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少女は悪魔に魅入られた。  作者: 鬼石 イノ
1/26

No.1


 私は、息を吸い込み言葉を吐いた。

 それは呪文。悪しき存在を呼び出す、穢れた文言。

 今日、この夜のために、私は呪文の詠唱を練習した。途中で間違えたり、噛んでしまったりしないように。

 窓の外に目をやれば、暗い部屋に光を運ぶ、月の姿が見える。

 微笑んでいる人の口のような、細く美しい三日月が。

 そんな、綺麗な月が顔を出す夜に、私は呼び出そうとしている……。

 人に忌み嫌われる怪物。いわゆる、『悪魔』と呼ばれる存在を。


「──ただただ、己が欲望のために。我は暗き所に踏み入れん。我が名は若月アイリ。禁を犯し、汝と契約を結ぶ者なり」


──若月アイリ。それが、私の名前。

 名前を告げたあたりから、床に予め用意していた円形の魔術刻印が光り始めた。

 それは、儀式が上手くいってることを示すもの。

 特に難しいことはしていないけれど、初めての挑戦が上手く行くのは心地良い。ついつい頬が緩んでしまう。


「──我は門を開く者。手を差し伸べ、引き上げる者。全てはここに成立した……! 名も知れぬ悪魔よ。我が呼び掛けに応え、姿を現したまえ!」


 儀式が進み、魔術刻印の光りが強まる。光りが強まると共に、部屋の中を風が吹き荒れる。

 強めの風にさらされた私は、煽られるように声を大きくしていた。普段は出さないような、お腹に力の入った声。場所によっては、はしたないと叱られてしまうかも。

 でも、それも仕方のないこと。声の大きさなんて、気にしていられない。

 だって今私は、こんなにも高揚してしまっているのだから!


 しばらくすると、風は止み、魔術刻印の光りも消えていた。

 部屋は元の暗さと静かさを取り戻している。……少し、棚に飾っていた人形が落ちたりしてはいるけれど、大体はいつも通り。

 だけど、部屋の中央。刻印の真上。つい先程までは何もいなかったそこに、『何か』がいる。

 一目で異質とわかるそれは、黒いモヤのようなものに身を包んでいた。

 部屋を照らすのが月明かりだけなものだから、姿はよくはわからない。だけど、見下ろす赤い瞳の位置から、私よりも大分体が大きいことはわかる。

 あとわかるのは、帽子と角、と思わしきシルエットのみ。表情はわからない。

 普通の人ならば、恐ろしく感じるのかしら。ガタガタと、身を震わせるのかしら。

 そんなことを考える私は、きっとプレゼントを前にした時のような、そんなキラキラした表情をしている。

 普通ではない、場に似つかわしくない表情を。


「初めまして、悪魔さん。私は魔術師の家系である若月家の長女。名前はアイリと言うの」

『……ああ、そうかいっ!』

「……!」


 悪魔は突然、私目掛けて殴りかかろうとする。

 だけど、それは叶わない。なぜなら、悪魔の足元にある魔術刻印が、結界の役割を果たしているから。

 悪魔が振り下ろした拳は、不可視の壁にぶつかり跳ね返される。同時に、空気がビリビリと震えた。更に、力のぶつかり合いによって、不快な騒音も発生してしまう。

 耳を塞ぎたくなる音。私は思わず、顔をしかめてしまう。

 スカートの端をつまんで、丁寧にお辞儀をして自己紹介をしたのに。返礼が拳と騒音では、頬を膨らませたくなっても仕方がないでしょう?


「随分と荒々しい挨拶ね。少し驚いてしまったわ」

『急に見も知らぬ場所に呼び出したんだ。怒りを買っても文句は言えないんじゃないか? 小娘』

「あらあら。まあ……」


 言われてみれば、確かに。

 私は、自分が同じ事をされた場合を考える 。そして思った。

 迷惑以外のなにものでもないと。

 結論がそうなると、少し悪いことをしてしまった気分にもなる。


 『──な~んてな! 今のは冗談。結界を殴ったのはな、お嬢ちゃんの腕を知るためにやっただけだ! どうだ、驚いたか? 怖かったか? ガハハハッ!』


──と、思っていた矢先にそんなことを言われ、謝る気持ちもすっかり引っ込んでしまった。

 それにしても、この悪魔。私の想像より大分無邪気というか……。いえ、悪魔なのに無邪気というのはおかしいかもしれないけれど。

 実際のところ、攻撃されることは予想の範囲内ではあった。そのために、召喚陣に結界の役割も含めたのだから。

 だけど、悪魔がこんなフレンドリーに話しかけてくるなんて。予想外のことで、少し言葉に詰まってしまう。


『いやあ、それにしても。お嬢ちゃんは見たところ大分若いのに、大した魔力を持ってるみたいだな。本気じゃなかったとはいえ、結界にヒビすら入らんとは』

「……それくらいできる自信が無ければ、こんな儀式に手を出したりはしないわ」

『それで、悪魔なんか呼び出してお嬢ちゃんは何を願う。不老不死とか人類殲滅とか言うなよ。魂を貰ってもそこまで大層な願いは叶えられん』

「それは後で話すけれど。まずは自己紹介をするのが先じゃないかしら?」

『ハァ?』


 悪魔はわざとらしく耳に手を当てながら傾けると、ガハハハと再び笑い始めた。

 なんとなく何を思ってるかはわかるけれど、嫌になっちゃう。声は若そうに聞こえるけれど、ちょっとおじさんっぽい……。


『悪魔に、自己紹介をしろ、だあ? 夜だからって寝ぼけているのかお嬢ちゃん? 悪魔にとって名前が重要だっていうのは知ってるだろう?』

「言うつもりはない、と言うだけですむのに。あなたは下品な悪魔なのかしら」

『悪魔に品なんか求めんなよ。あと、名前は言わないからな。気にくわないならとっとと俺を帰すんだな』

「いえ、帰さないわよ?」


 暗闇に慣れてきた瞳に、悪魔の表情が写る。目を見開いている様子から察するに、意表を突いたらしい。ちょっと良い気味。

 私はクスクスと笑みを溢しながら、近くの箱にしまっていた、『とっておき』を取り出す。

 それは、干からびた腕のような物体。色は黒くて、人差し指だけを伸ばしたような形をしている。


『……おい。なんだそれは』


 さっきまでとはうって変わって、真剣な声で問いかけてくる。焦っているのか、冷静な性格なのか。

 初対面だし、表情から心は読み取れない。けれど、まあ、何を思っていても関係ない。


「これはね、あなたを呼び出す前に手に入れた、『とっておき』なの。実は、悪魔を呼び出すのは二回目なのよ。一度目は呪文を変えたから、あなたみたいに力は強くなかったけれど」

『……俺は、それが何かを聞いたんだぜ』

「察していそうだけれど。良いわ。答えましょう。──これはね、『悪魔の腕』よ。名前を書き記すんですって」


 私が物の正体を伝えると、悪魔の顔は少し怖いものになった。気がする。もしかしたら、元から怖い顔だったかもしれない。

 それでも、私は怯えたりしない。なぜなら、今の彼よりもっと怖い存在を知っているから。

 目の前の悪魔より、怒ったお父様の方が断然怖い。

 だから、私はいつも通りでいられる。親戚に挨拶するような、そんな微笑みを彼に向けられる。


「一度目の悪魔にね、相手の名前を知るための道具を願ったの」


 私は語り出すのと同時に、悪魔の周りをゆっくりと歩き始める。意味や理由は特にない。


「ほら、例え契約を結んだとしても、あなたがそれを必ず守るとは限らないじゃない? もしあなたの力が強すぎて、私に抑えるだけの力がなかったら……目的を達成する前に、魂を奪われるかもしれない。だから、対抗手段を得なきゃいけないと思ったの。名前を知れば強制送還も不可能じゃないし、力を縛ることだってできる」

『契約を結んでそれが果たされたから、その腕があるわけだよな。じゃあ、なぜお嬢ちゃんは生きている?』

「方法は秘密よ。そこまで説明する義務はないもの」

『お嬢ちゃん。前の悪魔を殺したな?』


 周囲を一周した私は、にこやかな笑みを浮かべる。

 そして、『悪魔の腕』を胸の高さまで持ち上げると、口を開いた。


「名を示しなさい」


 私の声に反応した『悪魔の腕』が宙に浮き、眼前の悪魔の名前を書き記していく。

 まるでペンでノートに書くように。空中に輝く文字が連なっていく。

 その間、悪魔が何かしらの行動をとることもなく。彼の名前は順調に、最後まで書き出された。


「キ、リー……。キリーマン・ダリィ、ね。強そうな名前だわ」

『ク……フフッ……! クハハハハッ!』

「……?」

『お嬢ちゃん、胸はあまり無いが、なかなか度胸があるじゃねぇか。気に入ったぜ』

「いらない一文が入ったわね」


 いきなりのセクハラだわ……! 気にしていない事柄だけれど、すっごく失礼!

 私はジトッとした目をイメージしながら、彼の顔を睨み付ける。けれど、全く相手にされていない。


『んで、わざわざ俺を呼び出すほどの願いってのはなんだ? 一人目の奴に頼んでも大して変わらんだろうに』

「……弱い悪魔じゃあ、当てにできないのよ。だから、二体目、あなたを呼んだの」

「ほう……?」


 腕をもった両手を背中へ回し、私は悪魔に自分の願いを告げる。

 その願いは単純そうで、意外に難題なもの。


「私はね、家の外に……。外の世界を知りたいの。だから、あなたには手伝ってもらうわ。この屋敷からの脱走を。あなたは共犯者になるの。──これからよろしくね、キリーマン」


 三日月の夜。運命の夜。

 微笑みかける私に対し、悪魔も悪そうな笑みで返してくる。

 なんだか気分が高揚してしまって、今日はすぐに眠れそうにない。


 その後、私はベッドで横になった。けれど、案の定上手く寝付けなくて。

 翌日は見事に寝坊してしまったのでした。





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