二次元的思考
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二次元的思考
あなたは、初めてみた身内ではなく、異性の女の子のパンツの色を覚えているだろうか?
出会い頭で、本来であれば、この様な質問をされたことはないし、これからもないだろうし、するような事態にもならないと思っていた。
だけれども、昨今の性的犯罪あるいは性的でなくても犯罪が起こるたびにどこかのネットあるいは、職場や、TVなどで、言われる言葉がある。
ゲームや漫画の影響ではないか?
そう言う側は、何故かゲームや漫画の影響を受けて人格形成が云々の話をしだす。
そして、こんな時にアニメや漫画を叩きだす人々は何か過去に辛い思いをしたのではないかというぐらい、嫌悪に満ち溢れている。
さて、賢明な方ならもう分かるだろう。
冒頭で、出会い頭に聞いた事を。
あなたは、初めてみた身内ではなく、異性の女の子のパンツの色を覚えているだろうか?
あの質問にこそ、叩きだす人の過去が、理由が隠されているのだと。
賢明な方なら気づいた事だろう。
つまり、辛い思いというのは、彼等は初めてみた異性の女の子のパンツが思い出す事が出来ないのが一因なのだ。
記憶というものは何せ、あやふやなものだ。
白いパンツを見たはずだと思っていても、確かだろうか?。
キャラクターものがプリントされていてもおかしくない筈だと思う。
しかも色はピンクや黒、ストライプ等幾種もあるのに白だと思いこんではいないだろうか?
そういう不安に駆られてしまう。
異性の女の子のパンツを初めての記憶があやふやであるのに、何故今まで見たはずのパンツを白いと断言していたのだろうかと。
そう思い込んでいた原因はなんだろうかと。
巷に溢れる少年誌、何気なく流れ込んでくる子供向けのアニメ、深夜向けアニメ、ふらりと立ち寄った本屋でのライトノベルの表紙。
描かれた女の子のパンツが目に入る。
そこには過去に見たはずの白いパンツ。
自分の見たはずの白いパンツがあるのだ。
自分の貴重な初めて見たパンツの記憶が、知らず知らずのうちにアニメや漫画に改ざんされていたのだとしたら?
辛いだろう。
涙が出てくるほどに辛いだろう。
まぁパンツは1例に過ぎないとしても、自分自身の体験だと思っていたのが、漫画やアニメの影響で造られたエピソードだとするならば、多かれ少なかれ批判的な意見を持つには彼等は十分に、漫画やアニメを憎いと思っていたって良いだろう。
彼等は自分のような可愛そうな人を増やしてはいけないという理念と憎悪を燃やしているのだ。
いち大人として、可愛そうな彼等に寛容にならなければならない。
ところで、あなたは初めて見た異性の女の子のパンツの色を、自信を持ってハッキリと言えるだろうか?
それは漫画やアニメに影響されたのではないだろうか?