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殺人遺伝子  作者: 菱川あいず
第4章
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宿命(3)

 柊と有菜ママの遺伝子のすり替え-血の繋がりはないとはいえ、「母」が「娘」に殺人遺伝子をなすりつけたということになる。



「私も、澄花と同じ孤児だった。ただ、澄花とは違って、短い間だったけど私には血のつなががった両親がいた。パパは暴力団組員で、私が生まれてすぐに蒸発んだ。行方不明になる前は、対立する組の人を平気で殺してたみたい。ママにも放火と窃盗の前科があった。パパとは刑務所で知り合ったみたい。ママは、私が9歳の頃、万引きがバレて、追跡ついせきする警備員から逃げるために道路に飛び込んだところをトラックにかれて御陀仏おだぶつ。両親以外に親戚しんせきが誰もいなかった私は晴れて孤児になった」


 澄花と違って赤ちゃんポストに捨てられてはいないとはいえ、有菜ママの人生の方がマシだ、とは到底言えない。そのことは、両親に対する愛情も敬意も一切感じられない有菜ママの説明口調からも伝わってきた。



「どうしようもない両親だとは思うよ。それでも、この世に生を授けてくれた両親に対して、感謝こそすれど恨むことはなかった。私が19歳のときに殺人遺伝子撲滅法が制定されるまではね」

 有菜ママは大きな溜息ためいきをつく。



「殺人遺伝子撲滅法は、私に恐怖を与えた。両親には間違いなく犯罪傾向はんざいけいこうがある。両親のどっちかが殺人遺伝子を持っていて、私にもそれが引き継がれている可能性は十分にある」


 錦糸町の喫茶店でいちかが話していた通り、ネーミングに反して、殺人遺伝子が親和性を持つ犯罪は殺人だけではない。甲本教授が論文で指摘したのは、殺人、放火、強盗、強姦などの凶悪犯罪と17番目の染色体のDNA配列との関連性である。有菜ママが、両親が殺人遺伝子保有者であると疑うことには合理性がある。



「私は、私が殺人遺伝子保有者かどうかをハッキリさせたかった。とはいえ、もちろん殺対に検査してもらうわけにはいかない。だから、当時付き合ってた佐渡にあるお願いごとをした」

「お願いごと?」

「そう。殺対のノウハウとキットを使って、こっそり私の遺伝子を検査して、って頼んだの」

「ちょっと待って下さい。そんなことできるはずがありません。殺対に忍び込んで、勝手に遺伝子検査をするだなんて……」

「当時、佐渡は殺対の職員だったの。偶然じゃないよ。どうしても遺伝子検査を受けたかった私は、ネット上で殺対の職員を探して、アプローチを掛けたの。まあ、佐渡はすごく良い奴だったから、結果として10年以上付き合ったわけなんだけど」


 たしかに、佐渡が殺対の職員だったのであれば、同僚どうりょうの目を盗んで、秘密裡ひみつりに遺伝子検査を行うことは可能であるように思える。



「佐渡は私のお願いごとをこころよく引き受けてくれた。佐渡には私の家庭環境について説明してたから、私の心配も分かってくれてたし、私に同情もしてくれてた。本当に良い奴だった」

 

 有菜ママと柊との間で遺伝子の交換が行われていたとするならば、佐渡を殺したのは有菜ママということになる。

 有菜ママは自己が手に掛けた男を懐かしみ、恍惚こうこつの表情を浮かべた。



「佐渡に頼んだ遺伝子検査の結果、私のDNAからは殺人遺伝子が検出された。佐渡の報告を聞いたとき、覚悟していたとはいえ、すごくショックだったな。私は佐渡と一緒に三日三晩みっかみばん泣き続けた」


 楡は、澄花から殺人遺伝子保有者であることを告白された夜のことを思い出す。当時の有菜ママと佐渡の姿が、澄花と楡の姿と重なって、むねめ付けられる思いがする。



「死刑宣告を受けたことによって、私が何よりもショックだったのは子供を育てられないまま人生を終えてしまうことだった。私、子供が好きなの。私に捨てられた澄花には信じられないかもしれないけど」


 澄花は、有菜ママの目配めくばせに反応することなく、神妙しんみょう面持おももちで有菜ママの話を聞き続けていた。



「自分が殺人遺伝子保有者であると分かった以上、子供を産むわけにはいかない。1/2の確率で殺人遺伝子を受け継いじゃうからね。子供に私と同じ思いをさせるわけにはいかないでしょ。そして何より、仮に私が子供を産んだとしても、私はその子を育てることができない。私はすぐに殺対に連行されて殺されちゃうから。でもね、絶望に打ちひしがれてた私に対して、佐渡はある提案をしてくれたの」

「提案?」

「そう。私が子供を育てるためのとっておきの方法を提案してくれたの。孤児を引き取って、引き取った孤児とDNAをすり替えること。それが佐渡の提案だった」


 有菜ママはその提案に従い、柊を引き取り、柊とDNAを交換したということだろう。



「どうしてそれがとっておきの方法なの?」

 楡が抱いた疑問と同じ疑問を、澄花が口にする。



「私と血の繋がりのない孤児を引き取れば、もちろんその子は殺人遺伝子を持っていない。そして、その子とDNAをすり替えれば、私はその子が検査対象となる時期まではその子を育てることができる」


 殺対の遺伝子検査は16歳まで猶予されている。どうやらその猶予期間を利用するということらしい。



「どういう意味?」

 澄花が再び疑問をはさむ。



「言うまでもなく私が引き取った孤児は柊。当時3歳だった。遺伝子検査のとき、私は柊のDNAを借りて、それを自分のDNAとして提出する。すると、遺伝子検査の結果は陰性になるから、私は殺対に殺されないで済む。もちろん、それをしてしまえば、柊のDNAが私のDNAとして戸籍に登録されることになるから、柊が遺伝子検査を受けた瞬間にDNA交換のインチキはバレる。再検査によって私が殺人遺伝子保有者であることがバレる。それでも、柊が検査対象となる16、7歳になるまでの時間は稼げる。それまでの間、私は柊を育てることができる」


 苦肉くにくさくである。

 たしかに「子供を育てたい」という有菜ママの願望は一応は叶えられている。

 しかし、その子供は血の繋がった子供ではないし、しかも、その子が大人になるまで育て切れるわけでもない。普通の人が普通に望む「子育て」の姿とは程遠ほどとおい。

 ただ、殺人遺伝子保有者である有菜ママには、他の手段は選べなかったのだ。有菜ママにとって、佐渡の提案はまさしく夢のようなものだったのだろう。



「遺伝子検査の日、私はそでの中にDNA採取用の棒を隠し持ってた。その棒は殺対で働く佐渡からくすねてもらったもので、実際の遺伝子検査で使われるものと同じ仕様のもの。そして、その棒の先端には、前日に採取した柊の口腔内細胞こうこうないさいぼうを付けておいた。母親という立場があれば、当時5歳の柊から歯磨はみがきのついでに口腔内細胞を採取することは容易だったわ」


 有菜ママは淡々と説明を続ける。



「DNAのすり替えはそんなに難しくないだろう、と殺対の検査の実情を知っている佐渡から聞いてた。殺対の検査官は大抵たいていが非正規でやる気も経験もないからね。検査官が口腔内細胞を採取して、私の口から棒を引き抜こうとしたときに、『痛い!』と叫んで、私は検査官から棒を奪い取った。そして、手品の要領で、その棒と袖の中に隠しておいた棒を取り替えた。これですり替え完了。あとは『取り乱しちゃってごめんなさい』とか言いつつ、柊の遺伝子の付いた棒を検査官に返すだけ」


 単純なトリックであるが、検査官にとっては盲点もうてんだったのだろう。まさか有菜ママが殺対専用の遺伝子採取棒を持っているとは思いもしないからだ。



「このすり替えによって、私は期限付きの命を手に入れた。柊が16、7歳になるまで柊の世話をする権利を手に入れた。当時はそれだけでも幸せだった。でも、人間は欲深よくぶかい生き物だから、あるものが手に入ると、さらに次のものが欲しくなっちゃうの」

「何が欲しくなったんですか?」

「私、佐渡と一緒に柊を育てて、柊の成長を見守るうちに、柊と別れたくないと思うようになってきちゃったの。柊が成人してからもずっと柊と一緒にいることを望み始めちゃったの」


 人間として、いや、母親として当然の欲望だと思う。柊を育てる時間を重ねるほど、柊に対する愛情はつのっていくはずであり、柊とは別れがたくなってくるはずだ。

 それなのに、柊の遺伝子検査の日を境に今生こんじょうの別れだなんて、あまりにもつらすぎる。

 有菜ママの感情は楡にも理解できた。


 しかし、有菜ママの次の発言には戦慄せんりつが走った。



「私は、柊といつまでも一緒にいるために、私の身代わりになる孤児を探すことにした。私の代わりに死んでくれる孤児を。それが澄花、あなたなの」


 節分の日に、鬼のお面を被った妹に向かって、ボカボカと力一杯豆を投げ続けている自分を客観視して、「あ、ストレスが溜まっているな」と気付きました。

 それもそのはず、昨日まで3週間ほど休みなく働いており、本業である(←)執筆がほとんどできていなかったのです。


 ということで、約1週間ぶりの更新になりました。更新をしないとPV数も読者様からの反応も当然に減ってくるので、寂しかったです(完全なる自業自得ですが)。そんな中、今日twitterでエゴサしたら「殺人遺伝子面白い」というツイートがあり、かなり励まされました。やっぱりエゴサはやめられないですね←ぇ


 あと2話か3話で完結します。完結したら、全体を手直しした上で何かしらの賞レースに申し込もうと思うのですが、何が良いですかね?ライトノベルにしては固すぎるし、かといって「このミス」とかに応募するにはハーレム過ぎるし(苦笑)

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