表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女は悪魔に魅入られた。  作者: 鬼石 イノ
2/26

No.2


 私の住む家。若月家の屋敷の周辺には、多くの樹木が存在している。

 だから、朝になるとスズメとかの小鳥たちが集まって、なかなか賑やかな声を響かせてくれる。例え、窓を閉めきっていたとしても。

──目蓋(まぶた)が重いわ……。外から聞こえてくる小鳥の声に耳を傾けながら、もぞもぞと体を動かした。

 私は、寝起きが良いタイプではない。寒い日なんかは、よく二度寝をしてしまう。二度寝をしなかったとしても、数分程度はボーッとしたまま。

 そういった感じで、パッと起きれたことはあまりない。……のだけれど。

 今日は、何度かあった例外。その内の一日となってしまいそう。

 その理由は、寝苦しさ。原因は、何かが私の体に乗っかっているから。

 私は、閉じていた瞳を開けて、原因をつくっているモノに声をかけるために口を開いた。


「……苦しいわ。美鈴(みすず)さん」


 間違っても、『重い』、だなんて言わない。相手は女性。寝起きで意識が覚醒しきっていなくても、配慮は忘れないようにする。

 だって、幼子でもなければ大抵重く感じるとはいえ、『重い』だなんて言われたら私だって少しショックだもの。


「ん~……何をしているのかしら。美鈴さん?」


 徐々に目が覚めて意識がハッキリするにつれて、頭の中のクエスチョンマークが大きくなるので私はそう問いかけた。


「おはようございます。アイリ様。今日も相変わらず、可愛らしいお顔でございますね」

「何をしているのか聞いたのよ」

「ああ、そうですね。──私は、朝食の時間になってもアイリ様が姿を見せないので、起こしに参ったのです」

「それで?」

「もう屋敷を出ていってしまわれたのでは。そんな不安が、私の歩みを速めました。ですが、その不安もすぐに払拭されたのです! 扉を開け、ベッドに視線を向ければ、そこにはアイリ様の麗しい寝顔があったのですから!」


 美鈴さんは上半身を起こし、被さっていた布団を後方に吹き飛ばす。そして、身振りを加えながら力説し始める。

 興奮しているのか息も荒くなってきているように見える。……なんだか、よくわからないけれど……。


「それから、あなたはどうしたの?」

「もちろん、起こそうとしました。ですが、名前を呼んでも、体を揺すっても、起きませんでした。唇に触れそうなほどに顔を近づけてもです」

「何で顔を近づけ」

「よって、少し間を開けようと判断しました。ですのでっ!」


 遮るように美鈴さんが声を張り上げる。

 そして、


「こうっ!」


 と言って私の胸元に顔を埋めてきた。

 更にそれだけでなく、音が聞こえてきた。スーッという静かな音。

 行動の意味を理解した私の体が硬直した。


「アイリ様に合うことができる喜びを噛み締めながら、匂いを頂戴していました次第です」


 キラキラして見えるほどのとても良い笑顔で、凄く恥ずかしい内容の報告をされてしまった。

 顔が熱くなっている。もしかしたら、赤く染まってしまっているのかも。

 でも、自然な反応だと思う。同性であるとはいえ、流石にこのような変態的行為をされたら、羞恥を感じずにはいられない……! お仕置きが必要だわ……!

 私は、ため息をこぼすと、ゆっくりと体を起こした。美鈴さんとは向き合う形になる。


「……とりあえず、お礼と謝罪を。起こしに来てくれてありがとう、美鈴さん。すぐに目を覚ませずに、手間をかけさせてごめんなさいね」

「いえ。謝罪なんて不要です。仕事であるからだけでなく、私がしたいから行っている行為ですから」

「そう。それじゃあ、ご褒美をあげましょう」

「ご褒美……?」

「ご褒美よ」


 私は、そう呟いて両手を伸ばした。そして、優しく彼女の頬を包むように添える。

 キョトンとした表情が目に写る。だけど、少し期待しているようにも見えるかも。

 私は、笑みを浮かべた。イメージとしては、悪意の欠片も窺えないような、そんな笑顔。

 それから、私は顔を少し近づけて……。


 おもいっきり頬をつねってやった。


「いっ……!?」


 驚いたのだと思う。

 私は別に、力が強いわけではない。だから、力を込めてつねったところで、大した痛みは感じられないでしょう。

 それでも、美鈴さんは声をあげてビクリと体を震わせた。とても良い気味。上手くやれたのが嬉しくて、ちょっと悪い笑みがこぼれてしまいそう。


「ご褒美なんて嘘。匂いを嗅ぐだなんて、そんな恥ずかしいことする人にはお仕置きをしてあげるわ」

「ありがとうございます。アイリ様……!」

「ええ。どういたしまし……えっ……?」


 反射的に返事をしようとして、違和感を覚えた。なぜ、お礼を言われるのか、と。

 そして、理由を思い浮かべてみた。少し顔がひきつっているかもしれない。


「あなた、もしかして……」

「それでは、アイリ様。私は他にも用事がありますのでこの辺で。準備ができましたら食堂へ来てくださいね」

「あ、えっと。わかったわ」

「失礼します」


 興奮していた際とはまるで別人のような喋りをする美鈴さんは、そう言ってさっさと立ち上がると部屋から出ていった。

 美鈴さん。若月家の屋敷で、メイド長をしている女性の方。複数いるメイドの中では、彼女は仕事のできる憧れの存在として捉えられているようで。

 確かに、普段の彼女を見ていると、憧れてしまう気持ちもわからないでもない。美鈴さんは優しく、適度に厳しく、仕事はできるけれど、だからって偉そうにしたりもしていない。

 理想的な上司のモデルの一つ。そう言って差し支えないとさえ思う。

 私に対する愛情表現が多少変態的であることを除けば……。


「──そういえば、アイリ様」

「あら? 何か言い忘れ?」


 美鈴さんが、扉から覗く形で再び姿を見せる。その目からは、真剣さが窺えた。


「この部屋に最近、私とアイリ様以外の誰か……もしくは、『何か』が、入ったりしていないでしょうか?」

「いいえ。心当たりは無いわ。どうしたの、いきなり?」

「いえ。……私の勘違いでした。それでは、失礼しました」


 睨み付けるような瞳で部屋全体を見回してから、美鈴さんは外の廊下へと戻っていった。

 私は、ホッと一息ついてから、昨夜知った名前を呟く。


「出てきなさい、キリーマン。近くにいるんでしょう?」

『もちろんだぜ~』


 窓の隙間から黒いモヤが入り込み、たちまち人形へと変形していく。

 現れ出たのは男性の悪魔。昨夜私が呼び出した、人に忌み嫌われる存在。


「外で寝ていたの?」

『いくらなんでも、お嬢ちゃんと一緒に寝てもつまらないからな。ま、望むなら添い寝くらいしてやるぜ?』

「結構よ。──それにしても、少しドキッとしたわ」

『俺にか? それとも、さっきの姉ちゃんにハートを撃ち抜かれたか?』


 拳銃のジェスチャーで指先を向けてくるキリーマンを睨み付ける。すると彼は、『冗談』と呟き、両手を広げ首を横に振る仕草を見せた。なんだか、外国の方っぽい。


『ま、確かに驚いたな。察知されないように俺なりの工夫はしてたんだが』

「あからさまに動揺したりはしなかったけれど、警戒を解けたかは微妙ね。まあ、バレたところで困るのは私ではないわ」

『おい……』


 何か言いたげな声に聞こえたけれど、私は気にせずにベッドから降りて立ち上がる。

 そして、両手を組んで天井に向けて体を伸ばした。眠気は完全にどこかへと消えている。


『で、どうするんだ。この後』

「どうするって……。顔を洗ったら着替えて、朝食を食べに行くけれど」

『窓から出たら簡単に抜け出せるんじゃねぇのか? ここは二階だが、まあ俺が抱えれば降りれるだろう』

「無理よ。明るいうちに私がそんなことしたら、すぐにバレるもの」

『へえ。そうかい。──にしても、さっきの姉ちゃんは美人だったな~! スタイルもかなり良かったし!』


 ニヤニヤとした笑みを浮かべて嬉しそうに話す彼を見て、思わず呆れてため息が出る。


「あなたは女好きの悪魔なのね」

『違うな。美人な女性が好きなのさ!』

「それにとてもお喋りだわ。前の悪魔はあなたほど口を開かなかったし」

『むしろ話さない悪魔がいると思うか?』


 そう聞かれると、否定はできないわね、と私は思う。

 人を騙して魂を奪うという悪魔の話は記憶にあるけれど、無口な悪魔というのはあまり覚えがない。

 まあ、私が知らないだけかもしれないけれど。だから、否定はせず、肯定もしない。


「──とりあえず、着替えるわ。悪いけれど、また外に出ていてくれないかしら」

『手伝おうか?』

「腕から先がいらないというのなら、そうしても良いわよ」

『そりゃ困る。腕がなければ美人も抱き締められん』


 そう言ってヘラヘラと笑うと、キリーマンはモヤとなって姿を消した。


「なんなのかしら。あの悪魔……」


 彼と話していると、不思議な気持ちになる。

 私が話しているのは、いったい何なのか。彼は本当に悪魔なのか。そんなことを思ってしまうほどに、彼の態度は軽くて緩い。

 元々そういう性格なのか、あるいは……。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ