クズ、起きる
……とても懐かしい夢を見た。しかし、必ずしもそれが良いこととは限らない。俺は広い施設の中で指定された服を着て、ただひたすらにナイフを振っていた。周りでは俺の家族たちが体には合わないサイズのナイフを振るうが、上手に振るえなかった子は大人に鞭で叩かれていた。俺はそれを避けるために必死こいて鍛錬に打ち込んでいる姿だ。
皆は恐怖という感情に取り憑かれていたのを鮮明に映し出していた。
ある子がバタリと倒れた。その子は元々病弱でその日は体調を崩していた。だが俺らには薬は与えられない、そして病気などになったら即座に処分される。
何処からともなく大人が現れ、その子を担いで部屋を出る。また一人と家族が消えたのだ。俺はその光景を黙って見守ることしか出来なかった。
「……あれ?」
俺は夢から現実へと目が覚めた。辺りを見回すと荒れた地面でもなく、膝の上でもない。どうやらテントの中に居るみたいだ。ゆっくりと頭を抱えてテントから出る。
外では皆が飯をほお張っていた。
「おっ、起きたんだね。おはよう」
「おはよう」
「へいへいおはよう」
「身体に異常は無いかしら?」
「おかげさまでピンピンだよ。それより俺は腹が減ってんだ、飯は何処にある?」
「ほら、受け取りなよ」
「どーも。……何か少ない気がするんだけど」
「い、いやー気のせいだと思うよ」
「ホントか?」
「ほ、本当だよ!」
「……お前のお菓子貰うわ」
「酷い!」
だって昨日の夕飯と比べて今日の朝食の量少ないし、てか焦りすぎて嘘だっていうことバレバレだろ。何でカード系とかになると心理戦強い癖に普段はバレやすいんだよ。負けてた俺が恥ずかしくなるだろ。てかお菓子三つくらい貰ってもいいだろ。どうせ金持ち貴族だからさ。
お腹が空いていたので朝食を口に掻き込む。空腹において一番ツラい時といえば寝起きから暫く経ってからだ。何時間も水や食べ物を口にしていないので起きた後は寝ぼけていてその感覚が麻痺しているが時間が経つに連れてそれが消えるのだ。時間が経過することにより慣れれば良いのだがそれまでがツラいのだ。
「むっ、ようやく起きたのねザック。昼飯食い終わったら先生のテントまで来なさい」
「えー、めんどくさいんで此処で話してくださいよ。めんどくさい女はモテないですよ」
「殺すぞクソガキ! まあ昨夜の出来事についてだからどーしてもよ」
「……なるほどわかりました。飯食ったらすぐ向かいますから」
「じゃあ待ってるわ」
昨日はあんなことが起きたんだからそうだな。それよりも昼食を食っているという事実に驚いたな、俺はどのくらいの間寝ていたのだろう。……炊事やんなくてラッキー。
俺は飯を平らげてソンノ先生のテントに行く。先生たちのテントは生徒のとは違い、一人用だ。しかもやや高級な感じがする。軍からの支給品で俺らとは違うタイプのテント取りやがって、俺もそこで寝たいのに。あっ、別にソンノ先生とは寝たくないです、独りで勝手に寝たいです。
「先生ー入りますよー」
「入りなさい」
「……テントの中、酒の匂いが強烈過ぎじゃないですか?」
「そりゃあそうよ、ちょいとばかし用事が起きるまではお酒飲んでたんだもん」
「独り酒とは悲しいですね」
「他の先生たちは酒飲まないし……。てか慣れてるから、アハハハハ」
うわ可哀想だ。家でも独り酒してるんだろうなー、友達ならまだしも彼氏居ないもんな先生。しつこく言うが大雑把な性格とか直したら彼氏が出来ると思う。冗談無しで
「本題に移ろう。ザック、あの森で何があった?」
「えーと、ピエロと戦いました」
「どういう奴だ?」
「人間とは変わらない姿をしていて魔法を無詠唱で発動出来てました」
「なるほど」
ソンノ先生は手元のメモ帳に俺の証言を書き込んでいく。
「それと魔王さんに仕える魔人だとか」
「ふむ、魔王に仕える魔人……。魔王!?」
「そうそう魔王。それと幹部でも口ほどにも無い実力でしたよ」
「それほどでもないだとォ!?」
彼女は驚愕した顔をしながらポロリと持っているペンを落とした。
確かに弱かったな、ナイフの攻撃も守れたし罠にも何回か引っかかってるし魔法も躱せた。幻覚は見せられたけど負けてはなかったからな。まあダロンとの厳しい訓練が役に立ったんだろうな。
「魔王に仕える魔人を口ほどにもないだとか。あ、ありえないわ……」
「それがありえちゃうんですよ先生。自爆攻撃はヤバかったけど」
「ザ、ザックは自爆攻撃を受けたのね」
「まあ受けましたけど魔道具で解決しました。少し痛かったけど」
「い、いくら何でも試験が次席だからといえどもこれはあまりに規格外だわ!? 流石は大蜘蛛ダロンの教え子だわ……」
うわっ、改めて聞くと恥ずかしいなダロンのあだ名。大蜘蛛とか幼稚で安直な名前過ぎてさ笑いそうになるんだけど。しかも女遊びが激しいおっさんということ知らないだろうな。
「じゃあ先生、今度は俺から質問しても?」
「い、いいわよ」
「……先生たちは俺らが襲われている時に何処に居たのですか?」
「ここから北に少し離れた所に大きな魔力反応を感じたの、それが何なのかを確かめるために向かったわ」
「結果は?」
「それがね、その場所に到着したら消えちゃたのよ。そして生徒たちがいる宿泊地に魔物の魔力を察知したのよ」
「釣られたんですね、ピエロに」
「んー、そうなると思う」
「このことは軍に報告しますよね」
「そうね、魔王の斥候が来ているとなれば言わないと」
「……じゃあ先生、お願いがあります」
「何よ、お金かしら?」
「報告書にはザックにより倒されたときちんと書いておいてください」
「はあッ!? そんなことしたら報告書の書き直しになるじゃない!」
「そうですかね、魔人を独りで撃破する奴が居たら国の大きな戦力になるじゃないですか。それとあなたの株が爆上げしますよ、絶対」
「そ、そうかしら……」
魔人を倒したことを国のトップに伝えれば必ず食いつく筈だ。だって俺という存在が国にアピールできる最高の場面だしな、アピール出来る時にした方が得だからな。そしてソンノ先生の教育者としての株が上がるので両者に得がある。この示談に乗らないということは無いからな。
俺から下劣な笑みが思わずこぼれてしまった。
「はぁー、厄介な生徒を持ったものね。報告書にはそう書いてあげるから安心しなさい」
「ありがとうございます」
「ほら、早く戻って帰る準備しなさい。そろそろ帰るわよ」
「たった一泊だけですか、なら遠足行かない方が良かったのでは?」
「あら残りたいなら残ったら?」
「嫌です帰りたいです!」
「……ホントはね、もうちょっと居る予定だったけど状況が状況だからよ」
「なるほど、じゃあ俺準備しに戻りますわ」
テントの出口を潜り抜けて俺らの班へと戻る。しかし、ふと疑問が浮かんだ。
何故匂いの強いお菓子を食べていたザージュを拉致しないでエリカを狙ったのだろう。……もしかして俺を確実に呼び寄せるため、幼馴染であるエリカを狙ったのでだろうか。それなら俺についての個人情報を魔王という奴は知っているのかも知れない。だけど誰がどうして知っているのだろうかがわからん。
そして竜車の中でもその疑問が俺の頭にはいっぱいだった。
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