表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女は悪魔に魅入られた。  作者: 鬼石 イノ
5/26

No.5


 太陽が隠れ、暗くなる世界。時々、雲の合間から顔を出す月が、私の知る世界を照らしている。

 夜。とても静かになる夜。屋敷の使用人も多くが眠る。

 耳をすませば聞こえてくる。風に揺れる木々の葉っぱの音。部屋の掛け時計からは、針の音が。最近とても涼しくなってきたから、鈴虫の奏でる音色も響いてくる。

 夜は嫌いじゃない。とても心が落ち着く。

 ホラー特集なんかでも見てしまえば、怖く感じてしまうこともあるけれど。目の前に実在しないものに対する恐怖なんて、すぐに忘れて消え去ってしまう。

 だって、夜は私達の時間。若月家の者にとって、欠けた月の夜は最高の舞台。


「夜になったわね」


 窓を開けて夜風を受けながら、私は背後にいる悪魔に話しかけた。

 明かりを消した部屋の中で、彼はルビーのような瞳をこちらに向けている。何を考えているのかは、相変わらずわからない。

 でも、わからなくても良いか、とも思う。何を考えようと、最終的に私が彼に勝れば良いだけのことなんだから。

 悪魔なんだから、どこかのタイミングで私の魂を奪いに来るはず。私がするべきなのは、ただ阻止するだけ。


『──思ったんだけどよ』

「何かしら」

『そこから抜け出せるんじゃないのか?』


 彼が指さしたのは、私のいる場所。つまり、窓から出ていけば良いのでは? と聞いているのだろう。

 それは当然の答えだと、私は思う。私も最初は、窓から外に出ることを考えたから。

 だけど、できなかった。


「窓からは無理よ。ほら、あれが見える?」

『ん~?』


 あまり目が良くないのかしら。それとも、夜目がきかないのか。彼は私の指先のものを見つけようと、目を細めて探し出す。

 悪魔とはそういうものなのか。それとも、違うのか……。物語に語られる悪魔には様々なものがいるのだから、視力に差があったとしても不思議ではないかも。


『ああ、あれか? カラスか、さしてるのは』

「そうよ。あれは使い魔でね、夜間はずっとこの窓を見張ってるの。数羽がかりでね」

『つまり、ここからお前が出ると?』

「きっと、術者が飛んでくるわね」


 というか、実際飛んできた。

 魔術で機動力を最大限強化すれば、振り切って逃げられると思ったから、試したことがある。

 結果、美鈴さんに追いつかれ、お姫様抱っこであっという間にベッドに寝かされることになった。

 思い出すと、今でも身震いしてしまう。必死に追跡してきた美鈴さんの表情は、とても恐ろしく見えたから。

 あれはもう、私的怖いものランキングの二位を獲得する。


『……なんか顔色悪くないか?』

「いえ。大丈夫よ」

『で、どうするんだ。外には使い魔がいるのにどうやって出る。穴でも掘るか? 空でも飛ぶのか』

「玄関から出るのよ」


 彼は、何言ってるんだコイツ、とでも思っていそうな顔をする。

 まあ、確かに、理由を言わなければ意味がわからないかもしれない。


「使い魔達はね、玄関付近だけは見張っていないの。お父様は、私にゴールを設定しているのよ」

『へえ、そうかい。変な連中だな、お前らは』

「魔術師なんて存在が普通なわけないでしょう?」


 一瞬、彼はキョトンとしたような顔をする。

 しかし、私の返事が気に入ったのか、やがて口元を手で隠しながら笑い始めた。

 そんなに笑えることを言ったつもりはないのに、本当にこの悪魔はよくわからない。


「さあ、雑談はこれくらいにして、そろそろ出発しましょうか。──キリィ」

『おう、そうだな……あ? お前今、なんて呼んだ?』

「キリィよ」


 わざとらしく耳に手を当てて、もう一度聞いてくる。……何故か、『ワンモアプリーズ』と、英語で。

 私はため息をこぼしつつ、耳元に顔を近づける。


「キリィ。キリィって呼んだのよ」

『んっだよ、その名前は』

「不満そうね。名前を知られることは大して嫌がりもしなかったのに」


 今更どう呼ばれようと関係ないだろうと思ったけれど、そうではないのかしら。


『どうせ言っても無駄なんだろうけど、できるなら止めてくれないかね。むず痒くなる』

「どうして? 可愛いじゃない。赤リボンの白猫みたいで。もしくは、正義の味方を目指す薄幸な傭兵かしら」

『何の話か知らんが止めてくれ。というか、可愛い呼び名を喜ぶように見えるか?』

「そう……」


 確かに、本人が嫌がっている呼び名で呼ぶというのは、良くないことかもしれない。

 でもまあ、悪魔である彼に気を使う気には全くなれないのだけれど。


「それじゃあ、行きましょうか。キリィ」

『おい』

「だって、少しだけ呼びづらいんだもの。そんなに不快なものなの?」

『あ~……もう、良いよ、それで』

「優しくて話の通じる相手は好きよ」


 扉のドアノブに手をかけていた私は、振り向き顔を見上げて微笑みかける。

 彼は、そんな私をジッと見つめ返してきた。表情は、ほとんど真顔のようなもの。本当にわかりづらい存在だと思う。

 前の悪魔は、もっとわかりやすい相手だった。

 張り付いたような笑顔。隙に付け入ろうと窺う卑しい雰囲気。

 私を騙し、裏をつき、手玉にとろうとしているのが丸わかりだった。なのに、まるで彼は人間みたい。

 そんなはずはない、とは思う。創作の世界以外の、どこにいるというのだろうか。

 角を生やし、黒いモヤに身を包む人間が。覗き込めば引きづりこまれてしまう、夜の水底のように暗い魔力を持つ人間が。どこにいるというのだろう。

 例えいたとしても……。

 きっとそれは、もはや人間と呼べるものではない。


     *


 夜になれば、屋敷内の明かりは必要最低限のものとなる。

 仕事をしている人の一室、といった場所は例外だけれど、廊下なんかは真っ暗。窓があるから、何も見えないほどではないけれど、光源は所々に灯されたロウソクのみ。

 空気は冷ややかというか、ピリピリしているというか。簡単に言えば、異質な感じ。

 きっと、鈍感な一般人でも感じ取れると思う。『自分はここにいてはいけない』、と。

 夜の若月家とはそういう所。既に屋敷の中は、魔術師の世界へと姿を変えている。


『昼間とは雰囲気がだいぶ違うな』

「あら、そう感じる?」

『魔術師以外がこんな場所に入ったら、卒倒するか、良くて息苦しさを感じて体調不良ってところかね』

「なかなか良い感覚をしているみたいね」


 もっとも、わからなければ話にならないけれど。力のある存在をちゃんと呼び出せて良かったと、改めて思う。


『子供なのに、よくもまあ、平気でいられるなお嬢様は。悪魔を呼び出して良いように使おうって考えるだけはある』

「褒めているの?」

『憐れんでるの方が正しいかねぇ』

「憐れ? どうして?」

『どうしてだろうな』

「むぅ……」


 はぐらかされてしまった。何だか嫌な感じ。

 とはいえ、無理に聞き出すべきこととも思えないから、不満をアピールするだけ。すぐに切り替えて、廊下の先、進行方向に意識を向ける。


『──で、俺の仕事は?』

「魔力の感知。敵意の認知。罠の探知。直感でも推測でも、役に立つなら歓迎するわ。私だけだと心細いの」

『そいつは笑えないな。お嬢様が心細くなるような魔境とは』

「酷いわ。私はか弱い乙女なのよ? 心細いと感じることくらいあるわ」

『か弱いって言葉の意味を、後で辞書でも引いて調べるんだな』


 何を言っているのかわからないから、気にしないことにしましょう。

 それにしても、辞書で調べろだなんて、お父様みたいなことを言うのね。

 それはともかくとして……。


「キリィ。その鎧の前に立ってみて?」

『ん? おう。──何だコイツは。西洋風の屋敷だからって、何で騎士の鎧が……』


 私の指示に従って、飾られている鎧の前にキリィが立つ。

 彼はその鎧を不審に思ったのかブツブツと呟きだした。だけれど、途中で口の動きが止まる。

 何かに気づいたのか。彼は、『おい』と私に呼び掛けてくる。


 次の瞬間、騎士の鎧が動き出し、手に持つ直剣でキリィへと斬りかかった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ