表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺人遺伝子  作者: 菱川あいず
第3章
44/55

暴露(2)

「……楡、私を殺すの?どうして?」

 顔をおおっていた手を外し、包丁の刃先が自分に向いていることを確認した柊が、楡に問う。



「とりあえず僕の話を聞いてくれ。そして、僕がする質問に正直に答えてくれ。分かった?」


 柊は、包丁に首がかすってしまわないように、小さな動作で頷いた。



「僕は柊に対してある疑いを抱いている。その疑いを抱くきっかけになったのは、僕が柊に誕生日をいたことだった」

 今から7ヶ月くらい前のことだ。楡は日頃家事を頑張ってくれている柊にむくいる機会はないかと考え、軽い気持ちで柊に誕生日を訊いてみた。



「柊は自分の誕生日を僕に教えてくれなかった。何度訊いてもだ。柊が僕に対して誕生日を隠すべき理由なんて見当けんとうもつかない。僕は柊に不審感ふしんかんを抱いた」


 その不審感を晴らすため、楡は柊の保険証をのぞき見たのだった。



「6月14日に誕生日を祝うために柊をカラオケボックスに呼んだとき、柊は驚いていた」

「それは、楡が誕生日を祝ってくれるだなんて想像もしてなかったから」

「いや、違う。あのときの柊はサプライズに驚いていたようには見えなかった。装飾そうしょくされた部屋とテーブルの上のケーキを見ても、柊はピンと来てなかったんだ。まるで、6月14日が一体何の日なのかが分かっていないようだった」

 

 あのときの柊ははと豆鉄砲まめでっぽうを食らったような顔をしていた。

 その様子を見て、楡は思った。

 もしかして、柊は誕生日を隠していたから答えなかったのではなく、自分の誕生日を知らなかったから答えられなかったのではないかと。



「それから、あの日、僕が勝手に柊の保険証を見たことを告げると、柊は怒った」

「プライバシーを侵害しんがいされたんだから、私が怒るのは当然じゃない?」

「それはそうなんだけど、僕には少し引っ掛かることがあった。あのとき、『見たのは保険証だけ?携帯は?』と柊は僕に訊いた。柊は僕に携帯を見られたくないようだった」

「それも当然でしょ。別に見られてもやましいことは何もないけど、できれば携帯は見られたくない」

 柊に言われるまでもなく分かっている。

 携帯を見せないから何か隠し事をしている、と考えることは論理が飛躍ひやくし過ぎている。なんとなく怪しいとは思うが、それ以上ではない。



「それに、そもそも二人が出会ったときの千葉駅での柊の行動はオカシイんだ」

 これは当時は全く気にならなかった。

 しかし、柊への疑念ぎねんが強まってきた最近になって考え直してみたところ、当時の柊の行動に矛盾むじゅんを感じるようになった。



「……オカシイ?何が?」

「柊の話によれば、柊はあの日、遺伝子検査の結果、殺人遺伝子が見つかったために、検査官から逃げてきた。そうだよね?」

「うん」

「でも、その数時間後には千葉駅のホームで飛び降り自殺を図ろうとした。そうだよね?」

「うん」

「矛盾してないか?」

「何が?」

「なんで殺人遺伝子保有者として殺されないために無理矢理逃げてきたのに、その数時間後に飛び降り自殺を図ったの?死ぬ気があるんだったら、検査官から逃げる必要はないじゃないか」


 柊は即答そくとうする。



「別に矛盾してないよ。検査によって殺人遺伝子が見つかったとき、私は突然の出来事にテンパっちゃって、深く考えないままに逃げ出したんだ。だけど、逃げ切った後に冷静になって気付いたの。『そこまでして生きてても意味がない』って」


 その反論は想定済みである。



「だったら、殺対に自首すればいいじゃないか。殺対だったら、殺人遺伝子保有者を安楽死させてくれる。苦しまないように殺してくれる。だけど、駅のホームから飛び降りた場合には、決して楽には死ねない。もしかしたら死に切れない可能性もある。ホームから飛び降りるという柊の選択は合理的じゃないんだ」

 

 ホームから飛び降り、高速で走る電車に()かれるということは、単に生命を失うことを超えた恐怖がある。

 楡の母親がホームから飛び降りたのは、急におそってきた筋繊維痛症きんせんいつうしょうによる身体の痛みから逃れるための咄嗟とっさの行動だった。

 考える余裕があり、しかも、ホームから飛び降りる以外にもあの世に行く選択肢がある場合には、ホームから飛び降りるなんてことは、普通はしない。


 柊は反論して来なかったが、決して納得しているわけではないことは、楡をにらみつける様子から明らかだった。



「それから、さっきだってそうだ。柊はまた矛盾した選択をした」

「何?」

「僕が『殺対に突き出す』と言ったとき、柊は断固だんことして拒絶きょぜつした。それなのに、僕が包丁を持って『殺す』と言ったときには、柊は『いいよ』と答えた」

 

 楡が柊に包丁を突きつけたのは、このことを試すためでもあった。

 2つの死に方を提示したときに、柊が、出会ったときと同じような不合理な選択をするかどうかを実験したかったのである。



「殺対に突き出した場合には、柊は安楽死させられる。他方、僕が包丁で柊を殺すとなれば、柊は痛く苦しい断末魔だんまつまを迎えることになる。どっちがマシな死に方なのかは言うまでもないよね」

「……楡、何が言いたいの?単に私がお利口な選択ができないだけの話でしょ。私、バカだからさ」

「違う。きっと柊は殺対を恐れているんだ。柊にとって殺対の人に捕まることは死ぬよりも怖いことなんだ」


 楡の推理によれば、柊が殺対をおそれている理由は、殺されてしまうからではない。

 柊が恐れているのは安楽死前の確認としてなされる再検査である。



「そして、僕が柊に対して疑念を抱く最大の理由。それは……」

 この理由がなければ、楡の柊に対する不審感が具体的な形を持つことは絶対になかった。



「それは、柊が人を殺すはずがない、という僕の確信だ」

 

 -そうだ。柊が人を殺すはずがない。

 たしかに柊の無実を証明する客観的証拠はない。

 しかし、約一年間の日々を柊と過ごしていた楡には分かっていた。

 柊はよく笑い、よく泣く、普通の女の子である。突拍子とっぴょうしもなく人を殺してしまうようなことは絶対にない。

 むしろ、どんな状況に置かれようとも、柊には殺人という選択肢が浮かばないはずだ。

 柊は優しい。楡よりもはるかに優しい。




 柊は黙っていた。その態度は、楡の推理を正しいと認めているようにも、楡の推理があまりにめちゃくちゃであきれているようにも見えた。



「君にここで質問がある。正直に答えてくれ。さもなくば君を殺す」


 柊はゴクリと息をんだ。



「君は安原柊ではないね?」




 

 目の前の少女は安原柊ではない。

 これが楡の推理が導く帰結きけつだった。


 少女は安原柊ではないから、安原柊の誕生日を把握していなかった。

 少女は安原柊ではないから、楡に携帯電話を見られたくなかった。

 

 さらに、少女は安原柊ではないから、殺対に再び遺伝子検査をされることによって、安原柊と遺伝子情報が一致しないことが分かり、正体がバレることを恐れた。

 

 そして、少女は安原柊ではないから、殺人事件の現場に安原柊のDNAが残留ざんりゅうしていたとしても、少女が犯人だということにはならない。



 もっとも、楡の推理は完璧には程遠ほどとおい。

 少女が安原柊でないと仮定すれば説明できることよりも、むしろ逆に説明できなくなることの方が多い。

 少女が安原柊でなければ、どうして自分が安原柊であるフリをしているのか。

 どうして楡の家に避難ひなんしているのか。

 どうして駅のホームから飛び降りようとしたのか。

 どうして安原柊の保険証を持っているのか。

 どうして楡に殺人を自白したのか。

 出会った日、少女は誰かに追われていたが、それはなぜなのか。

 

 だから、楡の推理単体では何の役にも立たない。


 結局は目の前の少女の自白を待つしかないのである。


 少女に、自分が安原柊でないことを告白させる準備として、楡には少女から引き出さなければならない気持ちがあった。

 それは「生きたい」という気持ちである。


 少女に「生きたい」という気持ちがなければ、こうして楡が包丁を突きつけながら真実を話すように迫っても、一切効果はないだろう。

 少女に「生きたい」という気持ちがなければ、「殺人遺伝子保有者であり殺人犯である安原柊」という死すべき存在から脱皮だっぴしようとは思わないだろう。


 だから、先ほど、少女が「楡と一緒に生きたくなっちゃった」と言ってくれたことは、とても大きなことだった。


 少女は「生きるため」にきっと真実を話してくれる。





「楡の言う通りだよ。私、安原柊じゃない」



 楡はホッとすると同時に、柊に突きつけていた包丁を降ろす。




「楡、ありがとう。私の中の『柊』を殺してくれて」



 しがらみから解放された少女は、柔和にゅうわ微笑ほほえんだ。





「じゃあ、君の本当の名前を教えて」

飯野澄花いいのすみか。水がむ、の『すみ』に、『はな』って書いて澄花」

「いい名前だね」

「ありがとう。でも、楡と樹木仲間じゅもくなかまじゃなくなっちゃったね」

「だけど、『花』だったら『楡』と植物仲間だよ」

「何それ。無理矢理じゃん」

 澄花は笑いながら泣いた。

 楡の目からも涙があふれてくる。



「澄花」

「楡、何?」

「澄花のこと愛してる」


 楡は澄花の華奢きゃしゃな身体を抱きしめると、すれ違っていた今までの日々を取り返すかのように、長い長い口づけを交わした。


 まず初めに、5万PVを突破しました。皆様の大きな支えを日々噛み締めております。ありがとうございます。


 はい。ついに「安原柊」を殺してしまいました。そして、「安原柊」は「飯野澄花」に生まれ変わりました。転生ではないですよ。ここに来てテンプレに翻ったりはしませんww

 次話、次々話あたりで、「少女が安原柊でないと仮定すると説明できないこと」についてワーッと説明をしていきたいと思います。おそらく書いていても読んでいても一番楽しい部分なのかな、と思います。



 先日、今話題のアニメ映画「この世界の片隅で」を見に行きました。

 想像していたよりも500倍くらい面白かったです。戦争映画なのに、泣かせる映画ではなく笑わせる映画なんですよね。そこが斬新で、逆に当時の様子を生生しく伝えているように思えました。悲しみから目を反らすためのユーモアってやつです。


 で、僕が紹介したいのは、「この世界の片隅で」の片渕須直監督の毎日新聞社のインタビューに対する回答です。「このインタビュー記事を読んでいる人に向けて最後に一言をお願いします」と記者に頼まれたときの片渕監督のお言葉があまりにも素敵なので引用します。


……

 「みんなで幸せになろう」です。「どっちの作品の方がいい」と言い争って順位を決めるのではなくて、「みんな面白い」ってことになればいいんじゃないでしょうか。作り手も、出演者も、上映をしてくれた方、間に入って映画を紹介してくれた方、お客さん……みんなで幸せになりたいですね。

……


 おそらく、「君の名は。」と比較されることに対するストレスも若干こもった発言なのですが、僕はこの発言にとても共感しました。

 「小説家になろう」内でも、サイト全体として一つでも多くの面白い作品が生まれるように、作者同士が手を取りあれば理想だな、と思います。


なろうのみんなで幸せになろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ