02. 魔力とはすなわち
気がつくと見えたのは、薄布の天蓋。
アニオタとしては「知らない天井だ」って呟いておくべきだろうか。古典だが。
寝心地のいい清潔でふわふわな寝具の中で私は目を覚ます。
身体を起こすと、薄布を何枚も重ねた、ゆったりとした綺麗なネグリジェ? に着替えさせられていたのが分かった。
おおう、寝ている間に誰かが着替えさせてくれたんだろうけど誰だろ、ちょと恥ずかしい。変な下着履いてなかったよね今日。
ベッドで体を起こしていると、部屋に控えていた様子のメイドっぽい女の人たちが私が起きたのに気づき、よくお目覚めになりましたと一人は外へ、一人は私の口元にゴブレットを運び水を飲ませてくれる。
とりあえず彼女は私の世話をしてくれる存在のようだ。喉が乾いていたのでお水はおいしかった。
あれ?
ちらりと見た自分の手のサイズに違和感がある。
指が細い。
手だけじゃなくてよく見たら腕も細い。
え、と思って布団から足を出して見てみたらこれまた細い!
え、ちょっと待って何これ!
私は超デブなのに! あの、そこらのおばちゃんすら凌駕する分厚い脂肪、どこいった! いや帰って来なくていいけどね!?
「あの、すみません、鏡はありますか」
メイドさんに鏡を持ってきて貰う。
こちらは手鏡か何かをちょっと借りるつもりで言ったのだが、メイドさんが二人がかりで持ってきてくれたのは、レースのように繊細な銀細工で装飾された、大きな全身鏡だった。
ここまで立派じゃなくても良かったんだけどな。重たい思いをさせてしまった。
鏡を見ると、別人が映っていた。
いや、目や顔立ちに見覚えが凄くある。動きは私の行動ともリンクしていて、右手を上げると鏡の中の女も上げる。
何度もメイドさんに「あなたさまのお体は疲労しておいでです、どうぞお医者さまが到着するまで横になってお休み下さいませ」と止められたが、それどころじゃない。
間違いなく私の映し身である鏡の中の私は、――――痩せている!!
「えええええええうわっ、細っ! 痩せてる! 何これえええっ!」
あれほど太ましい体が、アメリカンサイズのデブが!
モデルさんみたいに細くなってる!
メイドさんがいるのでネグリジェは脱げないが、ウエストを絞ってみたら細っそいの!!
しかも、巨デブが急に細くなったのに、皮は余ることなくすっきりしているように見える。
え、痩せ方都合良すぎない?
しかも何!? 痩せたらとっても美人じゃないのよ私!!
なにこれえええええええ!!?
++++
そうこうしてるうちに白い髭のおじいちゃん医師が到着し、私のまぶたを見たり爪の色やら呼吸やら舌やら脈やらいろいろ見て、「うん、元気ですな」と言って帰っていった。
「失礼する。――――気がついたか」
「え」
振り向くと、あの、私に文字を読ませた金髪の綺麗な男性が入って来た。
私は部屋で診察を受け椅子に座っていたところだったが、慌ててベッドのお布団に潜り込む。
「ままま、待って下さい! 今たぶんお見せできる格好ではない気がっ!」
待って待って。この格好って男性の前で許されるの? 今ノーブラで多分寝間着なんだけど!
「ああ、女性の部屋に押し入って済まない、医者から許可が出たので、つい、な。気にせずそのまま寝ていてくれ。――――気分はどうだ、聖女殿」
格好が恥ずかしくて布団で身を隠すと、優しく声をかけられる。
聖女、って、意識を失う前にもそう言われたっけ。
「あの、聖女って私のことですか?」
「突然現れた一人の魔力豊富な女性が、わが国を滅亡より救いたもうた。それが聖女でなくて何であろう」
男性は穏やかにほほえむ。
その瞳には、畏敬やら感謝やらの念が込められているように見えて、私は思わずどぎまぎした。
「名乗るのが遅れた。余はこのクリーヴェッジ王国、国王、ソヴェ=リグン=クリーヴェッジである。親しき者は余をソヴリンと呼ぶ。聖女殿もどうかソヴリンと読んで欲しい」
こ、国王っ!?
「聖女殿の名は?」国の最高権力者を名乗る美しい男は私に名を聞いた。
「百道、つむぎ、です」
「モモチ」
「ももちが名字で、名前はつむぎです」
「ツムギ」
噛み締めるように発音する王様。ツの音が発音し辛いみたいだが、すぐに慣れてくれた。器用だな。私は外国の難しい発音なんか瞬時に慣れるなんてできないぞ。
王様は私を見つめる。
「ツムギ、そなたに心からの感謝を。そなたが現れてくれなかったら、この国は魔物に飲まれて滅んでいたであろう」
「いえ、あの、私、わけが分からなくて」
言われた通り本を読んだだけだし。
「今後、クリーヴェッジ王国王家はそなたを後世まで伝え感謝し続けるし、私は生涯そなたの力になることを誓おう。そなたが許すなら我等はずっと友である」
ズッ友手に入れちゃったよ、国王の。
「さて、あれだけの大魔法を使ったのだ、腹が減ったろう? 食事にしよう。医師は健康だと太鼓判を押したが、大事を取って食堂ではなくここに運ばせよう」
あ、はい、めっちゃ飢えてまーす。
痩せたからといって、私の食欲は消えてはくれなかったみたいだと、王の食事の誘いで気づいた私でした。
++++
ひとまずネグリジェからドレスに着替えさせられ、それがまた素敵な艶やかなシルクで、金とグリーンの豪奢なドレス。
細いけど、今の何故か細い私にはすんなり身に付けられるし、とても似合っているように見える。
やばいうれしい。嬉しいのになんだかすごく飢えていてそんなことより何か食べたいとか思っちゃってるけど。
あ、あとすごいお高そうな大きな青い宝石ついた金細工の首飾りなんか下げられちゃってびびる。いくらだこれ、うっかり壊したら嫌だから止めさせて欲しい。
「うむ、――――美しい。夜の闇のような黒髪には金がよく似合うな」
王が私を見てそう評価するので、不格好ではないんだろう。
美しいなんて言われたことがないから脳が自分のことだと受け止められていない、格好おかしくないねーくらいに受け取ってる。どうせこういう上流階級の人って綺麗な言葉しか言わないんだろうし。
今はとにかく何か、何か食べたい。
食事は寝ていた部屋に食卓ごと用意され、その準備されたテーブルに先ほどの王様、ソヴリンもいた。
うぇえ、王様もこちらでお召し上がりになるのですか。待って、礼儀作法とか知らないよ。幸いにカトラリーは地球と同じようなフォークとナイフとスプーンだけどさ。
「あの、国王陛下の御前で恐縮なのですが、私マナーとか分からなくて、しかもものすごーく空腹なので、見苦しく食べてしまうと思うのですが」
「気にするな、尋常ではないくらいに腹が減っているだろう? 余以外誰もおらぬ、礼儀は必要ない、遠慮なく補給せよ」
「で、では遠慮なく」
いや、ほんっっっとお腹減ってるのよ!
王様の前でありえないんだろうが許されたので、貪るように食べている。とにかく、とにかくお腹が減った。
味は美味しい。さすが王族、食べるものが違う。
「あの、すみませんお話しする事もたくさんあるはずなのに、食べてばかりで」
「なに、あれだけの見事な魔力を使わせてしまったのだ。それをこちらが補填するなど当然のこと、心ゆくまで堪能するといい」
どんどん食せと勧められる。そこに隠された侮蔑は無く、むしろ暖かく見られている気がする。食べるのに夢中でよく分からないけど。
焼きたてのパン、野菜や薫製肉の煮込まれたスープ、ソースが絶品のローストビーフ、川魚と野菜のマリネ、いろいろなフリット、見たこともないフルーツたちに手間がかけられた可愛らしいケーキたち。
それらが彩りよく芸術作品のように計算されて飾り上げられ美しい。
なのに、私はもう醜くも貪る、むさぼる。
ああ、心の底から勿体ないと思う。料理と料理人さんに対する冒涜だ。でも味わっていられない、止まらない、とにかくつめこむ。
作ってくれた方ごめんなさい。ほんとごめんなさい。
それらをとにかく食べた。
食べても食べてもお腹が空くのは普段からだが、今はいつにも増してだ。ここまで勢いづいた食事があっただろうか? 体がとにかく栄養を必要としている感じがする。
「ふむ、よい食べっぷりだ。流石は聖女殿」
私はとっても醜い冒涜的な食べ方をしてしまったと思うのに、何故か微笑まれる。
そしてこの表情は……尊敬か?
いや、ここまで貪ると大変お見苦しい、絶対にドン引きする絵だと思うんですが。
なんでそこに尊敬の色が見えるのですか?
「いえ、あの、国王陛下の前で、はしたなくがつがつとすみません、なんだか酷くお腹が減っていて止められなくて」
「いや、気にせず魔力を補充してくれ。……そうだな、一つ気になることがあるのは、我等はもう友だ、敬語は止めようか、ツムギ」
いやいやいや、王様に敬語を止めるとか無理がありますよソレ。他の人が見たらどう思うんですか。
「魔力を補充?」って言ったよね、王様。何のこと?
私がきょとんとして聞くとソヴリンはこう返す。
「話に聞く通り、異世界の落ち人は魔力について何も知らぬものなのだな」
青い瞳に興味の色を浮かべたあと、ふむ、とソヴリンは続ける。食事中、彼の金の長髪は後ろに纏められていて、感じが少し違う。
「魔力とはすなわち余剰カロリーである。体に脂肪をつければつけるだけ、その者は貯蔵魔力が多い事になる」
「は、はああああっ!?」
王様の前だというのに素の驚き声を出さずにはいられない。
脂肪が魔力!? 何それ!?
え、だから私はこの世界であんな大魔法を連発出来たってこと?
そしてもう魔力がないから痩せた????
「ゆえに、よく食べる事は美徳なのだよ。沢山食すことをはしたないと思う者はこの世界には誰もおらぬ」
何ですかそのデブの為にあるような世界はっ!
ちょっとご都合主義過ぎやしませんか!?
いいんですか!? いいんですか神様!?
「そちらの世界ではどうか知らぬが、この世界のほとんどの者は今のツムギのようにはものを食せぬ。多すぎる食事は苦痛なのだ。いや、それにしてもツムギの素晴らしい食べっぷりよ。見惚れるぞ」
感心される。
待って、食べ方が最低だったのに褒められるとか恥ずかしいんですけど。
私を見るソヴリンの表情が、私を心から好ましく思ってくれてるような純粋な表情で。
とても恥ずかしくなって、食べる手を止めた。
彼からしたら違うんだろうけど、私としてはなんか、つらみが生じた。
「なんだ、食べるのは終わりか?」
「いえ、あの、出来ればそう見ないで頂けると有り難く」
感心しないで貶して! 食べ方が汚い、豚のようだとなじって! 私を嫌ってないならからかって! 逆につらたにえんですよズッ友よ、酷すぎて貶せない褒めるしかない可哀想な子になったような気分!
国王陛下は、私が眉根を寄せた理由が分からないようだったが、雰囲気で察してくれて別の話をふってくれる。
「見られるのが気になるならば、あの後の話とこれからの話をしようか」
あ、はい、それは私も気になります。
王様と一緒に食べながら話をした。
この国の西の荒野の真ん中に、地の底まで続くような深い裂け目があって、そこから定期的に魔物が吐き出されるらしい。
いつもは捌き切れる量の魔物しか出てこないそうなのだが、今回の襲撃は異常も異常、国が滅んでもおかしくなかったそうだ。
えぇ……あんなの定期的に吐き出されて来るの……国民めっちゃ不安じゃん……。
「その穴って、魔法で塞げないものなんですか?」
「……大きすぎる亀裂の谷ゆえ考えた事もなかった……。が、ツムギになら塞げるやもしれんな……! もしあの穴を塞ぐ事が出来たとしたら、我らは永遠に救われる……。頼む、ツムギ! 我らに出来る事は全ていたそう、試してくれるか!」
王様、ソヴリンは私を真っ直ぐに見つめ、真摯に頼んだ。
そりゃああんな恐ろしいものが出てくる穴は塞ぎたい。
あんな絶望的な光景は誰だって二度見たくない。
私でなんとか出来るなら、なんとかしてあげたかった。
ごはんも美味しいし、王様に恩を売れば将来安泰っぽいよね。すでに安泰っぽいけど。
私は、試すだけなら、と、口にした美味しいものを咀嚼したあと頷いた。