長を御することにしたわけです」
「へえ、そんなことが……」
そんなに王族って嫌われてたのか。クーデターが起きた時真っ先に盾になるべき存在の近衛師団に裏切られるなんてね。
「ところでヴァイスは? 国境でグレイ様を迎えたら、一緒に来るって話だったけど」
「彼なら宮廷貴族を抑えると言って玄関で別れましたが……もしかすると、何かあったのかもしれませんね」
「そんな……!」
グレイ様の発言に、血の気が引く。
貴族は近衛兵と別に自らの護衛を雇っている場合が多い。ヴァイスは頭はいいけど運動は苦手だし、戦闘になって何かあったら……。
「お、カルテ! 無事だったか!」
不安になりながら角を曲がると、ヴァイスがいつもの朗らかな笑顔で立っていた。
「ヴァ、ヴァイス! 無事かはこっちの台詞よ!」
私は安堵して駆け寄り、そのままヴァイスに抱きつく。
「来るのが遅いわ。心配したんだから、もう」
「えぇ、俺的にはめっちゃ早く終わらせたつもりだったんだけど……? つーかくっつくなって」
そういえば、グレイ様たちが早すぎたんだった。貴族には反対派も多かっただろうし、それにしてはずいぶん早く抑え込んだのだろう。
私はヴァイスから離れて、質問する。
「それで、貴族の反応はどうだったの?」
「ああ。皆結構喚いてたけど、無理やり自室に軟禁しといた。権力は減るだろうが、命があるだけ我慢しろってな。どうせ話の通じる相手じゃないし」
抑えるって、軟禁か。まあ確かに話し合いが通用しない人も多いし、当然といえば当然の対応だ。
「ふうん。まあ確かに彼らがいなくても終戦条約に問題はないか。国王にやらせるか、なんなら私が調印すればいいし」
このまま国王が処刑されれば自動的に次の王は私になる。現国王が署名を拒否するなら一旦私が王位を継いでから調印すればいい。
「……というか、よく考えたら私が戦後処理の話し合いに参加していいのかしら……一応敗戦国側だし……」
「はは。カルテ様がいらっしゃらなければこんなに楽に攻略することは出来ませんでしたよ。それに我々は共に戦った仲間なのですから、カルテ様が議論に参加するのは当然のことです」
「……そう?」
まあ、グレイ様がそう言うんならいっか。
そうして大広間に到着した私たちだが、やはり隣国からはあまり文人が来ていないようで、十人に満たない人数でテーブルを囲むことになった。
「カルテ様がご帰国された後も議会で審議を重ねたのですが、その条約の草案がこちらです」
「拝見します」
私はグレイ様から渡された一枚の紙を眺める。どれどれ……。
ヴェステン王国によるオスター併合条約(仮名)
・オスター国王は王権を放棄し、オスターはヴェステン王国の領地とする。
・オスターには新たに総督府を設置し、初代総督はグレイ=フランクリンが務める。
・ヴェステン王国はオスターを植民地化し、人民を奴隷化するつもりはない。
・ヴェステン王国はオスター国民を自国民と平等に扱い、税などの法律に関しても本国と等しく適用されなければならない。
要約するとこんな感じだ。ふむ、なるほど。うちの国は隣国のものとなって、新たにグレイ様が支配者となり、国民の扱いは隣国と平等になると……。
「どうでしょう。気になるところがあれば遠慮なく申し出てください」
「ええ。よく分かりました。それで、本物の草案はどこに?」
「それが本物ですよ!?」
正直に申し出たのになぜか否定されてしまった。いやおかしい。こんな、不平等どころかうちの国に有利すぎて逆に不平等な条約を提案するはずがない。これは偽物だ。
「あのですね、いくら私を喜ばせてからオスターを植民地にするつもりでも、こんな内容の条約では信用されずに逆に警戒されてしまいますよ」
「……あなたが信用していないのはよく分かりました」
私が優しく忠告すると、グレイ様は意図を汲んだのか渋い顔で頷いた。
「ですが、ヴェステン王国はこの内容で条約の締結を希望しています」
「……え、本当に……?」
うちの国が隣国と同じ税率になったら、今の半分くらいの負担になっちゃいますよ? そうなったらヴェステンとしては、合計の税収は増えるけど統治する土地も一緒に増えてるから、プラマイマイナスになりそうだが……。
「私は確かに併合を希望しましたが、今よりもっと状況が改善すればいいなー位で、正直植民地化は避けられないものだと……」
「そんなこと致しませんよ。そもそも二カ国ともルーツを辿れば同じ国家ですし、言葉も人種も変わりません。同じ人間同士扱いに差をつける必要などないと私は思いますし、この草案は議会でも満場一致で可決されました」
どうして隣の国にはこんな人格者が集まっているのに、うちの国はクソ野郎ばっかりなの?
私が隣国との差に絶望していると、ヴァイスが口を開いた。
「ところでこれ……カルテの扱いが載ってねーな」
そう言われてもう一度目を通すと、国民の平等は謳われているものの、王族や貴族の扱いは書かれていなかった。
「そういえば……。王権放棄だけで、国王や王妃の処分も明記されていませんね」
「それは……率直に申し上げますと、議会でもかなり意見が分かれていまして……オスター国王の暴政を鑑みると、死罪とも国外追放とも都落ちとも……言い難いのですが、議会の多数決では、王と王妃共に斬首刑が適当だとされています」
「じゃあ斬首刑でいいでしょう。国民の不満を解放してグレイ様への支持を集めるには適当だと思います」
「そんなあっさりと……分かりました、検討します」
実父への冷たい発言に、グレイ様が戸惑いつつも了承する。
どうせ追放しても三日と経たずに私刑にあって殺されるだろうし、一思いに首を落とした方がいいと思うけどな。
「国王のことなんかどうでもいいんだよ。俺が知りたいのはカルテのことだ」
「そうね。私も自分の処刑される日付くらい知っておきたいですわ。心の準備もありますし」
「……え?」
私の発言に、グレイ様が固まる。
「え?」
そのリアクションが意外で、私も首を傾げる。
隠さなくてもいいのに。グレイ様にわざわざ評判の悪い私を生かしておくメリットなどない。一方的に捕まって処刑されるんだったら、最後まで友好的に過ごしたい。
「カルテ様! まだそんなことを!」
と同時に背後にいたスカイが声を荒げる。
その様子を見て私が本気で死ぬつもりだと悟ったグレイ様は、慌てて口を開いた。
「いやっ、カルテ様を処刑だなんてそんな、まさか! オスター併合はカルテ様のご尽力があってこそ成し遂げられたのに、刑に処すはずがありません!」
「でも、王家の血が残っていたら民衆は納得しないだろうし、ヴェステン王国にも都合が悪いはずよ」
長きに渡って暴政を続けたオスター王家。王権を放棄したとはいえ、国民の不満や不安を取り除くためには、断絶するしかない。
私が心からそう発言すると、グレイ様は苦い顔をした。
「確かに、カルテ様を処刑すべきだという声もあります。ですがそれはあくまで少数派です。私含む多くの人間は、カルテ様の功績を称えこそすれ、処刑なんて全く考えておりません」
「それはヴェステン王国の官吏の意見でしょう? 私は死ぬべきだと思うわ。オスターにとって王家は恐怖政治の象徴よ。その子供が生き残っていたら、人々の心に不安が残ってしまう」
「死刑でなくとも軟禁とか、もっと方法はあるはずです!」
「幽閉や国外追放なんて絶対に嫌よ。……もしそうなったらスカイ、あなたに私を殺してもらうから」
スカイは今の王宮での私の扱いすら超劣悪だと知っているのに、よくそんなことが言えるな。
幽閉なんてされては、死よりもっと惨い仕打ちを受けるに違いない。苛政に苦しんだ平民。クーデターで権力の衰えた貴族。恨まれる心当たりはいくらでもある。
「恨まれて生きるより、望まれて死んだ方がずっといいの」
でも、死ぬのは怖くない。
私はいらない子だった。
物心ついた時には、両親には疎まれ、貴族には利用され、使用人には嫌われ、国民には恐れられていた。
どうしようもなかったのだ。私は暴君の一人娘。王女に生まれた時点で、望まれない運命が決まっていた。なぜならこの世に生を受けた、それ自体が罪なのだから。
親の罪は私の罪。今更、それを変えようとは思わない。
でも、私はそんな国を壊してやろうと思った。
無関心な両親も、私腹を肥やすことしか頭にない貴族も、嫌がらせをする使用人もみんなみんないなくなればいい。
そして最後に私が消えれば、すべて丸く収まるはず……。
と、その時。ヴァイスが私の手を掴んだ。
「それなら、カルテ=ジェルマンは公には死んだことにして、平民になって俺と結婚すればいい」
「え……?」
死を偽装して、平民としてヴァイスと結婚する……? 考えたこともない案に、私は想像する。
もし平民になったら、もう王族の義務とかを気にせずに、好きなように生きれる。それでヴァイスと子供を作って、成長を見守って、家族で幸せに生活する。……そんなこと、許されるのだろうか。
「……もし、私が生きていると知れたら間違いなく命を狙われるだろうし、ヴァイスにそこまで迷惑かけられないわ」
「迷惑なんかじゃない。俺が、そうしたいんだ。もしバレたら、逃亡生活でもなんでもしてやるよ」
「……ヴァイス」
「私も、全身全霊でカルテ様をお守りします」
「……スカイ」
二人に挟まれ、私は戸惑ってしまう。
どうしてこの二人は、私が平民になっても優しくしてくれると言うのだろう?
「私は……」
「お取り込み中、悪いのですが」
と。私の答えを遮るように、グレイ様が口を開く。
「ちょっ、本当に悪いぞ! 肝心なところだったんだぞ今!」
乱暴な口調で怒りを露わにするヴァイス。相手は今まさにうちの国を併合する話を進めている王子にそんな口をきくなんて、殺されてもおかしくない。
戦々恐々とする私だったが、グレイ様は気にせず話を続ける。
「申し訳ありません。ですが、話がまとまる前に一つ提案がございまして」
「提案……? カルテの処遇のか?」
「ええ。死刑より民衆が納得する形で、幽閉より安全な方法があります」
「な、なんですかそれは!?」
私よりも先にスカイが問いかける。とはいえ私もその方法とやらは気になるので、大人しく続きを待った。
するとグレイ様は、穏やかな笑みを浮かべつつ、さらりととんでもないことを口にした。
「それは──カルテ様が、私と結婚することです」
「……はい?」
え? 私が、グレイ様と結婚?
「知らない国の王子に支配されるのはオスターの国民も不安でしょう。そこで私とカルテ様が結婚すれば国民も安心できますし、王族同士で繋がりができれば、ヴェステンの反対派も納得せざるを得ません」
「いや、でも……え? け、結婚?」
突然の求婚に、混乱する私。それって、どう考えてもオスターへの影響力を強めるための政略結婚だよね? というか、今ヴァイスと結婚しないかって話をしてたんだけど……え?
頭の中でクエスチョンマークが飛び交い、どう反応すればいいか分からなくなる。と、その時。
「ふざけるのもいい加減にしろ。カルテは俺の婚約者なんだよ」
いきなりヴァイスが、そんなことを言って私の肩に腕を回した。え、ちょっとヴァイスまでいきなり何? 今までそんなこと言ったこともしたこともないじゃん。
「そうかもしれません。ですが王家は事実上崩壊し、婚約の実効性はほぼなくなったと思われます。私と結婚しても何の問題もないでしょう」
「おいカルテ、こんな奴の話聞くことない。こいつはカルテのこと──カルテの血を、最後まで利用し尽くすつもりなんだ!」
ヴァイスの言う通りだ。グレイ様は、私が王女だから求婚しているのだろう。
対するヴァイスは、私が平民になっても一緒にいると言ってくれている。
でもヴァイスだって、本来は王室入りするために婚約したはずなのだ。
私の価値は、家柄以上でもそれ以下でも……ない。
「決めるのは、私でも君でもなくカルテ様です。どうですか? カルテ様のお気持ちは」
グレイ様に問いかけられ、私は困惑する。
国を滅ぼしたその先、私の未来なんて考えたことがない。
私はオスター王国の第一王女。国と共に生き、国と共に死ぬつもりだった。
いや、そうか。終わりじゃないんだ。国王が死んでも、国の名前がなくなっても、形が変わるだけで、これからも国は続いていく。
それならば、選ぶ道は一つしかない。
私は肩に置かれたヴァイスの手を掴み、そっと引き離す。
「ごめんねヴァイス。私は平民にはなれない」
いくら生まれを憎んでも、私の中に流れるこの血は捨てることはできない。どんなに否定したって、王家に生まれたことが私の全てなのだから。
私は最後まで王族として生きたい。国が隣国と一つになるというのなら、私も隣国の王子と共に生きよう。
「グレイ様。……そのお話、謹んでお受け致します」
「カルテ!」
隣のヴァイスが引き止める声が聞こえるが、私はあえて前だけを見つめた。
横を見たら、揺れてしまう気がしたから。
正面にいるグレイ様は、私の言葉を聞いて満足げに微笑み、右手を差し出した。
「これから、よろしくお願いします」
「……はい」
こうして私はグレイ様と結婚することになった。
この先、私がどうなるのか……それはまだ、分からない。
もっと溺愛されて甘々展開になる予定でしたが、短編にするには長すぎて書けませんでした汗
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