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殺人遺伝子  作者: 菱川あいず
第1章
7/55

告白(1)

 隣で布団を敷いて寝ている柊が気になって、昨夜はほとんど眠れなかった。


 柊は柊で睡魔に身をゆだねることができなかったのだと思う。お互いに逆を向いて横になっていたために顔は確認できなかったものの、柊の寝息が聞こえたことはなかった。


 8時に設定した携帯電話の控えめな音量のアラームは、微睡まどろみを解くには十分なものだった。



「楡、お仕事?」


 やはり柊は眠れていなかったようで、声は寝起きのダルさなど感じさせないハッキリとしたものだった。明るいトーンには、布団に入る前にあれだけ泣いていたことの残滓ざんしがない。



「あ、そうか。お仕事じゃなくて研修か」

「まあ、そうなんだけど、今日は休む」

「どうして?」


 柊が心配だから、と正直に言うと逆に柊に心配を掛けてしまいそうなので、適当に取りつくろう。



「今日の修習は下らない内容だから、ほとんど行く意味がないんだ。別に働いているわけじゃないから休んでも誰も迷惑しないし、家で寝てた方がマシ」


 楡は千葉地方裁判所の総務課に電話を掛け、欠席の連絡を入れる。

 電話に出た担当者は「お腹が痛い」という子供騙こどもだましの欠席理由を一切追及せず、台本通りに「お大事にどうぞ」とだけ告げた。

 


「楡、せっかく起きたんだから朝御飯食べる?泊めてくれたお返しとして、私が作ってあげるよ」

「気持ちは嬉しいんだけど,怠惰たいだな一人暮らしをしているせいで冷蔵庫の中身は空っぽなんだ」

「じゃあ、コンビニで何か買ってくる」

 美しい黒髪をたなびかせながら柊は上半身を起こす。



「柊、その親切は受けられないよ」

「どうして?」


 柊が首だけを動かして振り返る。

 数時間ぶりに見た少女の端正な顔立ちにドキッとする。



「だって、柊は誰かに追われてるんでしょ?なるべく外に出るべきじゃない」

「いや、でも……」

「でも、じゃない。昨夜の約束を忘れないでよ。柊は自分を大切にしなきゃダメだ」

 

 楡は枕元に置いてあったバッグをゴソゴソと漁り、中から菓子パンを2つ取り出すと、その内の一方の、甘そうな方を柊に投げた。



「昨日の帰りに買ったんだ。とりあえずこれを食べよう」




 楡のワンルームには物はほとんど置いてなかった。綺麗好きなわけではなく、むしろ物を置くと散らかしてしまいそうなので、あえて何もない部屋にしている。

 

 2人分の布団を片付けると、そこはモデルルームとほとんど変わらない質素しっそな空間となった。

 部屋を温めようと必死で風を吹き出すエアコンの音と、2人がパンにかぶりつくムシャムシャという音だけが場を支配する。


 先にパンを胃に流し込んだ楡は、手持ち無沙汰だったため、何気なく柊に話し掛ける。



「柊、今日はどうやって過ごすの?」

「特に予定はない。……あ、ただ、楡の家からは出て行くよ」


 声と咀嚼音そしゃくおんを交えながら、柊は答えた。


 

「別に無理に出ていかなくていいよ。それに、柊、明日以降の泊まる場所はあるの?」

「適当に探す」


 切迫したことなど何もない、とアピールするような明るい声だった。



「柊、しばらくは外出しない方がいいよ。昨晩市川で目撃されたんでしょ?誰に追われてるのかは知らないけど、きっとJR総武線沿線の近隣の駅が捜索対象になるだろうから、しばらくは僕の家にいてやり過ごした方がいい」


 柊は、エクレア風の菓子パンの生クリームが入っていないはしの部分を最後の一口として飲み込むと、正座をして楡に向き合った。


「どうしたの?急に改まっちゃって」

「私はもうこれ以上楡のお世話になるわけにはいかない」

「どうして?僕は柊が家にいても迷惑しないよ。それどころか柊みたいな美少女が家番をしてくれるんだったら、毎晩家に帰ってくるのが楽しみになる。別に柊は何もしなくていいんだよ。いてくれるだけでいいんだ」

「ううん。そういう問題じゃない」

 

 柊は元々低い声をさらに低くする。

 楡を突き放すためにわざと棘棘とげとげしい言い方を選んだのだ、と楡は察する。



「じゃあ、どういう問題?僕のことが嫌い?」

「いや、楡のことは好き。でも、そういう問題でもない」


 柊に「好き」と言われたことに舞い上がれるような雰囲気ではなかった。

 柊の目の輝きが徐々に失われていき、生に絶望した者の目に変わる。柊が楡に対してひた隠しにしていた闇が、彼女を飲み込む。


 楡はさとる。柊の次の一言は2人の関係を大きく変える。

 もしかしたら、楡に対する最後通牒さいごつうちょうとなる。

 

 柊を止めなければ。柊に次の言葉を発させてはならない。

 

「柊、もうやめて」


 楡の制止を無視して、柊はついに告白する。



「私、殺人遺伝子さつじんいでんしを持ってるの」

 予約投稿4日目です。

 この話でようやく「殺人遺伝子」という単語が出てきました。こういうSFチックな道具が出てくると、なろうの小説っぽいですね(笑)

 実際、僕が一番最初になろうに投稿した「フィクション殺人事件」という作品を読んでいただけると分かるのですが、元々の僕は地に足のついた現実的なストーリー志向でした。

 ところが、なろうで他の方の作品などに触れている内に、空想的な概念を入れたストーリーも面白いな、と思うようになり、果てには他の作者様に憧れてタイムループものなんかも書いてしまうようにもなり、無事脱皮を果たせたわけです(笑)

 本作は、僕の中では当初の本格ミステリ路線と最近のファンシー路線の融合といういわば集大成的な位置づけになっています(若干前者寄りかもしれませんが)。

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