王との対峙
吹き出す血は、地面を赤く染める。
ごとりと鈍い音を立てて転がる首は、もう何も言わない。
ただ、安心したかの様な顔をしている。
一体なんだと言うのだ…。
復讐されるのを待っていた?でも何故?
考えたって、答えは出ない。
濃い血の臭いが纏わりつく。いつかの時を思い出す様だ。
今、私の前にあるのは父さんの首では無く、仇の首。
許せないのは、その顔が恐怖にも怒りにも染まっていない事。
しかし思い出せない。あの時の父さんは、一体どんな顔をしていた?
男の首を携え、先程よりもなお騒がしくなった大通りへと歩みを進める。
もうすぐ、王様が通るらしい。
私は再び屋根に跳び乗り、下を見下ろす。
確かに、豪奢な屋根無しの馬車がこちらに向かってきている。
「おい!そこで何をしている!!ってお前、その血はなんだ!?」
先程とは違う男が、私に近づいてきた。
未だ血の滴るそれを、男の前に突き出す。
「鬼人殺しの騎士長をお持ちしました。」
笑いながら振り返った私を見て、男は混乱する。
「きっ鬼人!?いや、しかしそれは王族の色…いやしかし角が…いや違う!!騎士長に何をした!この死に損ないの鬼が!!!」
「…。」
ふっと笑顔が消えてしまった。
《死に損ないの鬼》…本当にその通りだ。
何故私は死ななかったのだろう…。死んでいれば、こんな苦しみはなかったのかもしれない。でも、父さんが繋いでくれたものなのだ。
男が刃物を投げてくるが、私には当たらない。
私の前に作った氷が、刃物を弾いてしまったから。
「な…何だよそれ…なんで魔物のお前が…魔法なんて。」
屋根の上で腰を抜かし、糞尿を垂れ流す男は放置する事にした。
丁度私のいる建物の下を、王が通るところだったから。
他の屋根の上の男達が、異変に気づくのは遅く、気付いた時には私は馬車を止めていた。
血まみれの白い鬼が、パレードを止める。
一瞬、何が起きたか理解できない民達は、静まり返る。しかし、兵達はすぐに動き出し、王を守ろうとした。
私は、王に向かって騎士長の首を放った。
見事に膝の上に乗ったそれを見て、王の隣にいた女は発狂した。
しかし、王はそんな物には目もくれず、私の姿を凝視している。
「オルビア…。」
王が囁いたのは、母さんの名だ。
私は、動きの鈍い兵達を尻目に馬車に飛び乗る。
揺れる馬車に、怯えて王に縋り付く煌びやかな格好の女。
王の顔を間近で見て、先程の騎士長の言葉を思い出す。
母さんがこの国の王女…。
確かに、私と同じ紫色の瞳に銀色の髪と髭。
自然と自分の顔が歪む。
私は、王の顔を見て確信してしまったのだ。
どことなく、母さんと同じ面影がある。私の大好きな母さん…。
「貴様ぁぁぁぁ!!!」
煌びやかな衣装に包まれた兵士が、剣を振り上げる。
しかしその切っ先は、虚しく空を切る。
馬車から宙返りで降りた私は、兵達に囲まれた。
その兵達には、見覚えがあった。
村を襲った聖騎士だ。
「これは皆さん、お久しぶりです。しかし、もうお別れです。」
「貴様!よくも騎士長を!!」
「王に対する無礼!万死に値する!!」
「いえ、それは違う。…死ぬのは、お前達だ。」
私の周囲に冷気が漂う。
息は白く、肌がピリピリとする。
私は、怯える周囲の人間を見る。
そして、見つけてしまう。
王のなる馬車よりも後ろに、長い棒の端に括り付けられた、黒い何か…否、父さんの頭蓋骨。
「ひぎゃっ!?」
「きゃあぁぁぁあぁぁぁ!!!!」
手が震えた。
私の腕の中には、父さんの頭蓋骨。
そこに、私の涙が落ちる。
父さんの頭蓋骨には、いくつもの傷がついていて、欠損している部分もある。
この三年間、父さんが受けた事が脳裏に浮かぶ。
「…誰が…父さんにこんな事をしたのかしら…?」
「ひぃっ!?」
「なんだあの鬼!?」
「おい!早くあの鬼を殺してくれ!!!」
「…醜いゴミ共が…。」
私は、周囲に居た人間すべてを凍らせた。
それを呆然と眺める事しか出来ない他の人間達や王。
また悲鳴が上がり、蜘蛛の子を散らすように逃げ回る人間達が滑稽だった。
「お前は…オリビアの娘…なのか?」
遠くから聞こえる王の問いに、振り返って答える。
「えぇ、私はザンとオリビアの娘。母さんも返してもらう。」
「なんという事だ…オリビアは、鬼に孕まされていたなんて…!!」
その言葉に怒りが湧いた。
私はもう一度王のなる馬車に跳び乗り、今度は騒ぐ女の首を刀で撥ね、王の首元に切っ先をつける。
王にも私にも、女の血が飛び散る。
「いやぁぁ!王妃様!!?」
どうやら、今切った女は王妃だったようだ。
私は、頭の片隅で理解したが、なんの感情も湧かない。
「あんたの言った事は間違ってる。母さんは孕まさらたんじゃない。父さんと母さんは愛し合っていた。誰よりも、何よりも。」
「…。」
「私はもう決めた。この国の人間は皆殺す。そうしないと怒りは収まらない。」
「!!止めろ!!民に手を出すな!!」
「何を今更…お前らだって殺したでしょ?なら、私もそうする。」
それに、もう私は殺してしまった…。
少し振り返れば、人間の氷漬けがある。
それは、兵士だけではない。
私は覚悟している。
私は刀を振り上げ、王の首に突き立てた。
脈と連動するように、血が吹き出す。
もう、彼を助ける者はいない。
何故なら、周りの人間は皆死んだから…。
王の目からは、涙が流れていた。
血だらけの顔を涙が伝っていく。
同じ色の瞳から光が消え、もう私を映してはいない。




