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侍女


 

「離れのお姉さまのお世話をする、侍女の成り手がないと聞いたわ」


 アリアネは、長年領主館に勤めている侍女を、自室に呼び出して切り出した。


「そんな、私どもがそのような不敬なことなど、滅相もございません。エステルさまは病床にあられるので、おいそれと医術の心得もなき者がお側について、万一のこともあればと、案じているのでございます」


「いいのよ、分かっているわ。町からこの屋敷に来た者達は、嫁ぐ前の行儀見習いの箔付けの目的がほとんどですもの。病人の世話などやりたくないわよね」


「いえ、そういう者ばかりという訳では……」


 この侍女の家は財政的に厳しく、彼女の稼ぎを家族が当てにしている。他の腰掛けの侍女たちが、決められた期間の奉公を終えて辞めて行く中、取り残されたようにメリッサは年を重ねていたのだった。


「私から特別手当を出すわ。メリッサ、あなたが行ってくれないかしら」


 銀貨が入った小さな革の袋をアリアネが手渡そうとすると、侍女は大仰に驚いて見せた。


「ご領主のお嬢さまから、そのようなものを頂くことはできません。ご命令とあれば、従うのが使用人ですから」


「そう言わず、取って置いて。そして、あちらのご様子を教えて欲しいの。その都度、お手当を出すわ。お姉さまがあんなことになって、私がこの家を継ぐことになったけれど、姉妹ですもの、心配しているのよ。私はシェルトさまとの婚礼が近いし、お姉さまと直接顔を合わすのは……あちらも嫌かな、とご遠慮しているから」


「そういう事でしたら、分かりました。私が離れに参りましょう。お嬢さまのお気持ち、受け取らせていただきます」


 メリッサは形ばかりに受け取るのを拒んだ銀貨入りの袋を、あっさりとポケットに仕舞った。


「私の意向だという事は――」


「ええ、よく分かっています。お嬢さまは本当に姉思いで、お優しくていらっしゃいます。どうぞ、この私にお任せください」


「もしも、シェルトさまがあちらに接触なさるようなら――」


「その時は、すぐにお知らせいたしましょう」


 侍女は心得たように笑みを浮かべ、アリアネに頷いて見せるのだった。




◆◇



 エステルが本館から、敷地の離れにある小屋に移った翌日。


 厨房に、エステルの食事について問いただしに行った乳母のヒルデは、その話が当主の耳に入って不興を買ってしまった。


「そうやって乳母が甘やかすから、あの娘は腑抜けてしまったのではないか? いつまでも床に着いておって、貴種の名折れだ。離れに移したというのに、乳母はまだ()()の側に付いて居いたのか? 乳母をとっとと、この家から追い出せっ」


 貴種に生まれたエステルの父は、これまで風邪一つ引いたことがない。

 怪我をしても、回復術師によって治療すれば治る。


 だからエステルの苦しみが分からず、自分の後継だった娘の不甲斐なさにやり切れない思いだった。


「百年戦争の英雄ですら、魔力循環障害に苦しんだという事ですから。エステル様は王家の覚えもめでたく、医師団の定期的な派遣と古代遺物(ドール)の貸与までされた方です。当家でも相応の扱いをするべきだと思います」


 ヘルブラントは、父を宥め、なんとか取り成す。

 離れに移す時の、妹の傷ついた顔が忘れられなかったのだ。

 乳母にはしばらく宿下がりをして、ほとぼりが冷めた頃戻ってくるよう、よく言い含めた。




 ぽつぽつと雨が降る中、乳母はコーレイン家を後にする。


 それを、エステルはベッドに横たわったまま、窓から見ていた。

 乳母の姿が見えなくなるまで、ずっと。


 ――私にはもう、レオしか居なくなってしまった……。



 朝から降り始めた雨は、次第に雨脚が強くなっていた。


 ごうごうと風が吹き始め気温が下がると、レオはエステルの為に居間にある薪ストーブを焚いた。小じんまりとした離れは、居間の薪ストーブ一つで家中が暖まるはずだ。


「レオ、こんなお天気のせいか身体が痛む。鎮痛薬を用意してくれ」


 レオが鎮痛薬を、エステルのベットサイドテーブルに置こうとした時。


 バタン、と外の扉が開いた。


 雨が吹き込む中、フード付きの外套を着た女が家の中に入って来て、玄関の壁のフックに外套を掛けるとリビングをぐるりと見まわす。


 茶色の髪を髷にした神経質そうな年嵩の女は、リビングを通り過ぎ、その先の開かれたままのエステルの部屋の中ほどまでつかつかと入って来た。


「本日より、エステル様付きとなりました侍女のメリッサです。よろしくお願いします」


 お辞儀をする侍女に、「よろしく、メリッサ」とエステルは答えた。


「使用人は、その者だけですか?」


 コーレイン家の従僕のお着せを着たレオを見て、メリッサはエステルに問う。


「レオは王家から貸与された魔道式機械人形アーティファクト・ドールで、使用人という訳ではない。色々、私の世話をしてくれてはいるが」


「ええ、存じています。――これが王家の秘宝……」


 メリッサはレオをまじまじと見つめる。侍女たちの間で話題にはなっていたけれど、実際に目にしたのは初めてだった。そして、こんな美しい者は見たことがないと思った。

 

 ――病身のエステルさまを憐れんでいたのに、王侯のように貴重な神代遺物(ドール)にかしずかれていたなんて。……ずるい。



「この家で空いているのは、屋根裏部屋だけなんだ。レオ、案内してやってくれ」



 荷物を入れた鞄を持って、メリッサはレオの後をついて行く。


 狭い屋根裏部屋は小さなベットと机に椅子、クローゼットがついていた。


 メリッサは鞄を床に置くと、レオの腕を掴んだ。


「お前、夜はどこで休んでいるの?」


 レオは黙ったまま、メリッサの手から腕を引き抜くと、そのまま行ってしまった。


 ――人形(ドール)だから、口が利けないのかしら。エステルさまの言葉は、理解しているみたいなのに。


「ともかく、ここは私とエステルさまの二人きりなんだわ。あの人形(ドール)を除けば、だけど」


 侍女は鞄からエプロンを取り出すと、さっと身に着け、階下に降りて行った。





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