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殺人遺伝子  作者: 菱川あいず
第4章
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宿命(5)

「どういうこと?」

 有菜ママは唖然あぜんとした表情を見せる。

 彼女は自分が追い詰められていることに気付いていなかったということだろうか。それとも、ネガティブな可能性を無意識的に排除はいじょしていたということだろうか。



「有菜さんは、僕が何のために柊を誘拐したのか分かっていますか?」

「誘拐犯の気持ちなんて分かる訳ないじゃない」

「GPS機能を使って柊の携帯電話の所在を確かめたとき、柊の携帯電話はどこにありましたか?」

「最初は東京にあって、そこから千葉に、この家の方角へと進んでいった」

「僕が何をするために柊を東京に連れて行ったか分かりますか?」

「何のため?……まさか……」

 有菜ママの目が泳ぎ始める。

 先程来さきほどらい見せ続けていた能面のうめんのような不敵ふてきみは完全に失われていた。



「気付いたようですね。僕は柊を霞ヶ関の殺対本部に連れて行ったんです。もちろん、遺伝子検査をさせるために」

「……で、でも、ここに柊がいないということは、柊は途中で逃げたのよね?」

「柊が逃げたのは殺対で遺伝子検査を受けて、陰性の結果が出た後です」

「そんな……」


 柊が遺伝子検査を受けた-このことの意味は、生き延びるために殺対の制度を知悉ちしつせざるをえなかった有菜ママには一瞬で分かるはずだった。


 柊が遺伝子検査を受ければ、殺対は柊のDNAを遺伝子版戸籍に登録することになる。その際、チョンボ防止のために柊のDNAとダブるDNAが既に戸籍に登録されていないかどうかをチェックする。

 そこで殺対は気付くはずだ。柊のDNAが、すでに「小美濃有菜」のDNAとして登録されていることを。そうすれば、当然、殺対は12年前の有菜ママと柊のDNA入れ替えの真実に辿たどり着くことになる。

 つまり、霞ヶ関で柊が検査を受けた段階で、有菜ママが殺対に殺されることは既に確定しているのである。

 おそらく、殺対は今、血眼ちまなこになって有菜ママを探している。もっといえば、有菜ママが佐渡殺しの犯人であることもバレているのだから、警察だって有菜ママを追っている。

 この場で有菜ママが澄花をほうむったところで、もう手遅れであり、何も状況は変わらない。



「有菜さん、僕は有菜さんを国に突き出すようなことはしません。今すぐどこか遠くに逃げてください」


 有菜ママは佐渡を殺害している。それは社会的に許されることではない。

 

 そして何より、楡は、有菜ママが澄花にしたことを許すことはできない。

 有菜ママに裏切られたことは、間違いなく澄花の心に大きな傷を残している。それに、1年前、楡がたまたま千葉駅に居合わせなかったら、澄花はホームから飛び降りて死んでいた。今だって、柊が遺伝子検査を受けたことを聞いてさえいなければ、有菜ママは澄花を殺していたはずだったのである。

 楡が愛する澄花に対して、有菜ママはあまりにもひどいことをし続けているのである。

 

 とはいえ、有菜ママが殺対によって処分されるべきかといえば、それは違う気がする。

 有菜ママは殺人遺伝子を持っている。科学的な証明はないとはいえども、有菜ママの性格や行動に殺人遺伝子が作用している可能性をいなむことまではできない。

 ただ、有菜ママが佐渡を殺し、澄花を殺そうとしたのは、殺人遺伝子のせいではない、と楡は思う。

 殺人遺伝子のせいではなく、殺人遺伝子保有者を抹殺するという国の制度のせいだ。

 

 殺人遺伝子撲滅法が制定されるまで、有菜ママは普通に生活していたのである。決して人には話せないような劣悪な家庭環境にありながらも、犯罪とは無縁の生活を送っていたのである。

 それにもかかわらず、殺人遺伝子撲滅法が有菜ママの人生を一転させた。有菜ママの人生は、違法な行為をしない限り生活が守れないような人生へと変わってしまった。

 佐渡を殺したのだって、澄花を殺そうとしたのだって、有菜ママがこの国で柊とともに暮らすためのやむをえない選択だった。

 裏を返せば、この国が殺人遺伝子保有者を迫害はくがいしなければ、有菜ママが凶行きょうこうに走ることはなかったといえる。


 だから、楡は有菜ママを国に突き出す気にはなれなかった。有菜ママはこの事件の犯人であると同時に「被害者」なのである。



 うなだれるように顔を下に向けた有菜ママは、澄花へと向けていた銃を下ろした。

 しかし、楡がホッとしたのもつか銃口じゅうこうと同時に、怒りに満ちた目が楡へと向けられた。



「……あんた、よくも殺対にバラしてくれたわね……許さない…」

 

 生命の危機に、意識よりも身体が先に反応した。

 しゃがんだ楡の頭上を銃弾じゅうだんが通り抜ける。

 次の弾を装填そうてんする前に、楡は無我夢中むがむちゅうで有菜ママへと飛びかかった。



「離して!」

 銃を持った右腕を掴んだ楡の手を振り払おうと、有菜ママが抵抗する。



「有菜さん、落ち着いてください!さわがしくすると警察が来てしまいます!」

「自分が無関係だからってえらそうな口きかないで!私はあんたを許さないから!」

「痛っ…」

 有菜ママが振り回した左手のつめが、楡の目に入り、楡がひるむ。

 目がつぶれたのかと思うくらいの激しい痛みが襲ってくる。

 

 その直後、近くでカチャリという音がした。

 有菜ママが銃弾を装填したのである。


 -ヤバい。楡は有菜ママの持っている銃を必死で掴もうとするが、傷付いた目では焦点が定まらず、くうる。


 あっと言う間に、楡のひたいに黒い銃口が突きつけられる。



「死ね」

 腹の底から響く低い声は、まるで有菜ママの中にいる悪魔が発しているかのようだった。


 楡は思わず目を閉じる。


 死への恐怖が、人生の幕切れのシーンから目をらさせたのだ。




「やめて!!」

 ヒステリックな声が楡の目を開かせる。

 楡の背後で澄花が叫んだのだ。

 澄花の声に呼応するようにして、楡に向けられていた銃口が楡とは別の方向に向く。

 それが澄花を狙ったものだと気が付くのにはしばらく時間がかかった。


 楡が焦り出した頃には、既に銃は床へと落ちていた。

 


 銃に少し遅れて、有菜ママの身体が床に落ちる。

 パンに生えるかびのように、有菜ママを中心として赤い染みが絨毯じゅうたんに広がっていく。



「澄花……」


 楡は、かたわら呆然ぼうぜんと立ち尽くす少女の方を振り返る。



「楡、やっぱり私、人殺しになる宿命しゅくめいだったみたい」


 澄花が微笑ほほえむ。


 

 表情とは裏腹うらはらに、血のしたたる包丁を握る澄花の手は、ガタガタと震えていた。




(了)




 とする予定でした。本来のプロット的には。

 しかし、こんなシュールな終わり方はなろうらしくないですし、澄花と楡のこの先も書きたくなってきたのでもう1話続きます。最終話を単なるオマケとしないために、もう一つだけ伏線もとっておいてあります。楽しみに待っていただけるとありがたいです。


 さてさて、皆様のご支援のおかげでついに作品評価が1500ptを突破しました。夢を見ているようです。本当にありがとうございます。


 最終話で、おそらく本編以上の長さの後書きを書くことになるので、本話の後書きは簡単なものにとどめたいと思います(笑)

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