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2017年/短編まとめ

悪い子は連れて行かれてしまうよ

作者: 文崎 美生

幼い頃、近所に小さな神社があった。

神主がもう八十になるおじいちゃんで、正直なところ、いつか人の手が入らなくなるのではと思っていた神社だ。


生憎、神様だ宗教だ、に興味の無い私達子供からすれば、その神社は格好の遊び場だった。

理由としては長い階段では階段ジャンケン――グリコの方が覚えがあるだろうか――などが出来たこと。

後は自然に囲まれていたために、隠れんぼや虫取りなんかも出来たものだ。


まぁ、アウトドアな子供だったと言うことだろう。

外で遊ぶことが多く、遊具の少ない公園よりも、神社で遊ぶ方が子供らしい創意工夫のある遊びが出来た。

さて、その神社が今どうなっているのかは、地元を出てしまった私には分からない。


しかし、記憶に残っている神社の姿は鮮やかなもので、長い階段と赤い鳥居が瞼の裏でチラついた。

それと同時に、揺れる赤い襟巻が頭の中を掠め、立毛筋が伸縮して肌が粟立つ。


子供というのは、割かし残酷なもので、わざわざ蟻の巣穴を掘り返してみたり、プチプチと潰してみたりするものだ。

その癖、カブトムシやクワガタには目を輝かせる。

飼い猫は可愛がるけれど、野良猫は小突き回すものなのだ。


幼少期に見たその子犬は、とても珍しい毛色をしていた。

光に当たると、それこそ太陽のように光る毛だ。

白でもなく、黄色でもなく、金色。

そうだ、金色というのが相応しい毛色をしていた。


ピンと立ち上がった耳に、毛揃いの良い尻尾を持っていたが、その体は酷く汚れていたはずだ。

その割に、太陽色に光る毛には、子供心に惹かれたものだった。

あくまでも、私は。


私以外の子供はそうではなかったようで、餓鬼大将のようなツンツンとした坊主頭の子供が、いの一番にその子犬を棒っ切れで突っついた。

きゅう、と情けなく鳴いた子犬に、その餓鬼大将は笑い、他の子供もそれに倣う。

実に気味の悪い光景だった。

若干六歳ながら、反吐が出る、という言葉を理解したものだ。


小柄で特別自己主張の強かった訳でもない私は、どうすることも出来ずにその光景を眺めていた。

ぎゅう、と眉を寄せていたが、子犬は隙を突いて逃げ出し、神社の床下に滑り込む。

揺れる尻尾がキラキラと光り、綺麗だと思うのと同時に、ホッとした。


結局その日は、階段ジャンケンにも隠れんぼにも乗り気になれなかったのだが。

夕暮れ時、帰宅合図でもある学校からの鐘の音に、皆が顔を上げた。

そうして、その場でそれぞれの家に向かうために別れるのだが、私は家路の途中で足を止めたのだ。


同じ方向に家のある子供が、私を見て「どうしたの?」と首を捻った。

私は、シャツの裾を握り締め、唇を一度真一文字に結ぶ。

ゆっくりゆっくり、自分の中では何時間も掛けた気分で、何とか言葉を吐き出した。


「あの、私忘れ物した!から、先帰ってて!」


相手の返事を聞くよりも早く身を翻す。

足にぴったりと吸い付くようにフィットしたスニーカーで、補整されたコンクリート道路を走る。

運動が特別得意な訳でもなかったので、恐らくその走る姿は不格好そのものだっただろう。


ちょっとばかり高さのある長い石階段は、飛び跳ねるように駆け上がる。

乱れる息を少しでも楽にするために、片手は鈍く光る手摺りを掴んだ。

階段を登り終えた頃にはへろへろだった。

足が産まれたての小鹿のように震えた。


だらしなく猫背のまま、私は拝殿の方へと近付く。

既に日が落ちつつあり、茜色に染まる神社には、人気が無くて寒々しかった。

二の腕を撫でながら、私は床下を覗き込む。

暗くて、良く見えなかった。


「わん」


犬の鳴き声を真似てみる。

何の反応もなく、私は膝を折り曲げて、更に奥深くを覗き込んだ。

猫のように瞳が光れば、見付けられるのに、と眉を寄せた所で、床下の奥から何か物音がした。


むむ、と地面に膝と手を付く。

首を捻りながら目を眇めていると、奥から金色が光り、あの子犬が顔を覗かせた。

くりくりした目で私を見ている。

私と子犬では全く別の生き物なので、上手く意思疎通が出来ずに、私も子犬も、お互い口を開かずに見詰め合う。


最初に動いたのは、結局私だった。

屈み込んだまま、子犬に手を伸ばして、その体を撫で上げる。

目を細める子犬は、擦り傷こそあれど、大きな傷もなくて安心した。

柔らかな毛並みを楽しんでいると、突然子犬が目を見開き、地面にぺったりとくっ付けていた体を起こす。

それこそ、飛び起きる、という表現の良く似合う勢いだった。


驚いて私も手を上げてしまう。

真上に上げた手が、何かにぶつかり、今度は屈み込んでいた体が不安定に揺れて、真横に倒れ込みそうになる。


「わっ、わわっ!」

「おやおや。危なっかしい人やわ」


ぽすり、と柔らかな何かが私の体を支えた。

腹部に回された腕は、濃紺の着物に隠れて良く見えないが、袖の隙間から覗いた爪は、小さな硝子片のように透き通っている。

顔を上げれば、頭上には知らない大人の顔。


真っ赤な襟巻が、風に遊ばれて揺れていた。

それに隠された口元は、どんな形をしているのか分からずに、感情が読み取りにくい。

私は瞬きを繰り返し、その姿が消えないことから、見間違えでも何でもない、と現実逃避出来ずにいた。


不思議な大人の男の人だ。

足音も気配もなく、いつの間にか背後にいたらしい。

毛先に近付けば近付くほど青から黒に変わる、グラデーションな髪色に、それこそ猫のように夜闇でも光りそうな金色の目だ。


着物だと思っていた濃紺は、着物と言うよりは羽織で、中の着物は深緑だった。

赤い襟巻も合わさって、何だか浮世絵の配色のように思える。

頭に被った状態のお面は、お祭りで売っているような狐の顔が描かれていた。


「こんな時間にこないな場所で何しとるんですか」


腰を折り曲げた男の人は、私に視線を合わせて問い掛けた。

助けてもらったことには変わりないが、抱きすくめられているのは居心地が悪かったので、身動ぎながら、あの、その、と口篭る。

しかし、男の人は私の言わんとしていることが分かったように、嗚呼、と頷いた。


「心配、してくれはったんですか。いやぁ、今時の子供にしては優しい心根の持ち主ですわ」


うんうん、一人で頷く男の人。

何故か私の腹部に回した腕を解く気がないようで、子犬が足元にじゃれ付いていても、満足そうに頷くばかり。

揺れる尻尾を見る私は、どうすれば良いのか。


「まぁ、でも良くないですわ。昼間と夜の境界線が曖昧になる時間に、一人でこないな場所にいるのはあきません。さあさ、早くお帰んなさい」


ひょい、と立ち上がらされた。

あまりにも軽く持ち上げられたので、瞬きの回数を増やしてしまう。

子犬が男の人の足元から、私の足元に寄って来て、するりと一周して、尻尾を擦り付けた。

可愛い、とっても可愛い。


それでも、可愛いなぁ、ともう一撫では出来ずに、男の人に背中を押された。

立ち上がった男の人は、下駄を履いているようで、それも相まって身長がとても高く見える。

金色の目が細められて、薄らとした笑顔を浮かべているように見えた。

口元が隠れているので分からないが。


「お友達は選ばあきませんよ。君は良い子みたいやから、今日はええけど。あの子達は、悪い子や」

「あの……」

「悪い子は連れて行かれてしまいますわ」


ひらり、男の人が手を振った。

ゆらり、子犬の尻尾が揺れた。


その後、私はゆっくりと長い石階段を降りた。

最後の階段を飛び降りて振り向いてみても、長い階段が続いているだけで、男の人と子犬の姿は見えない。

私はふるりと身震いをして、駆け出した。


それ以来、あの神社には行っていない。

地元を離れる際にも行っていなければ、仮に帰省しても行こうとは思っていないのだが。

それから余談だが、翌日、子犬を小突き回していた子供達がまとめていなくなっていた。


いなくなっていた、と言うのは語弊があるのかも知れないが、別れた後に帰宅しなかったらしい。

集団誘拐、なんて噂がまことしやかに囁かれていたが、祖父母達、近所のお年寄りに関しては、集団神隠し、と言っていた。

さて、どちらが本当なのか。

はたまた、どちらも違うのか。


今思い出してみると、あの神社は所謂稲荷神社と呼ばれる部類で、祀っているのは九尾の狐だったような。

子犬も、小狐だったような。

まぁ、もう二度と神社には行かないと決めたから、私はそれを忘れてしまいたいと思っている。

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