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筋骨隆々のゴミ箱が逃げた

作者: 裏山吹

 昨晩、彼女と別れた。

 付き合ってもうすぐ一年になろうとしているときだった。口喧嘩をしてそのまま別れを告げられたのだ。


 今朝はよく眠れなかった。朝早くに起きて、朝食も食べる気にならず自分の部屋内をうろうろしていた。


 今日に限って仕事は休みだ。しかし何もすることがない。


 俺はイライラする頭を押さえながら、近くにあったゴミ箱を蹴りつけた。


 壁際にあったゴミ箱は壁に当たりはしたものの倒れはしなかった。山になっていたゴミのお菓子の袋や丸まったティッシュがカーペットにこぼれて、その様はさらに俺のことを苛立たせた。


「くそっ」


 もう一度ゴミ箱に八つ当たりしようとする。


 ゴミ箱を蹴飛ばそうとしたその時だった。

 にわかにゴミ箱に足が生えて、俺の蹴りを素早い身のこなしで回避したのだ。


「!?」


 ゴミ箱には足が生えていた。


 陸上競技で活躍するアスリートのように無駄がなく、それでいてボディビルのような隆々とした強靭そうな筋肉の両脚が、うちのゴミ箱に生えていた。足は長く猛々しく逞しく、ゴミ箱本体の全長をゆうに凌駕する。処理していないすね毛が目立っているのが個人的に解せない。


 その両脚は良く弾むスーパーボールのような軽快な跳躍をして、一足で開いていた窓から外に出て逃げ出した。


「なんだあれ!?」


 ゴミ箱が逃げた。


 俺の頭で理解できたのはそれくらいだった。


「…………くそっ!」


 俺は玄関を出て走りだした。

 とにかく、あのゴミ箱を捕まえなければ。


 俺が自分ちのアパートを出ると、ゴミ箱は住宅地の角を曲がったところだった。

 よし、まだ見失っていない。


 たかがゴミ箱が走っているだけだ。追いつけるぞ!




 ……そう思っていた時期が俺にもありました。


 ゴミ箱は町内を爆走していた。

 しかもものすごい速度で。


 このへんはまっすぐな道が多いのでまだ見失ってはいないものの、追いつくどころか差がどんどん開いている。


 ゴミ箱の分際で、走りは憎たらしいほど美しかった。

 フルマラソンを二時間以内で走れそうなほどきれいなフォームのピッチ走法。それでいて速度は全く落ちない。どんな体力しているんだ。

 そのうえ入っているゴミも道に落とさない。走るゴミ箱は早いうえに器用で、とてもエコだった。


「ひい!」


 追いかけていたら、ちょうど鉢合わせたランニングしているおじさんが目を剥いた。


 かまわず俺はゴミ箱を追いかける。流れる汗もそのままに、息せき切ってゴミ箱に追いつこうとやっきになる。


 しかしどんどん差は開く一方。


 ――誰が想像できただろう? ゴミ箱は、メロスや強右衛門すねえもんも一目置きそうなほどの脚力を持っていたのだ。


 あれは世界を狙える脚である。先行逃げ切りであらゆる走者をチギれるくらいのポテンシャルを秘めている。

 なんてことだ。俺は眠れる獅子を目覚めさせてしまった。


 もはやこちらの体力が限界だった。


「ぐっ、も、もうダメだっ……」


 俺はついに荒い息で足を止めた。どれだけ走っていたのかわからない。足が棒のようになり、汗が滝のように流れている。

 早朝になんで俺は息を切らしながらゴミ箱を追いかけているんだ。


 そうこうしているうちに、ゴミ箱は住宅の角を曲がって消えていく。


 ついにゴミ箱を見失ってしまった。




「どうしたらあいつを捕まえられる……?」


 ゴミ箱を心配する貼り紙を書こうか?

 いや、わけがわからないだろう。

 ゴミ箱を探しています、なんてコピーをつけても「ホームセンター行け」で終わる。


 現実的なことを考えれば、ホームセンターに行って新しいゴミ箱を買えば解決なのだ。


 でも俺はあのゴミ箱を捕まえなくてはいけない。


 あの中には、俺がくしゃくしゃにして捨てた彼女の写真が入っている。

 写真立てに入れて大事に飾っていたものだ。

 彼女に別れを告げられアパートを出て行かれてから、くしゃくしゃに丸めて、ゴミ箱の底の方に突っ込むようにして捨てたのだ。


 あれをどうしても取り返さなくては。


 俺は、そう、あれだ、あの写真を他人に見られるのが恥ずかしいのだ。俺と二人で笑っている写真だ。そんなもの第三者に見られたら恥ずかしいではないか。

 そうに違いない。

 どうせなら燃やしてしまうんだったと後悔する。

 取り返したら人知れず処分しなければ。


 しかしどうする?


 長く使いこんだものには魂が宿る――いわゆる付喪神の考え方が日本にはあるけど。

 あのゴミ箱をそれと定義づけてもいいものか?

 そもそも長く使っていないし、あれを付喪神と呼んでいいのだろうか。

 あまねく世に存在しているかもしれない付喪神に失礼ではないのか。


 立ち止まって体力を回復しながらいろいろ考えていると、イライラばかりが募っていく。


「付喪神(仮)め……」


 考えれば考えるほど、第三者に見られるかもしれないリスクを背負ってでもあのゴミ箱を焼却処分したくなってきた。


 もし写真を見られそうになったらその前にあのゴミ箱をなんとかすればいい話だ。


 そうと決めると、俺はスマホを取り出した。


「――見ていろ。文明の力を見せてやる」


 あの筋肉足クソゴミ野郎め。

 今どきの大人の、大人げない力を存分に味わうがいい!

 ネットで拡散だ!


『【拡散希望】F町内を走る、ゴミ箱に足のついたクリーチャーの行方知りませんか?』


 そんな文面をスマホに打ち込んで投稿した。

 しばらくすると、いくつか反応が返ってきた。


『アニメかなんかの話?』

『ARゲーム?』

『意味不明』

『そんなポケモンいてたまるかw』

『この芸人はどうやらネタ切れのようです』

『F町って何丁目よ。三丁目まであるだろ。そのへんに住んでるけどそんな妖怪の噂聞いたことないぞ』

『ランニング中に見たけどこれ本当だよ。三丁目を走ってた。二丁目の方に向かっていったんじゃないかな』

『F町在住。何気なく窓の外見たけどマジでいたw速すぎて写真撮れんwwなにあれwwwwスーパーの方に行ったwwwww』

『こちら一丁目。そんな怪しいゴミ箱は通っていない模様。ていうか足の付いたゴミ箱って何?w』


 情報が錯綜しているが、どうやら二丁目に向かっていく最中で、スーパー方向に行ったらしい。まだそんなに距離は離れていない。


 目撃情報はちらほら入ってくる。

 ブレているが画像データもネットに上がった。


 俺は計画を次なる段階へと移すべくスマホを操作した。


『混沌ジョノイコ@Erromango‐I_1192・now

 日曜日を所在なく過ごすF町内の暇人たちよ、あのゴミ箱を捕まえてみませんか?

 #拡散希望#F町#ゴミ箱』


 どうやらあのゴミ箱は町内を猛スピードで走り回っていて、町外へは出ていないらしい。

 ならばチームワークで奴の脚力を上回る。




 待ち合わせ場所はセブン。

 しばらくすると、多くはないが同志たちが駆け付けた。


 集まったのは五人。俺を入れれば計六人。

 まあこんな無茶苦茶な呼びかけにしては上出来な人数かもしれない。


「同志たちよ、よく集まってくれました」


 俺はお礼を言った。


「そんなことより作戦会議だ」

「あのゴミ箱の正体を暴こうぜ」

「絶対に捕まえてみせるぞい」


 目撃情報を加味しながら、俺たちは走るゴミ箱を追いつめる計画を立てる。


 結局あれを捕まえられるかどうかわからないので、落とし穴を掘ってそこに誘導するということになった。

 檻を大きめの金網で代用し、ゴミ箱が穴へ落ちたら金網を被せて閉じ込める作戦だ。


 自転車で追いつめる人が三人、その間、落とし穴を作り金網を準備する人が二人、司令塔が一人。

 町内を走るなら小回りの利いた方がいい。バイクや車より自転車が適任だ。


「こちらアルファ1。目標を発見、追跡する」


 散らばってしばらくすると、待ち伏せしている一人から連絡があった。


「了解しました。手筈通りに頼みます」


 言い出しっぺの俺が司令塔である。


「アルファ2、アルファ3は先回りして待ち構えてください。ポイントはこちらで指定します」


 言いながら、俺は町内の住宅地図を広げた。


「了解」とアルファ3。

「落とし穴のポイントへ誘導するように通せんぼすればいいんだよな?」確認するようにアルファ2。

「そういうことです、アルファ2」

「了解したぜ。目にもの見せてやる。……あいつに見る目があるかわからないけど」

「落とし穴の準備は?」

「完了したぞい」「いつでもお客様をおもてなしできます」


 アルファ4とアルファ5も準備は万全のようだ。


 穴は河原の近くの土手に作ることにした。

 もし穴に落ちなくても川を背にして追いつめることができるからだ。


「こちらアルファ2、アルファ1とアルファ3が目標地点へ誘導中!」


 連絡を受けてすぐ、遠目でゴミ箱を目視する。

 相変わらず速度を落とさず、筋骨隆々とした両脚をフル活用して走っている。


「こちらも確認しました。そのままでいけます」


 隠れていた俺と穴掘り班の横をすり抜け、ゴミ箱はまっすぐ罠へと走っていく。


 そしてゴミ箱は仕掛けた落とし穴ど真ん中に足を突っ込み、穴をわからないよう偽装した枝や草や土を巻き上げながら穴へと落ちていった。


「今です!」


 号令で穴掘り班二人は金網を持ち、突撃して穴をふさぐ。


 走ってきた自転車がタイヤ痕をつけながら急停止した。


「よし!」「やった!」「ついにゴミ箱を捕まえたぞ!」


 金網を俺たちの体重で押さえながら、口々に叫んだ。

 仲間たちとハイタッチし、喜びをたたえ合った。


 ゴミ箱はというと、中身の半分ほどを飛び散らせながら、穴にはまって停止していた。


 ざまあみろ。

 俺は口元をほころばせた。


 ……こぼれたゴミの中に、俺の求める写真はないようだ。


 俺は笑いながら、ゴミ箱に向かって叫んだ。


「見たかこの素足ゴミ野郎! これが今どきの文明の力だ!」


 お昼を回っておやつ時になろうとしていた時刻。

 俺は高らかに勝利宣言をした。


 遅れてアルファ2も合流し、いちおう全員で金網を押さえる。

 俺以外はスマホで写真を撮っていたが、こんな気持ち悪いもの撮ってどうするんだと思う。


 まあいい。

 さて、写真ごと燃やしてやろうか。

 それとも写真を回収したのちに、なんかあるか知らないけどそういう研究機関とかに引き渡すか。ペットとして売り出してもいいな。

 そのへんは五人と相談か。何にしても写真はいったん回収させてもらおう。


 俺が妄想していると、ゴミ箱はこの状況から抗うように片足を上げた。

 しかし伸ばしたつま先は金網には届かない。

 穴は深めに掘ってもらったのだ。


「残念だったな、足は届かないようだ!」


 俺たちが笑っていると、ゴミ箱は地を踏んでいる方の足を力強く屈め、次の瞬間。


「――っ!?」


 俺たちはとんでもない衝撃を足裏に受け、宙に投げ出された。

 ゴミ箱が片足で跳躍し、檻代わりにしていた金網を蹴り上げたせいだと遅ればせながら気づく。


 まとまって投げ出された俺たちは、うろたえる暇もないままに――一緒に飛び上がっていたゴミ箱の足から何か光のようなものが閃いたのを見て。


 ――次の瞬間には、大爆発が起きた。


 けたたましい音とまばゆい光だった。

 爆発で金網は木っ端みじんに破壊され、俺たちは爆発に巻き込まれてさらに吹き飛んだ。


 それはゲームとかでよく見るエクスプロージョン的なやつだった。もしくは戦隊ものとかが決めポーズとともに悪役を倒すときのそれだった。


 俺はそのときまで知らなった。ゴミ箱は足が速いだけでなく、すごい爆発力(物理)を持っていたのだ。

 一生知らないままでもよかったけど!




 俺はボロボロになりながら、夕焼け色の染みる空を眺めて歩いていた。


 とぼとぼと、足取りは重い。

 服は黒焦げでぼろぼろ、髪は縮れて実験の失敗した博士のようだ。

 道行く人に「火事に遭われたんですか?」と訊かれまくった。


 俺たちが吹き飛んでいる間にゴミ箱には逃げられた。


 あの爆発は必要だったのか甚だ疑問だ。ジャンプだけで切り抜けられたじゃん。なんで爆発したの。


 もはや人類にあれを止めることはかなわないだろう。

 時間が経てばF町を走る捕まえられない妖怪として、もてはやされること請け合いだ。


 くしゃくしゃにして捨てた写真も取り返せなかった。


 冷静になってみれば、俺は彼女との思い出を軽はずみに捨ててしまったことを後悔していた。燃やしたいとか、そんなの写真を取り返したい言い訳だった。燃やすなんてできるわけがない。


 俺は会社員をしている。中小企業の営業職である。

 会社員をして、もうすぐ一年になろうとしている。


 彼女とは大学卒業の時に俺の方から告白し、付き合い始めた。


 最近は仕事がめっきり忙しくなって彼女と会う機会が減っていた。


 仕事や人付き合いに疲れていた俺は、彼女と会うよりも自分だけの時間を優先するようになっていた。

 彼女には最近、謝罪と言い訳のメールしかしていなかった。


 久しぶりに会って、別れ話を持ち掛けられたのがつい昨日。

 言い合いは、やがて激しい口論へと発展した。


 俺は彼女を怒らせた。

 休みの日は何もしたくなくて一人で漫画読んで過ごしていただけなのに、かっとなって他の女と会っていたなんて嘘をついて。


 ただ言い返すためだけに……相手が言い返せないような反論をしたいがために、言ってはいけないことを口にしてしまった。


 彼女は顔をくしゃくしゃにして涙を流しながら憤慨していた。


 そうやって、最悪の形で別れた。

 彼女には本当に申し訳ないことをしてしまった。

 でもその時は俺もイライラしていて、写真を捨てて明日にはすっきり新しい独身貴族の生活をはじめようとか考えていた。

 保存されていたデジカメのデータも勢いですべて消してしまっていた。写真の替えはもうない。

 彼女と過ごした時間が消えていくように感じられた。それがやるせなかった。




 ……気が付いたら、彼女の家の近くを歩いていた。


 無意識だった。

 なんだ、未練ありすぎだろう。

 本当かっこ悪い。

 こんなんだからゴミ箱のひとつも捕まえられない。


 まっすぐ進んで一つ目の角を曲がると、彼女の自宅につく。

 引き返すべきだ。

 今さら会ってどうするっていうんだ。

 さっさと踵を返して家に帰るべきなのだ。


 でも歩みは止まらない。止めたくなかった。


 俺はまっすぐ進んで、一つ目の角を――彼女が住む家の前へ足を運んでしまった。


「わっ、きみ賢いのね!」


 家の前には、俺の彼女がいた。


 しかも足の生えたゴミ箱と夢中で戯れていた。


 俺は三度見くらいして目を見開いた。


 ――ゴミ箱いた! 俺の彼女に懐いてた!


 いや、正確には元彼女だった。


「サトシ、お回り!」


 彼女が言うと、ゴミ箱はガニ股気味でガビガビ足を動かしながらその場で回ってみせる。足がムキムキなせいかことのほか気持ち悪い。


 ようやく見つかったゴミ箱は、彼女に芸を仕込まれていた。


 しかも元彼(俺だ)によく似た名前を付けられている!


「上手よ、サトシ!」


 ご褒美のジャーキーをゴミの入った口の中に放り投げられている!


 餌のやり方はいいのかあれで。普通にゴミとして捨てているように見えるぞ。


「ちょっと待ってね、カメラの前で今のもう一回やって」


 しかも動画に撮られ、ユーチューブにアップされようとしている。


 彼女の目は子どものように輝いていた。


「わっ、だめだよ、言うこと聞いて~」


 ゴミ箱は彼女に抱き着くようにすり寄った……っておい、彼女の胸にフチのところをこすりつけるな。離れろコラ。




 こいつはもしかして彼女を探すために町内を所狭しと走り回っていたのだろうか。

 俺の部屋のゴミ箱である。彼女に会いたがっていても不思議ではない。

 まさか俺と喧嘩別れした彼女を元気づけに行ってくれたのだろうか? そんな疑問がよぎるが、確かめるすべはない。


 彼女はゴミ箱に夢中で、俺の存在に気付かなかった。


 引き返せばよかったんだ。


 でも俺は前に出て、


「さつき」


 ぶっきらぼうに彼女に――さつきに挨拶していた。


さとる……!」


 彼女は、はっとしたようにゴミ箱を撫でる手を止めた。


「何の用?」


 立ち上がったさつきは警戒心をはらんだ目で俺をにらんだ。ゴミ箱がさつきの足にすり寄ってきた。


 昨日の喧嘩で、俺はきみを傷つけるような嘘をついたんだ。

 最近会わなかったのは、仕事で心身が疲れていただけなんだ。

 あのときはカッとなって、自分でもどうかしていたと思う。

 本当は喧嘩なんてしたくなかったんだ。


 思いつく言い訳はたくさんあった。


 でも彼女をないがしろにしていたのも俺で、彼女を傷つける言葉を吐いたのも俺だ。

 これは全て、俺に原因がある。だから言い訳はしない。


 一番言いたいことを一番最初に言うことにする。


「好きだ」


 言うと、俺の目から大粒の涙が流れていた。


「きみのことが、好きだ」


 これで寄りを戻せるなんて虫のいいことは考えない。けれど――


「もう一度話したい」


 喧嘩で別れてそれきりなんて、俺はいやだった。


「今度はちゃんと話したい。お互い納得するまででいいから、きみの時間をもう一度俺にくれないだろうか?」


 涙を流しながら頭を下げると、彼女も涙を流しながら微笑した。


「うん……」


 さつきはゆっくりとうなずいてくれた。


 その時さつきは何かに気付いた。


 視線の先。

 さっきからさつきにすり寄っている足の生えたゴミ箱、その中身に。


「? なにこれ。……写真? 何か見覚えが……」


 そこには、くしゃくしゃになった開きかけの写真があった。


 俺は息が詰まった。


 激しい追いかけっこのせいかもしれない。最初は山盛りだった中身は半分以上減ってしまっていて、底の方に押し込んでいたはずの写真がゴミの一番上に来ていた。


 まだ完全に気づかれてはいない。

 心臓が早鐘を打つ。

 これが見つかってしまったらせっかく仲直りできそうなのにダメになってしまうかもしれない。いや、もちろんいずれ話す。機会が来れば。だが今、写真をくしゃくしゃに丸めて捨てたなんて彼女に知られたら……。


「とっ、とりあえずどこか喫茶店にでも行こう!」


 俺は彼女の手を握って走り出した。


 ゴミ箱から逃げるように。


「でもサトシは!?」

「サトシ言うな! 奴をまいて落ち着いた状態で話そう! それからなら好きにしてくれ!」


 当然、ごみ箱は追いかけてきた。


 フルマラソンを二時間以内で走れそうなほどきれいなフォームのピッチ走法と、素早い身のこなしで。

 その迫力たるや強烈すぎて、もし捕まったら生きたまま食われるんじゃないかという危機さえ直観できるほどだった。


 きっと、さつきを取られると思ったんだろう。

 ゴミ箱は世界を狙えるほどの強靭な脚力で、手をつなぎながら走る俺たちに迫っていた。


 次第に追いつかれそうになっていくゴミ箱から逃げながら、彼女は笑っていた。俺も笑った。


 汗を流しながら、息を切らしながら。


 久しぶりに過ごす、楽しい二人だけの時間。


 あとでしこたま謝って事情を全部話さないと、なんて思いながら。

 俺はつないだ手を二度と離したくなくなっていた。

お読みいただきありがとうございました

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[良い点] 前半の文字通りの疾走感と後半の意外性、そしてオチが明後日の方に行くところまで大好物です。 [気になる点] 魔法陣は気になりました。 個人的には魔法という単語は登場させない方が良かったと思い…
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