壊された日常2
戸を破ってきたのは、白銀の鎧を着た人間の男で赤黒いマントと思っていたのは、血に染まった白いマントだった。
男が、一歩歩みを進めようとするのを見て、思考が正常に働きだした。
私は、ダイゴの手を掴んで家の中に走った。
「おっおい!?」
「いいから走って!!」
後ろから、追ってくる足音が聞こえる。
私は、笠を投げ捨てて視界を広げる。
父さんとの約束で、外に出る時は笠を被るようにと言われていたが、今は緊急事態だ。
「お前、それ…。」
「今は走って!どこかに隠れないと!!」
「隠れる!?馬鹿言うな!!!」
ダイゴは、私の手を振り解いて立ち止まった。
「俺は、誇り高き鬼人だ!!お前のような半端者とは違う!!!」
「今、そんなこと関係ないでしょ!!」
「ふざけるな!!鬼人は、人間なんて恐れない!!逃げるのは恥だ!!!」
「!!!」
私は、思い切りダイゴの頬を叩いた。
ぱんっと、部屋の中に音が響く。
「ふざけた事を言わないで!!弱いのに威勢だけ良いなんて滑稽よ!!」
「なっ!!」
「あんたに何ができるの!?あんたなんか一太刀で死ぬわ!それが、かっこいいとでも思ってるの!?」
私が、ダイゴの両肩を抑えて怒鳴ると、彼の顔が強張ったのがわかった。
そんな彼の背後に、煌く物がちらついた。
私は、咄嗟にダイゴを突き飛ばし、それを避けた。
後ろを見ると、氷の刃が襖にいくつも刺さっている。
「こんな子供に避けられるとは…。ん?白い角の鬼?…っ!?」
男は、私の姿を見て明らかに動揺している。男の青い瞳が揺れ、動きが止まる。
きっと、私の銀の髪と白い四本の角に驚いたのだろう。村人達のように…。
私は、鬼人の父と人間の母との間に生まれた。
髪も目も母譲りで、普通の鬼人とは色が違う。角も美しい黒ではなく白だ。
私は、見た目から普通の鬼人とは違うのだ。
だから、私は普段から笠を被っていた。他の村人を不快にしないように…父さんや伯父さん達に、これ以上迷惑を掛けないように。
私は、まだ尻餅をついているダイゴの手を再び掴んで、無理矢理走り出した。
幸い、あの男はまだ立ち尽くして何か呟いている。
私は、一室の押入れを開けて天井板を開けてダイゴを押し込んだ。
そして、私もそこに入って天井板を元に戻す。
天井裏は、暗くて埃っぽい。
静かで、二人分の息遣いだけが聞こえる。
『絶対に喋らないで。』
「俺は、誇り高い鬼人だ――むぐっ!?」
『黙れと言ってるのよ愚か者…。』
「!!?」
私は、ダイゴの口を手で覆って喋れなくした。
すると、そのすぐ後に部屋に誰かが入ってくる。カチカチという音で、先程の男が来たのだとすぐにわかった。
私が、息を殺して気配に集中していると、突然ダイゴが私の空いた左手を握ってきた。
ダイゴの手は、汗ばんで震えていた。そして、私の手も少し震えていた。
私が顔を上げると、ダイゴは私を見ていた。
その目は潤み、泣き出しそうだった。
『…泣くなよ。』
ダイゴが、口を抑えていた私の手を退けてそう言った時、私はやっと自分が泣いていることに気づいた。
ダイゴが、ぎゅっと手に力を込める。
「…この部屋にいるのはわかっている。殺さないから、早く出てきなさい。」
「「…。」」
男の声が、部屋に響く。
私達は息を殺し、手をしっかりと握り合う。
私達が上がった襖を開ける音が聞こえた。
見つかると思ったその時、下で何か大きな音がして静かになる。だが、天井板が動いた。
私達は死を覚悟したが、顔を覗かせたのは父さんだった。
「良かった。無事だな?」
「父さん!」
「ダイゴ殿も大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。」
「取り敢えず、そこから早く出てきなさい。」
私は、ダイゴと天井裏から下りて部屋を見ると、先程の男が倒れている。
「殺したのか…?」
「いえ、気絶しているだけです。こいつが起きる前に、早く逃げなさい。」
「他の皆は?」
「…。」
「父さん?」
父さんは、苦い顔をして黙る。
気がつけば、外は静かになっている。
嫌な予感が、頭を過る。
私は、父さんを見つめる。
すると、目の端で何かが動いた。
「――っ!?」
視界が赤く染まる。
目の前には、血を吐いて苦しそうな父さんの顔。腹からは、血の付いた刃物が見えている。
「父さん…?」
「叔父さん!?」
「早く行け!!ここは俺が食い止める!!!」
父さんは、腹から出た刃を掴んで抜けないように踏ん張っている。その額には脂汗が浮かび上がり、畳には父さんの血がぼたぼたと落ちていく。
「ルノア…ダイゴ殿を…頼んだぞ?」
そう言って、笑う父さんが私を奮い立たせた。
私は、歯を食いしばって頭を無理矢理切り替える。
「ダイゴ!行くよ!!」
「お前!叔父さんを見捨てるのか!?」
「うるさい!!黙って走って!!!」
動揺するダイゴの手を掴んで、外へと繋がる戸を開けて走った。
後ろから、父さんと男の声がするが、それをなるべく聞かないようにして、ただ足を動かした。
家々は燃え、道端には先程まで談笑していたおばさん達や、昼間ダイゴと私に石を投げてきたゼンとゴウが血を流して倒れている。
止まろうとするダイゴの手を、無理矢理引っ張って走る。
瞳から光を失った皆は、死んでいるから…。
ダイゴの手は震えているが、気づかないフリをする。
「おい!まだ餓鬼が生きてるぞ!!」
「!!ダイゴ!もっと早く走って!!」
村をもう少しで出られると思った時、別の人間に見つかった。
血が滴る剣を持ち、仲間を呼んでいる。
「ダイゴ!もっと早く走れないの!?」
「はぁ!はぁはぁ!!」
言葉も出ない程、余裕がないようだ。
「うわっ!?」
「あっ!?」
ダイゴが、足をもつれさせて倒れた。
「手間かけさせやがって…。」
「おい、なんだこの白いの?」
「もしかして、レアか?」
剣を振り上げていた男の手が止まる。
『…ダイゴ、今のうちに逃げて…。』
私の言葉に、握っていた彼の手に力が入る。
『あんたは邪魔。だから、先に逃げて。』
『なっ!?そんな事、出来るわけないだろ!?』
『また、鬼人の誇り?そんなの――。』
「違う!!」
「!?」
いきなり声を張り上げた彼の顔を見ると、顔を真っ赤にして震えていた。
「なんだ?仲間割れか?」
「てか、捕まえて売り払った方が金になるんじゃね?」
人間達は、こちらを見て笑っている。
私は、ダイゴの手を放し立ち上がる。ダイゴを庇うようにして彼等に向かい合う。
「なんだ?やる気か?」
「おい!止めろ!!」
「ダイゴは早く逃げて!!」
「そんなこと――!!」
「見ろよ!あいつ、女に庇われてるぜ?」
「てぇ事は、あいつ鬼人の頭の子供じゃねぇーの?」
「いいから早く行って!!」
私が怒鳴っても、動こうとしない。
その代わり、人間達が動き出した。
しかし…。
「お前達、油断はするな。」
「「騎士長!!」」
「見た目は子供でも、お前達よりも遥かに長い時間を生きている。」
「えっ!?」
「お前、知らなかったのかよ?」
二人の人間は、隙だらけだ。
しかし、騎士長と呼ばれた父さんを刺した先程の男に、隙は見当たらない。
ふと、その男の腰元を見た時…。
「…父…さん?」