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殺人遺伝子  作者: 菱川あいず
第3章
38/55

箝口(2)

 楡の頭が一気に混乱する。

 そんなはずはない。だって、だって……



「あのとき、僕の携帯を見て、いちかは言ったよね?『彼女の写真があった。可愛い子だね』って」

「だから、それは嘘なんやって。彼女の写真なんて見とらん」

「……どういうこと?」

「アラマロや」

「え?」


 いちかの発した単語の意味が、楡には咄嗟とっさに分からなかった。



「『パティスリーアラマロ』。うちがにれっちに勧めたケーキ屋さんや」

「あぁ……」

 

 初めて2人きりで会った喫茶店で、ケーキ好きを自称したいちかは、楡の家のそばにある美味しいケーキ屋さんを紹介した。そのケーキ屋さんの名前が、「パティスリーアラマロ」だった。



「にれっち、あそこに行ったやろ?」

「……うん。一度だけ」

「ショートケーキを1ホール買ったやろ?」

「……なんで知ってるの?」


 「パティスリーアラマロ」には1人で行った。

 過去にいちかに「パティスリーアラマロ」に行ったことを話した覚えはない。ましてや何を買ったのかなどは絶対に話していない。いちかが知っているはずはない。




「あのとき、たまたまうちもアラマロにいたんや」

「え?」

「お気に入りの店なんやから、うちが行くのは当たり前やろ。津田沼なら東京から1時間足らずで行けるしな」


 そうか、あの日、いちかはアラマロにいたのか。でも、それならばどうして……



「どうして声を掛けてくれなかったの?」

「……怖かったんや」

 いちかは唇をめた。

 涙が込み上げてくるのを必死で我慢しているのである。



「うちは、にれっちがショートケーキをホールで注文しているところを見てもうた。そんなもん注文するなんて、大事な人をお祝いする場合に限られるわな。で、にれっちは一人暮らしやんか」


 「怖かった」といういちかの気持ちが分かった。

 もちろん、交際相手ではなく、友達の誕生日を祝うためにホールケーキを注文している可能性もある。

 ただ、楡に好意を抱いていたいちかは、それを楡に確認することが怖かったのである。



「でもな、にれっちとイタリアンに行ったとき、ハッキリさせようと思ったんや。にれっちに彼女がいるかどうか。あのときはお酒も回っとったから。それで、にれっちの携帯の画像フォルダを見ようと思った。でもな……」

 ついにあふれてきた涙を、いちかが手でぬぐう。



「見れんかったんや。ロックが掛かっとって」

 

 そうだ。楡は携帯にロックを掛けていたはずだ。

 あの日、いちかと別れた後に携帯電話を確認したところ、ロック機能に異常はなかった。



「でも、いちか、僕がいちかから携帯を取り上げたとき、携帯のロックは外れてたよ」

「ロックを解除したのはうちや」

「……え?どうやって?」

 ロックの解除方法は、指紋認証、もしくは、4桁のパスコードの入力である。



「パスコードをうちが入力したんや」

「……え?なんでパスコードが分かったの?」 

 楡の携帯のパスコードは、「7777」とか「1234」などといった簡単なものではない。短時間でいちかが推測できるようなものではない。



「にれっちは単純過ぎるんや。パスコードは『0614』やろ」

「合ってる……」

「『0614』、つまり、6月14日は、うちがアラマロでにれっちを見た日や」

 

 楡は全てをさとった。

 同時に、いちかに対して申し訳ないという気持ちが込み上げてくる。



「うちがアラマロでホールケーキを買っているにれっちを目撃したっちゅうことは、6月14日はにれっちにとって大切な人の誕生日っちゅうことやろ。親兄弟や友人の誕生日を携帯のパスコードに設定する奴なんておらんよな」

 いちかは詰碁つめごのように論理を展開した。ただし、つぶしきったのはいちか自身の呼吸点こきゅうてんだった。



「にれっち、彼女の誕生日を携帯のパスコードに設定するなんて、単純過ぎるで」

 

 保険証で柊の誕生日を確認した楡は、即座に自身の携帯のパスコードを柊の誕生日である「0614」に変更した。

 柊の誕生日を忘れないため、である。

 もちろん、単純に、柊が好きだったから、という理由もある。



「まさか、うちが教えたケーキを彼女の誕生日祝いに使われるなんてな。みじめやなあ」

 

 楡は、いちかに勧められたケーキを、カラオケボックスで柊をお祝いするのに使った。いちかが楡に好意を持っていることを知りながら。最低だ。



「……いちか、ごめん。僕が無神経だった」

「ええで。アラマロの美味しいショートケーキはみんなのもんやからな」

 

 いちかは強い。そして、優しい。

 いちかは、いちかを傷つけてばかりの男に対して、笑顔を見せていたのだ。



「まあ、とにかく、『0614』のパスコードでにれっちの携帯のロックが解除できてもうた段階で、にれっちには彼女がおることをうちは知ってしまったんや」

 いちかは大きなめ息をついた。



「しかも、にれっちのホールケーキの正体が彼女への誕生日祝いやったことも同時に知った。これだけ知ったら十分。画像フォルダまでのぞく必要ないやろ」

「だから画像フォルダを見ないまま、『彼女の写真があった』って言ったということ?」

「せやで。どうせあるに決まっとるしな。実際にあるかどうかを確認できるほどにはうちのメンタルも強くなかったってことやな」

「ごめん」

「……ええで。もう過ぎたことやから」

「ごめん」


 楡が、再び笑顔を作ろうとするいちかの肩を抱き寄せると、いちかは子供のように声をあげて泣いた。


 皆様のご支援のおかげで、PV数が3万を超えました。

 菱川作品史上、最大のPV数(「タイムループは終わらせない」の2万6800PVが過去最大)です。本当にありがとうございます。

 また、本日1月6日のランキング(ジャンル別「推理」)では、久しぶりに日間ランキングを取り返し、日間1位、週間1位、月間2位です。感謝がやみません。ありがとうございます。


 私事ですが、今まで社会人経験のなかった菱川ですが、今日から働くことになりました。

 上司からは「うちは電通ほど甘くない」と脅されているので、今、職場前のマックでガクブルしています。

 更新ペースが遅くなるとは思いますが、「殺人遺伝子」は確実に完結させます。何日か更新が滞っても心配しないで下さい。

 さすがに1ヶ月くらい更新が滞ったら、そこで初めて過労死を疑ってください←ぇ

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