告白(3)
「嘘だよね?」
目の前の可憐な少女が殺人遺伝子を持っているはずがない。おとぎの国から飛び出してきた彼女は、犯罪という陰湿で血生臭いものとは無縁なはずだ。
柊は大きく首を横に振る。
「嘘じゃないよ。私、殺人遺伝子保有者だから」
「どうして!?なんで!?」
柊を脅すようなトーンだったが、もちろん怒りの対象は柊ではない。
この強い憤りを誰に向けたいのか、楡自身もよく分かっていない。
「私のお父さんが、殺人遺伝子を持ってたの」
殺人遺伝子は遺伝子である以上、当然に子供に遺伝する。
だからこそ、次世代に殺人遺伝子を残さないために、国は殺人遺伝子保有者を片っぱしから駆除しようとしているのである。
「柊のお父さんのDNA検査で陽性が出たということ?」
「それは周知の事実」
「え?どういうこと?」
「私のお父さん、宗方麒麟なんだ」
柊は、名前を言うことすら憚れるような、日本史上最悪の犯罪者を、あろうことか自分の父親として紹介した。
「宗方は基本的には強姦した女性を殺して口封じを図ったけど、どういうわけか強姦だけして殺さなかった女性も何人かいた。その内の一人が私のお母さんなんだ」
昨晩の喫茶店で柊の家庭環境について聞かなかったことはどうやら正解だったようだ。
柊は強姦によって生まれてしまった望まれない子供だったのである。
しかも、その父親は「悪魔」とも「鬼」とも称された極悪人である。いくら何でも生まれた星の下が酷すぎる。
「……でも、お父さんが誰かなんて関係ない。柊は柊だよ」
「楡、ありがとう。ただ、遺伝子はどうしても関係してくる」
「だけど、柊のお父さんが宗方だとしても、柊に殺人遺伝子が遺伝しているとは限らないでしょ」
殺人遺伝子は優性遺伝子である。
とすると、両親のうちの一方が殺人遺伝子保有者であるとき、国民の殺人遺伝子保有率の低さゆえに彼の遺伝子がAAである可能性は事実上無視できることを踏まえると、メンデルの法則により、約1/2の確率で子供が殺人遺伝子を受け継ぐことになる。裏を返せば、約1/2の確率で子供は殺人遺伝子を受け継がない。
「残念だけど、すでに私のDNA検査の結果も出てるんだよね。結果は陽性。1/2の確率の賭けに負けちゃったの」
柊が殺人遺伝子を持っていないという可能性は完全に潰された。
現在の科学技術の下では、DNA検査の正確性は絶対に担保されている。誤った結果が出ることはありえない。
楡もまた、目の前の柊同様、残酷な現実と向き合うしかないようだ。
「柊、検査はいつしたの?」
「昨日。16歳になってからずっと拒否してたんだけど、昨日ついに検査官が家に乗り込んできちゃったの」
殺人遺伝子撲滅法が施行された後、運用は決してスムーズにはいかなかった。
国民の多くがDNA検査を拒絶したからである。
甲本論文によれば、殺人遺伝子を持った国民の比率は僅か0.04パーセント。2500人に1人の計算である。
しかし、万が一遺伝子検査の結果が陽性であれば、命を失う。あまりにもリスクが大きい。
それどころか、自分が殺人遺伝子を持っているということは、1/2の可能性でそれを自分の子供にも受け継いでいるということになる。父親か母親のどちらかに至っては、殺人遺伝子を持っている可能性は100パーセントである。
要するに、自分から殺人遺伝子が発見されることがあれば、自分が殺されるだけでなく、直系血族までもが巻き添えを食らう。
ゆえに、家族全員が団結してDNA検査をボイコットする事態が続発した。
とりわけ、この傾向は幼い子供がいる家庭において顕著だった。親という生き物は,愛する我が子のためには国が決めたルールを逸脱することを厭わなかったのである。
上のボイコットに、「仮に子供が殺人遺伝子を持っていたとしても、子供が直ちに凶悪犯罪に手を染めることは考え難い」というマスコミの論調が加勢したことにより、国は新たな運用指針を作ることを余儀なくされた。
15歳以下の者に対する検査の猶予である。
これによって、16歳になるまではDNA検査を受ける義務が免除されることになった。
柊は現在17歳である。
自身の出自を知っていた柊は、16歳になって以降もDNA検査を回避していたのだろう。
腐っても民主主義国家である我が国では、強制的手段はできる限り用いられないようになっている。16歳になった者に対しては、まずは市役所等で任意のDNA検査を受けるように勧める手紙が来る。それを何度か無視すれば、今度は手紙に「法的強制力」という脅し文句が付くようになる。それを何度も無視して初めて、検査官が家に乗り込むという最終手段がとられるのである。
柊にとって、そのXデーが昨日だったということである。
「私、検査結果が陽性だったと分かった瞬間に、検査官を振り払って逃げ出したの。1/2の確率でそうなることは分かってたから、荷物の準備も心の準備もできてた。逆に慌てたのは検査官の方。まさか私から殺人遺伝子が検出されるなんて思わなかったんだろうね」
殺人遺伝子は、突然変異の場合を除けば、両親のどちらかが殺人遺伝子を持っていない限り、子供に顕れることはない。遺伝子がないのに遺伝するはずがないので当然である。
柊の場合、母親は殺人遺伝子を持っていないだろうし、宗方麒麟が柊を認知するわけがないのだから、戸籍上、殺人遺伝子を持った親族が存在しない。
だから、柊から殺人遺伝子が出たことは検査官にとって青天の霹靂だったのだろう。
久々のリアルタイム投稿なので、書きたいことがたくさんあります。
まず、この小説のポイント評価が100ptを超えました(H28.12.11現在で127pt)。
連載開始して約1週間で100ptを超えることなど夢にまで見ていませんでした。
それもこれも読者の方々のTwitterでの拡散やブクマ・評価等のご支援のおかげです。本当にありがとうございます。
以前にも後書きで触れたとおり、ptが集まるとPV数が一気に増えます。ありがたいことに本作はたくさんの人に読んでいただいています。きっと成仏できます。いや、成仏する前に完結させる必要がありますね。頑張って書きます(笑)
それから、かなり遅ればせながら、本作に感想を寄せていただいた、えおぢ すあちわえ様、本当にありがとうございました。
えおぢ様は、「唯がお兄ちゃんの彼女になったらダメですか?」というタイトルの小説をこのサイト内で掲載されております。この作品は、可愛い妹と可愛い幼なじみの2人に主人公がアプローチを受けるという、男性の妄想を叶える(?)恋愛モノです。女の子が積極的で、昔ジャンプに載っていた「いちご100%」を思い出しましたね。「唯」という名前からの連想かもしれませんが(笑)ドキドキします。青春のときめき、胸キュンを味わいたい方は、ぜひともえおぢ様の小説をご愛顧下さい。
あ、ちなみに僕も妹萌え小説をシリーズとして2作ほど完結させているのですが、コメディーで、えおぢさんの作品のような甘酸っぱい気持ちになれるようなものではないです(苦笑)
このペースであとがきを書いていたら小説本文の字数を超えそうなので、このあたりでお暇します(笑)