04. こう考えよと王は言う
都に帰って凱旋パレードなんかしちゃったりして、民衆から巻き起こる聖女様コール。
なんだかもう私は救国の英雄扱いだ。実際英雄なんだろうけど。
やったことはただ旅の間中、美味しいものを食べて、目的地で文字を読み上げただけ。
だからずっと、私の中ではいいのかなあいいのかなあって感情が半端ない。
しかも帰ってくる道中でも、ソヴリンに請われて、国内の農地かたっぱしから植物活性化の祝福を与えたりしていて、今の私は痩せていたりする。
なもんだから、「ああ、聖女様、お美しい……」なんて呟きがそこかしこから聞こえて来て、恥ずかしくてうひいいいいいってなる。
この痩せた姿は真の姿じゃないんですよー! 素は巨デブなんでまたすぐ太りますよー! 騙されないで下さいねー! 次見たときにがっかりさせたらごめんなさいー!
*
城に帰り着き、下にも置かれない生活。
美しい絹のドレス、触り心地のいい寝具、目も楽しませてくれるような手の込んだ美しく美味しい食事、広くて綺麗なお風呂。
沢山のメイドさんたちは明るく、優しい気づかいにあふれ、雑事を全てしてくれて、なんかもう私という駄目人間がますます駄目になりそう。いやもうなってる。何をどうしようと私、完全駄目人間(巨デブ)
しかもメイドさんたちは、異世界出身の私の心の負担にならないように、わたしが『こうして欲しい』と言った事にはすぐに合わせてくれる。
なので、自分一人でお風呂に入らせてもらえたり着替えさせてもらえたりして、恥ずかしい目に遭うことも無い。この世界のドレスが一人で着れるようなタイプでよかった。
あ、いちおう宮廷作法みたいなものは教えてもらい始めました。不必要な恥はかきたくないしね。
私は国賓みたいな扱いで、ソヴリンに予定が無ければ毎日の食事は彼と一緒に取る感じになっている。
ソヴリンはいい王様で、民のことを考えていると感じられる瞬間が多いのが私には心地良かった。
++++
地球基準では完全に駄目人間の生活。
このままじゃ本当に駄目だと危機感を覚えた私は、魔力の有効活用をソヴリンに申し出る。
「あのあの、ほ、他に何か皆さんが困っていることってありませんか……? 私で出来る事があればやらせて下さい」
「さすが聖女、素晴らしい志だツムギ。ああ、頼めるのならやって貰いたい事は沢山ある」
ソヴリンは遠慮なく色々な仕事を私に振った。
土魔法での治水工事、普及している炉では未だ作り出せないような超高温での金属融解実験、――――流行り病が蔓延ったのを治療魔法で治療出来た時には、ますます聖女と崇められた。
そんな日々が過ぎ。
「今日は、街道を整備して来ました」
「ご苦労であった。ほら、ツムギの好きなエーテルナッツのチョコレートが届いたぞ」
「むぐ」
王様、ソヴリンがいるときに私が箱詰めのチョコレートを食べようとすると、何故かいつも、ソヴリンがその箱をひょいと取り上げ、じきじきに私の口へチョコレートを食べさせてくれる。
旅中でそうされてから、ずっとそう。
王様がすることだから、この国では客人に対しホスト側がこうするものなのだろうと思って拒否した事は無いんだけれど、恥ずかしいは恥ずかしい、いまだに慣れない。自分で食べたい。
食べさせられると、強い甘さとともに、口の中にチョコ独特の濃厚な風味が広がる。
ああ、幸せ。
「うん、美味しいー」
「うむ、もっと食すのであろう? ほら」
あーんと口を開けることを強要される。
毎度のことだからこれでいいんだろうけど、……やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ。ソヴリンは機嫌良さそうにしてるけどさ、ああ美味しいむぐむぐ。
「こんな生活してしまっていいのかな……」
チョコを舌の上で転がしながら、なんとはなしに私はそう呟く。
「またそんな事を言っておるのか。今日は複製の魔法で南の街道を石畳にしてくれたのであろう? それがどれだけの偉業か、分からぬ訳ではあるまい?」
複製、という魔法があって、同じ物質を同じように構成出来る。
職人さんに完璧な石畳の道を少し作って貰い、それをベースに全く同じ石畳を複製の魔法でコピーして街道に敷いていった。
そうして国中の道を石畳にしようと思っている。
「そりゃあ、まあ、馬車が通りやすくなって流通が円滑になるし、雨の後はぐちゃぐちゃのぬかるみと水たまりになったわだちに悩まなくていいし、風の日は砂埃が減るだろうし、人が通らない道がいつの間にか草に飲まれていた、なんて事もなくなるでしょうね」
「そうだ、分かっておるではないか」
確かに偉業なんだろう。
職人さんの仕事は奪われるし技術的ノウハウも溜まらないかもしれないが、国としては驚愕のコスト安だ。
「でも、私にとっては文字を読んだだけですからねー」
私は自嘲気味に嗤う。
あかん、今私、めんどくせー奴になってるかもしれん。
仕方のない娘だ、とばかりに眉根を寄せて私の自己評価の低さを気にするソヴリン。
「そなたにとっては『だけ』と表現するような簡単なことでも、この世界に同じ事を出来る者は他におらぬのだ」
うん、この世界で私の他にデブを見た覚えはない。
この世界ではデブと言えば私、私と言えばデブである。オンリーワンのデブである。なお今は痩せている。
「労働をしたらそれだけの対価と評価を与えられるのは当然のことであろう? 他に誰も出来ぬ偉業だ、ツムギは素晴らしい。もっと誇りを持て」
優しく諭してくれるソヴリン。
「……怖いんですよ」
ソヴリンが優しくかまってくれるので、私はうだうだと言葉を重ねてしまう。
「私が努力して学んでこの世界の字が読めるようになった訳じゃない、私が努力して魔法が使えるようになった訳じゃない。自分の欲望のままに、食べているだけ」
そう、だから怖いのだ。
「だから、急にこの世界に来ただけで出来るようになったみたいに、――――急に出来なくなったらどうしよう、って」
怖い。だってこの生活は安楽だ。
何も心配のない、甘やかされる世界。
でも、もし私がこの力を失ったら?
怖いのだ。私はどろどろに甘やかされている。
最早一人で立って生きていく自信がない。
ソヴリンは生涯の生活の保証をしてくれているけれど。
急にこの世界に来たみたいに急に私が力を失って、この優しい人たち、私を尊敬し尊重してくれる人たちがみんな、一斉に私を軽蔑し出したらどうしよう。
脂肪だけついて、突然魔法が使えなくなったとしたら?
役立たずの巨大なデブの私を、みんなが醜い豚を見るような目で見て来たら、どうしよう。
そんな私の不安を嗅ぎ取って、ソヴリンは暖かく私に言い聞かせる。
「ツムギはこの国を救ってくれた。以前言ったように、以降、生涯の生活を我が国は保障する、もう何もせずとも、ツムギは生涯今のこの生活を続けられるのだ。そなたは我が民たちを救いし英雄だ、十二分に報いたい」
「でも」
「――――神に力を与えられ、違う世界に行く物語はそなたの世界に山と溢れている、以前ツムギはそう言うたな?」
「はい」
一度、「異なる世界に来たというのにそなたは落ち着いておるな」と言われたことがあって、異世界転移する物語を地球でたくさん読んだからだとソヴリンに以前話したことがある。
「そして、その物語の主人公達は、その力を民の為に使うとは限らない、そうだな?」ソヴリンは問う。
異世界転移系の主人公って、自分のためにしかチート能力を使わない人も多い。
「それはそうですけど、あくまで物語、お話ですし」
「少なくともツムギは民の為にその力を惜しみなく使っておるであろう。褒め称えられるべきことだ。――――そなたほどの力があれば、我が王座を簒奪し、世界を征服する礎にする事だとて出来ように」
「そんな事はしません!」
簒奪って、君主の座を奪うってことだぞ、しません。
世界征服って私は魔王か何かか。
そういう話も、異世界転移ものにはあるあるだけどさー。
「そうであろう? そなたのしている事は素晴らしい行いのみだ、何ゆえ罪の意識を抱くのか」
なにゆえ……。
……元の世界じゃ考えられない贅沢と自堕落をしているくせに痩せられちゃったりするからだよなあ……。
ソヴリンは机に積まれた書類から、小さな紙を取り出した。
子どもが描いた絵が描かれている。
「ほら、これはツムギが貧しき家の瀕死の母の怪我を治したときの、子供からの感謝の絵だ。貧しき家はこれを書く紙を買うのも大変だろうが、それでもツムギに感謝を送りたかったのだろう、この絵を見て自らを誇ろうとは思わぬのか」
「治療はソヴリンに命じられたからで……」
「余は治療院で流行り病を抑えてくれと言っただけだ、何もそなたがしたように貧しき家まで一軒一軒回り救えるだけ救えと言ったわけではないわ。ほら、それはそなたの純粋な功績であろう。そなたがやろうとしなければ、その子は親を失っていたやもしれぬ」
「……」
うんまあ、そうかも……。
でも、字を読むなんてとても簡単過ぎることだけで、苦しんでいる人たちを大勢救うことができるなら、誰でも同じことをするんじゃないだろうか?
「納得しておらぬようだな、……おいで、眉寄せ姫」
私、そんなに眉間にシワ寄ってましたかね!?
ソヴリンはテラスへ私を連れて行く。ここは城の高所で、城下に広がる街が見渡せる。時刻は夕暮れから夜に移り変わるときで、街の明かりの炎がぽつぽつとともり輝く。
「見よ、あの炎ひとつひとつに人間の人生がある。あの明かりの元にいる人間すべてを、そなたが守ったのだぞ」
眼下に広がる街の明かりを私に見せるソヴリン。
たそがれの空に清涼な風が吹き抜けて、心地よかった。
ソヴリンの声は優しくて暖かく、心根の明るさみたいなものを感じられて、聞いていると安心する。
「それをどうして貶める。卑下をするな、胸を張れ、自身を誇れ、ツムギは我が国の希望、救いの象徴、唯一無二の聖女であるぞ。もし仮に明日、そなたの力が消えたとて、我らはそなたの功績を忘れはしない」
「……ん」
「まだ何か引っかかっておるか。ならば、こう考えよ」
ソヴリンは、私に言い聞かせる。
「あの日あの時、そなたがあの場につかわされたのは神意である」
神意て。凄い単語出たな。
「きっとそなたはあの日あの時に我らの命を救うため、魔力を十分蓄えることの出来る体質で生まれる必要があった。
そのために、本来であればこの世界に生まれるはずだったところを、神の御意志によりそなたの世界、地球に生まれることになったのだ」
な、なんかすごい設定が現在進行形でソヴリンの頭の中で作られていってるゥ!
「それゆえに辛くないようにと、神はそなたと家族の心の距離を離さざるを得なかったのであろう、そなたはこの世界に戻ることが決まっておったのだから。――――そなたは自分を家族と離れても悲しくない冷たい人間だと評したが、そういう神の御配慮があってのことだ」
いやいやいやいや。ないがな。
ソヴリンは、優しく言い聞かせるように話し続ける。
「――――そなたは、我が国、我が民を救うために生まれ、そしてこの世界につかわされたのだ」
救うために生まれ、ここに――――?
「そのために、家族との距離だけでは無く、そなたが意識していないそなたの大切な何か――例えば友人や、元の世界で築いてきた努力など――――を犠牲にしている。
済まない。これから我等が、国を上げてその埋め合わせをしたい」
暖かい声は話し続ける。
そなたは我が国の救い主である、恥じずに、誇ってくれツムギ、と。
「それでもそなたが元の世界で築かれた価値観により罪を感じるというのなら、それは我らのためにそなたが苦しんでいるということだ。そなたに何の罪はない。――――ゆえにクリーヴェッジ王国第十二代国王、ソヴェ=リグン=クリーヴェッジが名において、そなたの感じる罪を許そう」
全て許そう――――。
そう言って、ソヴリンは私を跪かせて、祝詞のようなものを唱えながら私の額に触れる。
裁判の時に無罪と判決を下したもの、功績を立てたので罪を免除されたものに対して国王が行うことらしい。
「これでそなたには何の罪もない」
それで何がどうなるわけでもないのだが、国王という偉くて忙しい立場のソヴリンがここまでしてくれる、その気持ちが嬉しかった。
「だから、自らを貶めずに生きよ、ツムギ」
「陛下、――――ソヴリン」
「なんだ、眉寄せ姫」
私は、ソヴリンの碧い瞳を真っ直ぐに見る。
「ありがとうございます」
「うむ」
「自分はこのために生まれたんだ、って思えるのは、とても幸せなことだと思うんです。誰だって、自分の生に意味を持ちたい」
夜に近い夕方から夜になってきて、見下ろす街の明かりの美しさはまた違う趣を見せる。
私は言葉をつづけた。クサくなるけど、優しいこころをくれたソヴリンに、同じだけのこころを返さなければならない。
「そして、地球の日本では、たぶんテレビとか、漫画とかの創作物からかな? 自分の生まれた意味を探すように無意識に刷り込まれていると思うんです」
某アンパン頭のヒーローが分からないまま終わりたくなくなりたがってたりね。
「でも、ほとんどの人はただ生きて働いて磨耗していて、自分は代えのきく歯車のひとつなんだって分かってしまう。
自分が生まれたことに理由なんて本当は無いんだって、悩む若い人はたくさんいたように私は思います。私も就職活動して、就職して、悩みました」
ほとんどの人には何のために生まれた、なんてそんなものは存在しない。そう気がついて、自分もその何でもない一人なのだと気が付いて。
「でも、今ソヴリンは、私がこの世界に来た意味を持たせてくれて、――――そうかもしれない、と思えました」
ちょっと中二臭だが、自己愛が満たされていく感が確かにあったのだ。
「それでも考え込んだら、王の名において許されてしまった。
そこまでしてもらえるって、本当に幸せなことだと思うんです。国でいちばん偉い人がこんなに言ってくれるんだから、ちょっとは誇ってもおこがましくないのかな、と思えました。
だから、性格なんですぐには無理かもしれないけれど、頑張って、……うだうだするの止めようと思います」
めんどくさい感じだったろうに、構ってくれてありがとう、ソヴリン。
なんか中二臭いし普通にクサいしかゆいので、照れ隠しに笑う。隠キャなので面白くネタに持っていけたりはしないのが私だ。
「うむ、それがよい。――――よし、笑ったな」
ソヴリンも穏やかに笑う。
王様なのに、ほんといい人だよなあ、このひと。
複製魔法って凄く危険ですよね(簡単に経済崩壊しそう的な意味で)