師2
ようやく吐き気が落ち着いた。
しゃがみこんで顔を下げていたので、その顔を上げると目の前にエルフの顔があった。
しかも、超至近距離。
手加減しきれなくて、結構強めに殴った筈なのにもうケロリとしている。
「あ…あの…近いです。」
「あら、ごめんなさい?」
エルフは、少し距離をとった。
私も、少し後退した。
「さっきは、ごめんなさい。」
「良いのよ、私も年甲斐もなく興奮してしまっていたから、止めてくれて感謝してるわ。」
意外と、まともなエルフなのかもしれない。
「それじゃあ、こんな所で話すのも何だし移動しましょうか?」
そう言って、先を歩き出すエルフ。
私も彼の後を追うが、一つ気がかりがあった…。
あの巨大な熊の魔物…どうするんだろう。
その場に置き去りにしてきているが、良いのだろうか?
そんなことを考えながら足を進めていると、明らかに人の手が加わった岩でできた家があった。
「さぁ、中へどうぞ?」
「お邪魔します。」
中は、思っていた冷たい感じではなく、明るい色の敷物や飾りが施されている為、温かい印象だ。
椅子を勧められ座ると、お茶を出してくれた。
そして、エルフも私の正面に座り一口お茶を啜った。
「自己紹介がまだだったわね。」
「あっはい!私は、ルノアです!!」
「そう、ルノアちゃんね。私は、ローラン。よろしく。」
「よろしくお願いします!」
差し出された手を握り、握手をする。
「それで、聞きたい事があるのだけど、あなたはここまで一人で来たの?それとも連れが居るのかしら?」
「ここまでは、親切な方に連れてきていただきました。連れも居たのですが、別の方のところへ連れて行かれました。」
私でも、まだクロウの事はよくわかっていないので、濁してしまった。
「その親切な人は、どんな見た目だった?」
「えっと…灰色の髪に空色の三つ目をした方です。」
「そう、心当たりないわね…。」
顎に手を当て、悩ましい顔をする師匠は凄く美人さんだ。でも、さっきの野太い声に肩幅が広く、胸が薄いところを見ると男性…?しかし、喋り方や格好は女性…?一体どっち??
はっ!もしや両生類というやつなのでは!!エルフに居るかはわからないけど、きっとそうなんだわ!!
私が一人で納得していると、師匠は「よしっ!」と声を上げて立ち上がった。
「 あなたを連れてきた者が誰かはわからないけど、私、あなたに興味が湧いたから鍛錬の手伝いをして上げるわ!」
「ありがとうございます!師匠!!」
「師匠じゃなくて、先生と呼びなさい。私は、あなたに今足りていない魔法についてを教えるわ。それに、見たところ戦い方は分かっているみたいだし、そっちは自分で何とかしなさい。」
「はい!ありがとうございます!先生!!」
私が、父さんから学べなかった魔法を教われる…なんて有り難い事だろう!!
母さんから、少しは教わっていたけどそれも十分ではない。
先生からの教えで、どこまで上達できるか…今から楽しみだ!!
「それで、具体的にどのくらい時間があるの?」
「三年です。」
「三年か…三年!?」
先生は、驚いてテーブルを叩いて立ち上がった。
出されたカップがかちゃかちゃと音を立て、お茶が波打っている。
すると、先生は「あら、ごめんなさい。」と言って、また腰を下ろした。
「まぁ、あなたは素質がありそうだから、何とかなるかもしれないけど、相方さんは大丈夫なの?」
「正直心配ですが…伯父さんの…いえ、首領の息子ですから、やる時はやる筈です!!」
頑張れダイゴ!!死ぬ気でやれ!!
私は、心の中でダイゴを応援した。
「因みに、その三つ目の親切な人はどっちの方向へ行ったの?」
「えっと…北西の方角です。」
「あらやだ!それは災難ね…。」
「え…それはどういう…?」
先生の哀れみに満ちた顔が不思議で、問いかけてみたが嫌な予感が…。
「たぶん、その方角に住んでる三年で鬼人を鍛えてくれる者なんて一人しかいないわ。」
「それは一体…?」
「竜人よ。しかも、私のように一人で国を出て暮らしている男…ゼウスでしょうね。可哀想に…。」
「竜人…ゼウス…あっ!!」
「あら、あなたも知っているの?」
「えっ!あ、はい…。父から少し話を聞いています。」
確か、父さんがまだ母さんと出会う前に竜王国の山中で会ったって言ってた気がする。
なんでも、出会ってすぐに攻撃されて、父さんが死ぬかと思ったって言ってた。
胸にも、その時の傷が残ってた。
「そう、どんな話を聞いたかは分からないけど、あなたにはその男に関して、一つだけ覚えておいた方が良いことを教えておくわ。」
真剣な顔で、テーブルに肘をついて指を組む先生。
一体、どんな事なんだろう。
私は、背筋を伸ばして次の言葉を待った。
「ゼウスは、無類の女好きよ。あなた、絶対美人になるから気をつけなさい。」
「…はい?え、そんな事ですか??」
想像とは違う先生の発言に、思わず聞き返してしまった。
「そんな事ですって!!あなた!何にも分かってないわね!!」
先生は、またもやテーブルを叩いて立ち上がり怒鳴った。
「子供のあなたに、こんな事言ってわかるかだけど、あの男はそこら辺の奴らとは違うの!!その辺の奴らならどうにかなるかもしれないけど!あの男には力がある!抵抗する間も無く食べられちゃうんだから!!しっかり肝に銘じなさい!!」
「は、はい!!」
先生の迫力に押され、返事をしたが…食べられる、とは一体…?それも、抵抗もできないなんて…いつか、一度手合わせしてみたい。
私の中に流れる鬼人の血が滾る。
そんな事を考えていると、ドサッと重い音を立ててテーブルの上に分厚い本が何冊も置かれた。
「あなた、文字は読めるかしら?」
私は、本を手に取る。
「この一冊なら読めます。」
「そう。なら、この本全て同じ内容の本だから解読して全て読めるようになりなさい。そうしたら、ここにある魔法関連の本は全て読めるわ。そうね…一週間でこなしてもらおうかしら?」
「いっ一週間!?」
「あら?時間を無駄にしていいなら、いくらでもゆっくり覚えてもらって構わないわよ?」
「!!いえ、一週間で覚えてみせます!!」
「そう、なら頑張りなさい。私はあなたの部屋を用意してくるから、それまでここを使いなさい。」
「ありがとうございます!!」
そう言うと、先生は席を立って奥の扉へと消えていった。
こらから、私にとって剣術や体術よりも厳しい修行が始まる。
しかし、ここで折れるわけにはいかない。
私は、目の前に置かれた四冊の分厚い本を開いた。