悪役令嬢の戦い
我が名はアクヤーク・レイ・ジョ。悪役だ。
親しいものはレイちゃんと呼ぶ。
ジョが家名で、アクヤークは代々伝わる聖名であるので、私個人を示すのが間に挟まるレイなのだ。
ちなみにアクヤーク・ジー・ジョという妹がおり、ジーちゃんと呼ばれている。年中反抗期でよく家出する。
さて早々に話がそれたので戻すとしよう。
我は悪役である。
悪役らしく黒を基調とし赤でアクセントを加えたデザインの、これでもかとレースを重ねた豪奢なドレスに金のアクセサリーを添えて。
最大のアピールポイントの、血のような深い紅のルビーをあしらったブローチをふくよかな胸の上に配置。
金色のドリルを顔の両脇に垂らし、頭上にはブラックメタルで縁取った金のティアラを戴いている。
そして手には漆黒の扇を。
テーマは闇の帳、鮮血の夜。
すこし欲張りすぎかとも思えるテーマだが、公爵令嬢たる我である。
これくらいの要素など受け入れるだけの器があると信じる。
今日の役目は、主人公を階段から突き落とすこと。
役目を果たすべく、取り巻きを率いて学園の廊下をしゃなりと歩み、辿り着いた。
「来たわねッ! アクヤーク公爵令嬢ッ!」
目的の場所。学園の校舎、その二階。一階との間を繋ぐ階段だ。
すでに主人公がそこにいた。
否、待ち受けていたというべきか。
先んずれば人を制す。
なるほど、さすがは主人公。なかなかの手際。
白と桃色を基調とした華やかな色調、しかし決して装飾は過剰ではない品の良いドレスでスマートな肢体を覆い、白金の髪を後頭部にまとめ馬の尾のように垂らしている。
こちらを指さすその立ち姿は勇ましくも愛らしい。
アリス・アリス・アリス。男爵令嬢。
まさに主人公の中の主人公。
どこを切ってもアリス。主人公にふさわしい名をほしいままにする我が主人公だ。
「ふっ。ごきげんよう、アリス・アリス・アリス。令嬢たるもの挨拶を忘れるなんてはしたなくてよ。お里が知れますわねッ!」
「くッ! ごきげんようアクヤーク・レイ・ジョ様ッ!」
扇で口元を隠しつつもニヤリと笑ってやれば、アリスが悔しそうに顔をゆがめる。
まずは一勝。
だが所詮は前哨戦。本番はここからだ。
「よくご挨拶ができましたわね。ご褒美を差し上げます。お前たちッ! やっておしまいッ!」
「「イーッ!」」
此度連れてきた取り巻きは、衣装の意匠に合わせて二人。
漆黒と鮮血。
我が手勢の中でも有力な、いやらしさと残酷さで鳴らした伯爵令嬢だ。
その二人がしずしずしゃなりとアリスへと飛びかかる。
「ハァッ!」
しかしさすがは主人公。
漆黒の繰り出す鞭のような打撃を、鮮血の繰り出す鋭い爪撃を。
ただの一度、床を踏みしめ払った拳で薙ぎ払った。
「「ガハッ!」」
吹き飛ばされ壁に打ち付けられる漆黒と鮮血。
学院の強固な壁に蜘蛛の巣状にひびが入る。
なんという威力か!
しかし驚いてばかりはいられない。
なぜならすでに、アリスが、主人公が、踏み込んできている!
「もらったッ!」
「手ぬるいッ!」
パシィンッ!
刹那の時間で間合いに潜り込み繰り出されるはアリスの必殺の拳。
それを閉じた扇ではたいてはじいた音が響く。
しかしアリスの打撃は一度では終わらない。
「ハッ! ヤッ! セイッ! オーリャリャリャリャリャリャリャリャ!」
パシッ! パシッパシィッ! パパパパパパパパパパパパパパパパシィッ!
両の拳から繰り出される連打。
これをすべて、正面から受けて立ち、扇によって撃ち落とす。
連打が続く。アリスの顔が苦しそうに歪んでゆく。
当然だ。
アリスは両の手で繰り出している攻撃を、我は扇で、片方の手で迎撃している。
一歩たりとも下がらずに。
これはつまり、それだけの実力の差があると、見せつけられているにほかならない。
であれば。
こうして、もう片方の手を動かすだけで。
「くッ!」
「あらあら、臆病ですのね。まるで小動物のよう」
アリスは弾かれるように後ろに跳んで間合いを取り。
我は余波でゆがんだ前髪をそっと整えた。
「これが公爵令嬢……ッ!」
「そう、これが地位の、権威の力ッ! 男爵令嬢風情が、やすやすと追いつけると思わないことねッ!
そしてほら、敵はわたくしだけではなくてよッ!」
我にすべての注意を向けているアリスに、あえて教えて差し上げる。
伯爵令嬢もまた、油断できる相手ではないということを!
「シャーッ!」
「キエェア!」
「チィッ!?」
背後からの奇襲は、回避するにはすでに手遅れ。
しかしそれでも主人公。アリスはあきらめなかった。
打撃を爪撃を受ける瞬間前へと跳んで衝撃を殺す!
「ようこそ」
しかしそこはつまり、対峙していた我の間合いである。
「奥義ッ! 王子はわたくしの婚約者デス波ッ!」
「ぐわあああああああああああああああああッ!」
絶好の位置に飛び込んできたアリスに扇から放つ奥義をたたき込む!
そして、アリスは絶叫を上げながら階段の下へと消えていった。
「わたくしに立ち向かうには何もかもが足りませんわッ! 精進することねッ!」
扇を開いて口元を隠し、階段下へと告げると、ボロボロになった取り巻きを連れ、背を向ける。
「覚えて……いなさいッ……カハッ!」
背中に掛けられた声に、思わず笑みが浮かぶ。
それでこそ我が主人公よ。
我が名はアクヤーク・レイ・ジョ。悪役だ。
今日も無事、役目を果たすことができた。
しかし、気を緩めることは許されない。
アリスが主人公である限り、我は主人公にふさわしい悪役でありつづけよう。
完!