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少女は悪魔に魅入られた。  作者: 鬼石 イノ
3/26

No.3


 食堂へ向かうために廊下を歩くなか、私は昨夜のことを思い出す。


     *


『外の世界を知りたい、ねぇ。なんだ、お前閉じ込められてるのか』

「全く自由が無いわけじゃないのよ。むしろ、外に出ないのであれば、大体のことは許されるわ。魔術の他にも、私は色々なことをしているのよ? 楽器を習ったり、興味のある雑誌や小説を読んだり。テレビでバラエティーやアニメを見たり」

『でも、外に出ることは許されない?』

「屋敷の周辺以外の土地に行くことはね。許されたとしても、数人は付き人が来る」

『まるで国の要人だな』


 そうね。と、笑う彼に心の中で相づちを打つ。

 正直言って、どうしてそこまでして守られているのかが、私にはわからない。

 お父様に一度聞いたことがある。外に出てはいけない理由を。

 返ってきた答えは、『アイリが外に出ると危険なんだ』というもの。

 聞いたのは結構前のことだから、その時はそういうものなんだと、特に疑問も不満もなく受け入れた。

 だけれど、今はそうではない。

 だからこそ、私は聞いたの。外に出るには、何をすれば良いのかを。


『それで、いつになったらこの窮屈な結界から出してくれるんだ? このまま放置されたら自主退職しちまうぜ』

「あら、ごめんなさい。それじゃあ、あなたを出す前に制限をかけさせてもらうわよ」

『何でも良いから早くしてくれ』

「悪魔キリーマン・ダリィ。汝の名前は我が元に。汝は剣。汝は盾。目的のため、我が命に沿うものなり」


 悪魔の力を奪う言葉。縛るための呪文。名前を知られた悪魔は、魔術師に対して圧倒的に不利な状況に陥る。

 だからこそ、悪魔は名前を明かさないし、知られることを嫌う。──はずなのに、目の前の悪魔はそんな素振りを見せない。

 むしろ、私の行動を興味津々に観察しているように見える。なんだか不気味。


「……悪魔って、何を考えてるかわからないわ」

『なんだいきなり』

「悪魔なんて本の中でしか知らないから、もっと危なくて、禍々しい存在で、名前を知られることに強い拒絶を示すと思ってたのよ」

『俺に言わせりゃあ、悪魔よりも、悪魔を呼び出す奴の方がよっぽど危ないと思うね』


 ……言われてみれば、そうかもしれない。

 思いもよらぬ返答に、キョトンとしてしまう。

 悪魔よりも、悪魔を呼び出す奴の方が危ない……。それもそうね。普通の人は悪魔なんか呼び出そうと考えないし、きっとそんなことはできないでしょう。


「私が外に出ると危険って……そういう意味なのかしら……」

『おい。いつになったら出してくれるんだ~?』

「……」


 私は、結界の役割を果たしている床の刻印を足でこすり、途切れさせる。

 すると、あっという間に結界の力は弱まっていき、そのまま消失する。刻印はもはや、ただの落書きでしかない。


『さてと、それじゃあ。──くらえっ!』

「止まりなさい」


 黒い拳が、目と鼻の先で停止する。僅かに発生した風が、私の頬を優しく撫でた。


『いや、すげぇなお前。本当に動かねぇ』

「何のつもり?」

『制限されるとどうなるのかの確認だよ。まさか、ここまで強力とはな』

「名前はそれだけ悪魔にとって重要なのよ。知らなかったの?」

『噂程度に知ってただけだからな。これで事実の確認はできたが。なるほど、悪魔って不思議なもんだな』


 なんとなく、彼の言葉にひっかかりを覚えた。けれど、大して重要とも思わなかった私は、特に追及したりもしない。

 そのあと、私は儀式のために準備したものを全て処分してから、ベッドで横になった。

 今思えば、結構危険な行為だったかもしれない。

 疲れていたとはいえ、彼に何の命令もせずに眠ってしまったのだ。眠っている間は外にいたらしいけれど。

 彼は意外と紳士的なのかしら。そんなことを、私は思ってしまった。


     *


「悪魔が紳士的だなんて、どうかしてるわね」

『なんだいきなり』

「あら、いたのね」


 私の言葉に反応して、キリーマンが念話で話しかけてくる。

 頭の中に直接響く男性の声。姿は見えないものだから、凄く変な感じ。


「部屋で待ってても良かったのに。夜になるまではあなたの仕事は無いわよ?」

『何で夜なんだ?』

「昼間は起きてる人が多いからよ。当然、私に向けられる視線も多くなる。──ほら、あそこ」


 歩きながら窓の外を見ていた私は、庭で仕事をしているメイドへと手を振った。

 メイドは仕事に集中しているように見える。だけれど、私が手を振ればすぐに反応してお辞儀を返してくる。

 きっと、見える範囲にいる間は常に意識しているのだろう。


『凄いな、あれは。息苦しくなったりしないのかお前』

「やましいことは何もないし、いつどこにいても監視されているわけじゃないから。それに、もう慣れているもの」

『変わってるな。お前も、この屋敷も』


 そうなのでしょうね。と、心の中で呟く。

 でも、普通はどうなのかなんて、私は知識でしか知らないし、その知識も正しいとは限らない。

 だからこそ、知りたくなる。知らないことを、調べに行きたくなる。自分の目で、耳で。感じ取りたい。


「──さてと、食堂についたわね」


 両開きの扉を開けて、食堂の中に入る。

 目に入るのは、明かりのついていないシャンデリア。磨きあげられた床。真っ白なクロスの敷かれたテーブル。まだ湯気の出ている暖かそうな朝食。そして……。


「あら、お父様」


 お父様の姿が、そこにはあった。入り口の反対側にある椅子に座り、カップの中身を飲んでいる。


「遅れるとは、珍しい。寝坊でもしたのか」

「はい。ごめんなさい、お父様」

「謝る相手を間違えている。謝るなら、料理を用意したロドウィンに謝りなさい」

「はい」

「彼は腕が良い。冷めても美味しく食べられるだろうが……できるだけ早く食べるんだ。暖かいうちに食べた方が美味しいのは確かだ」


 私は、お父様に言われた通り、すぐ席に腰を掛ける。そして、両手を合わせて「いただきます」と呟くと、朝食に手をつけ始める。

 今日は和食の日らしい。並んでいるのは、お味噌汁、お魚、玉子焼き。そして白米。

 お味噌汁の具は豆腐と大根。お魚は多分塩焼きで、玉子焼きは甘くないやつ。


『洋風な屋敷だから、パンとジャム、みたいなもんを想像してたぜ』


 そういう日もあるわよ。と、念話を使って返事をする。

──ロドウィンは、この屋敷で執事をしている人で、高齢の男の人。元々は料理人を目指していたとか。そんな噂を聞いたことがあるわ。


『……なるほどな』


 食べたいのかしら。

 そんなことを思ったそのとき、突然、食堂の中の空気が変わる。

 それは、ピリッとした、息苦しい感じの空気。冷や汗をかいてしまいそうな、そんな緊張を感じてしまう。


『なんだこれは……!?』


 焦ったような声が頭に響く。

 どうやら、キリーマンも同じものを感じているらしい。


「──アイリ」

「何、お父様……」


 空気が変わった原因を私は察っする。

 お父様が、何かしているのだ、と。


「昨日の夜、何か呼び出したな」

「何かって?」


 通用するかはわからないけれど、嘘をついてみた。ひきつらないように意識しながら微笑んで。


「嘘はつかなくていい」


 ダメだった。お父様の仏頂面がとても怖く見える。


「出てきなさい。このまま姿を見せずに失礼な真似をするなら、敵対も辞さないぞ」

『……』


 お父様に気圧されたのか、素直にキリーマンが姿を見せた。

 私は、隣に立つ彼の顔を見上げる。そこにあったのは、表情が固まっている彼の顔。緊張しているのか、もしくは恐怖しているのか……。


「アイリ」

「は、はい!」

「悪魔なんぞ呼び出したのか。名前は知っているのか?」

「き、キリーマン・ダリィという悪魔です」

「名前は知っているか。流石だな。だが、危険な行為なのは変わりない」


 お父様は低く静かに呟くと、カップを置いて立ち上がる。そして、私達のすぐ近くまで来て立ち止まると、キリーマンの顔を睨み付けた。


「娘に手を出せば、生き地獄を味わうことになる。覚えておきたまえ」


 既に二度殴りかかっている。と言ったら、どうなるのかしら。

 疑問に思う私の頭に、『言うなよ……?』と不安げな声が響く。多分、同じ事を考えているのだと思う。


「アイリ。屋敷の中で君は自由だ。だが、事を成す時は細心の注意をはらいなさい。油断や慢心は寿命を縮める」

「……わかりました」


 お父様はそう言うと、そのまま扉から出ていき食堂から姿を消した。

 すると、張りつめていた空気が元に戻り、息苦しささえ感じる緊張も消失する。


『何なんだ、あれ』

「若月家の現当主。若月伊助。私の大好きなお父様よ」


 説明し終えると、私は深呼吸をしてから再度朝食を食べ始める。

 こんなに簡単に見破られるなら、あまり当てにはできないかも。そんなことを考えながら、私はホカホカの白米を箸で口に運び込んだ。





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