01. 巨デブが落ちてさあ大変
※ヒロインが太っている、前半の食べ方が汚い、卑屈。太っている自分を貶す描写たくさん
※戦闘での残虐描写
以上の点に注意してご覧下さい
誤字脱字、変な日本語のご指摘はいつでもお待ちしています
私、百道つむぎ会社員22歳はマシュマロ系女子だ。
そう書けばなんだか可愛らしく聞こえるが、要するにただのデブだ。
しかも背が高め。その重量感たるやきっと誰もが一度は相撲部屋入りを勧めてみたくなる程。
辛うじて「あんたは痩せれば可愛い」とは言って貰える。太っていても、目はぱっちりしてるし睫毛も多くて長い。ついでに言えば髪だってツヤツヤのサラサラだ。
まあ巨デブの時点で、そんな評価で嬉しくなる資格は一切ないんだけどね!
ある日、重たい体をのそりのそりと操縦しつつ出社しようとしていると――――。
落ちた。奈落に落ちるような感覚だった。
スカイダイビングでもこんなに長ーくは落ちないんじゃないかなってくらい落ちた。
多分、気を失ったと思う。
そして気付けば異世界だった。
私は万里の長城のような長い長い砦の上にいて、眼下、つまり要塞の下には、鎧をまとい剣を構えたたくさんの騎士たちが、張り詰めた空気の中、身構えていた。彼らは揃って同じ方向を向いている。私のほうには背を向ける格好だ。
――――みんな、何を見ているんだろう?
彼らの視線先を追うと、何やら黒い大群が、地から空から、――――押し寄せて来る!
「大海嘯級、到達! 全員持ち場を離れるな! なんとしてでも生き残れ! お前たちの子を、家族を、愛する者を守るのだ!」
私と同じく万里の長城のような砦の上にいる、金の長髪の、少し身分の高そうな男からそんな声が上がる。
黒い色がどんどん近づいて来て、その群隊を構成するものの正体は、まるでゲームの中に出てくるような魔物だということが分かった。
今、まさに目の前ですさまじい数の魔物が津波のように押し寄せて来ている!!
兵たちはこの砦でアレらを迎え打つつもりらしい。
無理だよ! 絶対に無理な量だよ!
「ひ、ひぃぃ~~っ!」情けない声を上げる私。
なにこれ、死ぬの!? 私、これから死ぬの!? え!? これ異世界転移ってやつだよね? これだけリアルなら映画の撮影やドッキリオチはないよね!? メガネ型のモニターとかもつけてないからヴァーチャルリアリティーでもないよ! ここで死ぬなら私をわざわざ転移させた意味なくないですか神様!? 何かチートはないんですか!?
心の中でそう叫ぶも、ただただ刻々と魔物の大津波が迫るのみ。
これから私は、この魔物たちに食べられるなり押し潰されるなりして――死ぬのだ。
神様だってこんなデブじゃなくて、かっこいいお兄さんを異世界転移させて力を授けるよね。
こんなデブ女は物語を盛り上げる為にただ無惨に死んで行く脇役だよねえええええ!
でもそんな役、勘弁して欲しかったよ!
巨デブにも五分の魂くらいあるんだぞ!
私は一秒で神を怨み、そして願った。
願わくば、次は普通の食欲、普通の胃の持ち主に生まれますように!
なんたってこの体、いつでもお腹が空いているし、常に食べろ食べろと胃からの命令が理性を襲うのだ。
それにちょっとくらい変なものを食べても、胃が壊れたりもたれたりする事も無く、いつでもどこでもどんなものでも美味しくいただけてしまう。私の胃は強力すぎる。夏バテで食べられないとかマジ羨ましい。
そのくせ運動をしても、少しの爽快感ももたらさずに、ただただ痛みと苦しみだけを感じるのだ、この体は。
他のひとは運動すると、苦しいながらも気持ちよく感じるひとも多いと思うのに。
私の心が軟弱なせいなのだろうか。
このまま死んで他の体に生まれたら、違う体質になれるのだろうか。
そんな風にこの巨デブ体質を振り返っていると。
「そなた、この魔道書のこの文言を唱えよ!」
切羽詰まった男性の声。
見上げると目の前には、先ほど皆を鼓舞していた、身分の高そうな男性がいた。
ゆるく波打つ長い金髪、空と同じ碧眼の、綺麗な男性。
頭に金色のトゲトゲした輪を嵌めている。
気品溢れる立派な毛皮のマント。凝った意匠の部分鎧。背もすらりと高い。
金の髪の男性は、私に分厚い本を差し出している。
指でここだ! と必死にとある一説を指している。
私はもちろん日本語しか読めない筈なのに、見たこともないその模様のような文字を、――――何故か読めた。言語チートってやつだと脳内で補完した。
その文字を言葉にして唱える。
すると私の周りに薄紫のオーラを伴う光の輪が現れて、私を囲んだ。
文字を読み進めると、目の前に何か不思議な力が集まり、溜まり、どんどんふくれあがって――――。
最後まで読み進めたとき、集まった謎の力は幾重にも連なる光の槍たちへとかたちを変えて、魔物の津波へと、ものすごい勢いで飛んで行った!
ドドドドドドドド!!!
魔物の津波に光の槍たちが当たると、一瞬、それは炎でできた丸いかたまりのようになり、次の刹那、轟音と共にすさまじい爆発になった。
爆風に煽られる。
金髪の男性が私の耳を押さえてくれたので、耳がヘンにはならなかった。
え? 何? これ、私がやった?
そんな訳ないよね? 偶然だよね?
え? なに? 凄いチートキタコレなの? そうなの? どうなの!?
光の槍の爆発で、魔物の数はだいぶ減った。
魔物の大津波が、小津波になった感じがする!
「良くやった! よし、次はここを読み上げよ!」
例の金髪の男性が、頬を上気させながら他のページを指差す。
私は言われた通りに読み上げる。
男性の言う通りに読んでいくと、魔物のいる場所に炎の柱が上がる。
轟音。
「いいぞ! 次はこれを!」
また読み進める。
たくさんの光の刃が全てを切り裂くように回転しながら空を走り、黒い魔物たちは千千に切り裂かれて、面白いように魔物が死んで行く。
あまりに凄いので、なんか楽しくなって来た。変な脳汁がぴゅーっと出てると思う。
万里の長城を守る騎士たちは、つい先程まで、『我等は今日これからここで死ぬのだ』と言うような絶望的な表情をしていたが、――――今や完全に高揚していた。
行ける、俺たちは死なない、勝てる! と口々に歓声を上げ、勢いのあるムードに包まれながら皆、地を這う魔物と戦っている。
「いいぞ、次はこ……危ない伏せろっ!!」
金髪の男性が叫ぶやいなや、こちらに光が飛んできて、爆発した。
金髪の男性は私を伏せさせその長身で包み込み、庇ってくれた。包まれていても重たい爆発音がお腹まで響き、怖かった。
運動会の徒競走のピストルの数百倍くらい大きな音なんじゃないだろうかという爆発音があたり一面にずっと続いている。
音が止み、私は男性の様子をうかがいながら体をおこす。
どこも痛くない。
男性が庇ってくれたお陰で私にはおそらく傷一つ無いが、――――男性は顔の六分の一ほどが黒くなってしまっている!
見れば、私を庇ってくれた男性の上から、更に私達を庇い、四人の騎士が倒れていた。
近くにいた兵士たちが更にこの金髪の男性の盾となったのだろう。
恐ろしいことに、彼らは全身が真っ黒になってしまっている。
「う、ああ、あ……」
目の前の光景が恐ろしくてパニックになりそうだった。
だって、だってさっきまで普通に近くで生きていた人、兵士さんたちが焼けているのだ!
「か、回復、魔法、を」
私を庇って倒れた金髪の男性が床に伏せながらうめく。
私ははっとして、本のページをめくる。
きっと、きっとどこかに回復呪文が書いてある筈。
どこ、どこ! どこなのよ!
震える手でページを捲る。
震えを止められずにいつもより時間がかかってしまっている気がする。
焦れば焦る程になかなかページは捲れない。
あった! これだ!
手をかざし読み上げると、不思議な暖かさが私の手のひらに集まる感じがした。
そして、金髪の男性と他の倒れた人たちの黒くなった肌が、――――みるみる戻っていく!
「あぁ、良かった……」
心の底から安堵する。
良かった! 良かったよありがとう神様!
けれど、私は気が付いた。
倒れているうちの一人が治らない。
「……なんで! 回復、これを唱えれば回復するんじゃないの!?」
私は焦り、叫ぶ。
神様、神様、どうか私たちを庇ってくれたいいひとを、治してあげてください……!
「もうよい、すでに事切れている、魔力の無駄になる、止めよ」
必死でまた本を読み上げていた私を、すでに回復してもう顔が黒くない、金髪の男性が制止する。
ああ。
このひとはしんでしまったのか。だからなおらないのか。
「ごめん、なさい、なおらない、ごめん、なさい、なんで、なんで……」私は誰とはなしに呟く。
だって、だってさっきまで生きて動いていたのに。
目の前の黒いまま治らない兵士さんはもう動かないのだ。
「気にするな、我等を守りて逝ったのだ、彼は職務を全うした、名誉ある死だ。彼のような死を増やさないために今は次の手を急ごう、力を貸してくれ」
金髪の男性は私を励ますようにそう言った後、私が次に読むべき場所を指示する。
言われた通り読み上げると、先ほど唱えたもの以上だと分かる不思議な力が私の前に集まり。空間が歪んだようにうねり、具現化し。
空中にぽっかりと、紫の雷を細かく纏った黒い穴が空き、――――空とぶ魔物を吸い込み始めた。
「うわ、すご」
「そなたの力だ」
私たちは、空を見上げる。
空中に開いた穴は、水を吸い込む排水溝のように魔物をどんどん吸収していく。
そして、魔物を沢山たくさん吸い込んで、――――消えて行った。
「……消えた?」
「ああ、脅威はほぼ取り除かれた、そなたのおかげだ」
「……まだ、まもの、いる……」
無意識で喋るが、あれ……?
あれ、なんか、ひどく疲れてる……。
巨体なのでただでさえ重たいからだが、今はぜんぜんうごかない……。
「よい、だいぶ疲労したろう? 後は我らだけで戦える、感謝するぞ」
「ごめんなさ、つか、れた」
私は呻くように声を絞り出す。
これだけやっても、まだ魔物は残っているのに、疲労感が凄まじい。うごけない。私の体から力が失われている。
今まで読んでたものが魔法書ってやつで、魔法というものを私が行使していたとしたら、たぶん、ずいぶんな大魔法を連発していたんだと思う。
くずおれた私の体を、男性が優しく受け止めてくれる。
男性の体は鎧を着ていて冷たくて固いけれど、腕は温かく脈打っていて、その体温を感じて、『ああ、この人がさっき死ななくて本当に良かった』と思った。
デブを受け止めさせてしまってごめんよ。美女なら絵になったのにね。残念。
男性は、私の巨体をしっかりとささえ、安心させるように優しくささやく。
「後は我等に任せて休め。よくやってくれた、聖女殿」
せい、じょ?
言葉の意味を考える間も無く、私の意識は暗転した。