皆の思いは多くの方角へ
「ここで話しましょうか。」
先生に連れられてきたのは、今年使用用途のない空き教室だった。
中に入ると、去年使われていたままの形で、綺麗に机が並べられていた。
僕たちは黒板の近くの席に座った。
「なんか、授業みたいだねー。」
「まあ、俺らが席に座って先生が前に立ってたら、そりゃそうと思うだろ。」
「どちらかというと、放課後の授業なら補習の方があってはいないかしら?」
「確かに、そっちの方が合ってるな。」
「つっきー、人の意見に便乗しすぎじゃねぇの?」
「うるせぇ。まあでも、今からのは授業じゃないんだしな。」
「そうだね。でも、明日からのことに凄い関わってくると思うからちゃんと聞かないとね。」
「そうね。気軽に聞く、というわけにもいかないわね。」
「そんなに堅苦しくしなくて大丈夫ですよ。ただちゃんと聞いてはいてくださいね。少し長く話すことになりますから、何かあれば質問してくださいね。」
「はーい」
「わかりました。よろしくお願いします。」
そして、先生はモードを切り替えて話し始めた。
「先ずは、皆さん掛け持ち生徒として登録していただき、ありがとうございます。今後よろしくお願いします。さて、明日からの事について説明させていただきます。まず、明日は皆さんに通っていただくルチェフ・グラテット学園やσ世界を知ってもらうためにも、先程職員室でも言ったようにσ世界に向かいます。百聞は一見にしかず。聞くよりも見たほうが色々とわかることが多いと思いますが、まず知識としてσ世界についてお話しします。」
「σ世界というのは、皆さんのいるこの世界、通称α世界とはかなり異なった文化や習慣を持っています。α世界と比べて医療技術が発達していないため、平均寿命は50歳前後になっています。その代わり、科学技術の発展はとても早く、α世界では見られないような機械を多く見る事になると思います。皆さんに関係した事で言うと、σ世界の翻訳技術ですかね。」
「え?先生、俺らの話す言語と、σ世界の人の言語は違うんですか?」
「そうですね。σ世界の人たちの言語は、ヌワイム語、と言われています。ヌワイム語と私たちの今話している日本語とは大きく違っています。未知の言語と思ってもらえれば大丈夫です。しかし、σ世界の人たちはヌワイム語を理解してもらえるように翻訳機能を発達させ、自分の話している言葉が、相手の国の言葉になる機械を発明したのです。」
「要するに…私たちの話す日本語は向こうの人たちからはヌワイム語に。逆に向こうの人たちが話すヌワイム語は、私たちからしたら日本語に聞こえる機械がある、と言う事ですか?」
「その通りです。皆さんには、明日σ世界に着いた時にその機械を1人2つお渡しします。予備用に1つ多めに渡しておくので、基本的には使用するのは一つで大丈夫です。σ世界に滞在する間は必ず持っておくようにしてください。」
「授業とかの文字も、翻訳してくれるんですかー?」
「はい、その機械を使えば基本的に言語の違いがあっても困難なく暮らせると思います。」
…凄いな、σ世界の技術。
僕は心の中でそう呟いた。皆も同じ様な事を思っているのだろう。驚きを隠せないでいる。
「言語以外のことで皆さんに大切になると思うのは、性別事情でしょうか。ルチェフ・グラテット学園の制服は、序樹花学園の男子の制服に近いものだと思ってもらえれば想像しやすいかと思います。」
「女子のスカート、といったものが無いんですか?」
「そうです。σ世界には、α世界と同じく、ジローダムルとナッタマラと言う二つの性別があります。ジローダムルが男性、ナッタマラが女性という意味です。性別による違いは基本的にα世界と変わりませんが、服装、精神論、規則、待遇はかなり違ったものになっています。それは明日から生活していけば分かると思います。私の口からはあえて言わないでおきます。」
「それから、明日からのσ世界での生活する場合の場所はこちらで1人1部屋準備させていただきました。そこを使ってください。それと、皆さんはルチェフ・グラテット学園では全員違うクラスに入ってもらう事になります。」
「えっ!?俺たち全員ですか?」
「数人で一つのクラス、というわけでもなくですか?」
「はい。ルチェフ・グラテット学園の2年生は5組まであります。あちらの学園の人たちにも違う世界の生徒との交流を満遍なくできる様にとのことで、別々のクラスとさせてもらいました。クラス分けは明日伝えますね。あとは、何か質問はありますか?」
全員、特に何も言わない…いや、言えないのだ。
今知らされた事実に戸惑いが隠せないのだ。
僕は不安でいっぱいだった。
「何かありましたら、また連絡してください。それでは、明日8時にはよろしくお願いします。今日はお時間をいただき、ありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね。」
「なあ、皆。」
帰り道、つっきーが声を上げた。
「明日から、どう思う?」
「どうってなんだよ。どうって。」
「俺は、少し不安もあるが楽しみも増えた。」
「私も…どちらかといえば期待感の方が大きめかしら。ゆっこはどうかしら?」
「うーん…でもやっぱり怖いかなぁー。初めての土地で初めての人たちだけど、っていうとねー。そうちゃんは?」
「僕は…ちょっと困惑してるのはあるかな。でも楽しみは楽しみだよ。」
「まあ、俺もそうだな。とにかく始まってみねぇとワカンねぇしな。」
「まあ、明日から皆頑張ろうぜ。」
全員での帰宅。そこで僕たち5人は掛け持ち生徒同士としての絆を深めた気がする。
明日からの生活に、皆んないろんな想いを持っている。
一体、どんな生活になるのだろうか。