日曜日には川に
日曜日です。
朝起きて今日はだいぶ身体が軽くなってるなと嬉しくなった。昨夜の炭火焼は準備が大変だったけど、気分転換は出来たようで、仕事のことも中谷さんの悪口のこともグズグズ考えることもなく、ぐっすりと眠ることが出来た。
下で海斗たちの賑やかな声が聞こえて来たのでお母さんを手伝いに降りて行くと、紗季が社長を連れて階段を登ってこようとしていた。
「おじちゃん、こっちこっち。」
「えー、そっちにはおじちゃんは行かないほうがいいと思うんだけどなー。」
「だめー、くるのー。」
「困ったなぁ。」
「コラコラ、紗季は何をワガママ言ってんの?」
私の顔を見ると紗季はニパッと笑って、抱きついて来る。
「さわちゃん、だっこー。」
「はいはい。今日は下で遊ぼうねー。」
紗季を抱き上げると、ギュッと力いっぱいにしがみついてくる。
「ブランコー。」
「えっ?!まだブランコやるの?さっきから三十分もやってたのにぃ?」
どうも社長が紗季のブランコに付き合ってくれていたようだ。
「すみません。この子二時間ぐらいは平気でブランコに乗ってるんです。」
「二時間! 頭がふらふらしないのかなぁ。」
「しないみたいなんです。不思議ですよねぇ。」
そんな話をしていると、台所からお姉ちゃんが「ご飯よー。」と声をかけて来た。
「紗季、ご飯だってー。」
「いやっ、ブランコー。」
「美味しーのがあるかもよ。何かな何かな。卵焼きがあるかなぁー。」
「たまごやきっ。さき、ごはんたべるぅー。」
「よしよし、佐和ちゃんに食べられないうちに食べてねっ。」
「ハァーイ。」
三人で台所に行くと、みんなもう席に着いていた。
「おはよう。」
「「おはよう。」」
「おばちゃんは、おそよーだよ。」
「もう。海斗は幼稚園に行きだしてから頭が回るようになったなぁ。」
紗季をお姉ちゃんの隣に降ろして、社長に席を勧める。
「うわぁ、これは朝から豪勢ですね。」
「これは瀬崎さんに頂いたお魚ですよ。悪くなったらいけないから刺し身も一緒に煮つけました。どうぞたくさん食べて下さいな。」
みんなで「いただきます。」を言って朝ごはんを食べる。社長はお母さんの漬けたキュウリの辛子漬けが気に入ったみたいで、だいぶボリボリと食べていた。
朝ごはんの時に皆で一緒に河原にディキャンプに行こうという話になって、瀬崎社長も誘われた。
「いゃあ、さすがに洗濯をしないと明日着る物がなくなりそうなんです。」
「それじゃあ先に帰って、洗濯だけされたらどうですか? ぜひ川釣りをご一緒したいなぁ。」
「はぁ・・。」
「お父さん。社長にも予定があるんだから・・。」
「いや、予定は特にないんだけどね。わかりました。ひとっ走りして用事を片付けてきます。」
結局、場所の打ち合わせをして、社長は後から合流することになった。
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私達がよく行く河原の広場にタープを張って、椅子を並べて簡易キッチンを設営していたら社長の古い車がガタガタいいながら土手を降りて来た。
「あら、来られたみたいよ。思ったより早かったわね。」
お母さんが社長の分のコーヒーのコップも用意する。
「しかし古い車ねぇ。あんたとこの会社って儲かってないの?」
姉がそう言うのも最もで、私もそれは気になっていたのだ。
「就任されてからまだ給料は出てないけど、学校の先生をしてたんだったら車ぐらい買えるだろうし、釣りの時に使う汚れてもいいセカンドカーなのかしら。」
しかし私のこの考えは間違っていて、あの車が唯一の車なんだそうだ。ただ・・と説明されたのを聞いてみんなでびっくりした。
なんと社長は船を持っているらしい。「まだローンがあるんです。港の使用料もありますしね。」ということだったが、船舶免許も持っているそうで、その話題にはうちのお父さんもお義兄さんも食いついていろいろ聞いていた。
一休みした後は、男三人が海斗を連れて川釣りに出かけたので、私達は女ばかりの女子会をしていた。
今日は風があるので、南側に大きな木がある木陰にいると思っていたよりも涼しかった。持って来た電池式の扇風機は使わなくて良さそうだ。
「なんだか甘いものが食べたくなるのよね。これ以上太らないほうがいいんだけど。」
「お姉ちゃんは両極端ねぇ。海斗の時には辛い物だったでしょ。ということは、今度も紗季と同じ女の子ね。」
「来週の検査でわかると思うんだけど、私もそんな気がしてる。」
「女の子が多いほうがいいよ。海斗の『はしろーよー!ばあばん。』にはまいるもの。」
「そう言えば社長が持って来てくれたものって何だったの?」
「まだ見てないよ。あら、・・・これは真奈美にね。こっちは昼食用の鶏のから揚げだったわ。海斗が好きだって言ってたからね。」
そう言ってお母さんが出してくれたものを見て、思わず私と姉は叫んだ。
「「セザンヌのシュークリーム!!」」
「やったー!もーらいっ。」
「いやいや、私に買ってきてくれたんでしょう。」
「もうっ、あんた達はいい歳をしてっ。」
私達の大声に水遊びをしていた紗季が寄ってきた。
「ママぁー、さきちゃんもー。」
「おっ、伏兵がいたなっ。」
私が紗季を邪魔して揶揄っていると、「人数分あるみたいだから一個ずつよっ。とられないうちにばあばんも食べとこっ。」と母に先に食べられてしまった。
「「あーーーっ。」」
・・・やられた。姉と二人で取り合いをしているうちに母親に全部お菓子を食べられた記憶がよみがえる。私と姉は目を見合わせて終戦協定を結び、大人しく一個ずつ食べることにした。
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少し遅めになった昼ご飯は、茄子とベーコンのパスタと畑で採れた夏野菜の炒め物に家から持って来たサラダの予定だったが、社長が鶏のから揚げをどっさりと持って来てくれたので、思いのほか豪華な昼食になった。二時間ほどの間に獲って来た川魚は、社長の大きなクーラーボックスに入れてもらうことになった。半分以上リリースしてきたそうだが、結構な数が獲れていた。
そうなるかもしれないとは思っていたが、男三人がビールを飲んでしまったので、私が社長の車を運転して家まで帰ることになった。外側はボロボロだったが、中は綺麗にしてあったので助かった。ただ魚臭くてたまらなかったので、クーラーはかけずに窓を全開にして帰って来た。
うちの台所で社長が魚をさばいてくれたので、姉は「助かった。これで晩御飯ができたわ。」とさばいた魚を持って帰っていった。私の方は、社長の車で本人を送って行くところだ。後ろからお母さんが車でついて来てくれているので、信号に注意しながら運転している。
「なんか、ごめんね。ついつい飲んじゃって。」
「いいえ。いいんです。うちの両親に二日もつき合わされたんですから。こっちこそすみません。休日をまるまる潰しちゃって。」
「いいや。今までになく楽しい休日だったよ。独り暮らしだと人と喋ることもないからね。釣ってきた魚を独りで料理して独りで食べてると、自分は何をしてるんだろうと思う時もあるよ。」
「実家の方には帰られないんですか?」
「うん。うちは早くに母親が亡くなってね。実家は親父一人なんだ。会社を辞めてからは趣味の碁会に入りびたりだからいつ行ってもいないんだ。兄貴は今のところ病院を併設した施設に預けてるし、寂しいもんだよ。」
「・・・そうなんですか。」
「それはそうと、金曜日は小原さんなんだか変だったね。なんかあった?」
やっぱり社長は気づいてたみたいだ。なんか言いたそうな顔をしてたんだよね。
「・・ちょっと嫌なことがあって落ち込んでたんですけど、吉野先輩に聞いてもらって解決しました。」
「そっか。それならいいけど・・。吉野先輩って、総務の?」
「はい。社長は吉野さんを知ってるんですか?」
「いや、直接は知らない。今、社員の名前を覚えてるところなんだ。」
「えっ?!三百人全員ですか?」
それは驚きだ。私なんか総務の人の顔を覚えるだけで三か月ぐらいかかったのに・・。
「うちの会社は326人の社員がいる。来週から全員と面談をしようと思っているから、よろしくね。」
「・・・学校の先生みたい。」
「ハハハッ、確かに。五年間大勢の子ども達を見て来たからね。その経験が今度の仕事にも生かせたらって思ってる。」
「・・・・あっ、だからなんですね。ワンマンじゃなくて、育てる方針なんですね。」
「ふぅ~、バレたか。僕みたいな若造が年上の人たちを育てるなんていうのはおこがましいんだけど、人が自分の実力に気付いて自信を持っていくのを見るのが好きなんだよねー。それは子どもでも大人でも同じだと思うんだ。会社って、人が作ってるものでしょ。人が育てば、会社も育つんじゃないかな。」
「なるほどー。そうですねっ。」
「うーん確かに素直だ。いや、単純なのか?」
・・・社長の独り言は聞こえないふりをした。この人はたまに失礼な人だ。けれども社長の考え方は派手な経営理念よりも、ストンと私の胸に響くものがあった。経営学みたいな難しいものではない、単純な一言。「人が会社を作ってる。」そこに真実があるのかもしれないな。
お互いの理解が深まったようですね。