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殺人遺伝子  作者: 菱川あいず
第3章
37/55

箝口(1)

 殺人犯安原柊の顔写真は、メディアの拡散力によって、もはや日本全国に流布るふしていた。

 殺人遺伝子保有者による殺人、しかも犯人は18歳の美少女。ニュース、ワイドショー、ネットの掲示板にとって、これほど美味しいえさはない。柊の事件についての報道をなるべく見ないようにしていた楡の目にさえ、嫌でも事件のことが入ってきた。


 世間はこんな状態なのだから、柊は外出することができない。全国民が柊の顔と名前を知っているのだ。変装したとしても確実にバレる。


 今の柊は指名手配犯なのだから、フランスへ国外逃亡ができなくなったことは言わずもがなである。


 同時に、柊は殺人遺伝子保有者でもあるため、事件の捜査において柊の人権が守られることもない。

 それだけでなく、殺人遺伝子撲滅法は、殺人遺伝子保有者を刑法199条の殺人罪の客体きゃくたい、つまり「被害者」から除外している。どうせ処分しなければならない存在なのだから、国が処分しようが一般人が処分しようが変わらず、むしろ後者の方が国の手間が省けるので好都合である、という配慮から、殺人遺伝子保有者を殺した者は罪に問われない仕組みとなっている。西部劇の指名手配犯さながらに、柊はまさしく「生死を問わず」に捕まえられてしまう状態にあるのだ。


 柊にとって、この世界は地獄よりも生きにくい場所になってしまった。



 柊は、楡に事件のことについて語りたがらなかった。

 なので、柊が殺害した男性-佐渡京貴さわたりひろきと柊が一体どんな関係なのかについては分からない。


 性交渉があったことからすると、柊とは恋人同士だったのかもしれない。

 ただ、佐渡の年齢は38歳である。柊より20歳、楡と比べても10歳も年上なのである。

 そんな男性と柊が交際していたということはありえるのだろうか。

 それに、柊はこの10ヶ月あまりの間、楡の家からほとんど出ていない。そんな柊が、楡の知らないところで男性と交際していたことなどありえるのだろうか。


 -ありえないわけではない。

 女性は年上の男性に憧れるものだ。柊くらいの年齢ならば特に。

 それに、現に柊は、楡の家にいるはずだった時間に外出し、市川まで移動し、佐渡を殺害しているのである。

 柊が家でずっと大人しく留守番していたと思っていたのは楡だけで、実は柊は、楡が修習に行っている時間、日頃から外出していたのかもしれない。



 柊が楡以外の男性と肉体関係を結んでいたことは、楡にとっては、柊が殺人を犯したことよりもショックだった。


 たしかに楡と柊は付き合っていない。単なる楡の片想いである。

 しかし、柊の性交についての報道を初めて見たとき、楡は心臓をナイフでえぐり取られるような気分だった。

 くやしくてむなしくて、佐渡のことを恨めしく思った。

 彼がすでにこの世を去っていることを愉快に思う気持ちすらいた。


 ただ、柊を楡の家から追い出し、柊にとっての唯一のシェルターを取り上げてしまうことは、間違っていると思った。

 柊は決して楡を裏切ったわけではない。そもそも楡の柊に対する信頼自体が筋違いだったのである。

 柊にとって、楡は単なる庇護者ひごしゃであり、それ以上の存在ではない。楡が勝手に勘違いして、柊に対して勝手に恋愛感情を抱いているだけの話なのだ。

 そんなひとがりな嫉妬心しっとしんを柊に当てつけるだなんて、柊にとってこんな迷惑な話はない。




 楡には、これから先、どうすべきかが全く分からなかった。

 引き続き柊をかくまうことは決めたものの、そこには出口も光明こうみょうも何もない。


 ただ、楡には目下もっか、一つだけしなければならないことがあった。





「にれっちからうちを誘うなんて珍しいなあ。空からやりでも降るんちゃうか」

 いちかは上を見上げた。

 すっかりと黒く染まった冬空には、星がまばらに散っているだけである。



「というか、にれっち、うちを人気ひとけのないところに連れて行って、どうするつもりなんや?まさか、殺すんちゃうよな?」

 いちかが大袈裟おおげさに目を開く。



「そんなわけないよ。他人に聞かれちゃマズイ話なんだ」

「怪しいなあ…」

 


 いちかが不審に思うこともうなずける。

 いちかと会うのは、「フランス革命」についていちかから説明を受けたあの日以来だった。

 あの日、楡がいちかをフったのだから、修習地の異なる2人がわざわざ会う理由はなくなった。

 また、「フランス革命」によって柊を救う目処めどがついた楡が、殺人遺伝子関連の勉強会に参加することもなかった。



 待ち合わせ場所の市ヶいちがや駅から、宛てもなく500mほど歩くと、コインパーキングくらいの広さの狭い公園があった。禿げてほとんどが土色つちになっている芝の上にベンチが一脚いっきゃくだけ置かれているだけの簡素な公園だ。

 人は誰もいない。


 楡は入り口から一番遠いところにあるベンチへといちかをいざなった。



「まさか、にれっち、うちにイヤラしいことしようとしてるんちゃうよな?」

 

 楡を遠ざけるようにベンチのはしに座ったいちかだったが、楡からの反応がないことを知ると、楡の隣へと寄ってきた。



「なんや?大事な話って」

 声を落としたいちかには、先ほどまでのおチャラけた雰囲気はない。



「いちか、これから僕が話そうとしてることが何かは分かってるよね?」

「え?分からんよ?」


 そんなはずはない。

 いちかはとぼけている。



「いちか、本当は分かってるんでしょ」

「え?なんやなんや?……あれか、『フランス革命』か?あれはビビったなあ。まさか、ハッキングしてくれる人がいるとはなあ。しかも情報のリークまで……」

「違う。とぼけないで」

 楡が突き刺すように言うと、いちかは黙った。


 人気ひとけのない公園で、正真正銘しょうしんしょうめいの静寂が2人を包む。


 いちかが話そうとしなかったため、楡から口を割るしかなかった。



「市川の殺人事件の犯人のこと」

「あぁ、あの事件か。殺人遺伝子保有者やなくても平気で人を殺すのに、どうして殺人遺伝子保有者が人を殺した場合にだけあんなに過剰かじょうに報道されるんやろうな?」

「とぼけないで」

「え?なんもとぼけてないで?」

「嘘つき。いちかはこの事件の犯人のことをよく知ってるはずだ」

「安原柊やんな?顔と名前くらいはニュース見とるから知っとるけど……」

「それだけじゃない。いちか、この前会ったとき、僕の携帯に入っていた画像を見たでしょ?」


 あの日、イタリアンレストランで、いちかは楡の携帯の画像フォルダ勝手にのぞいた。そのとき、いちかは柊の映った写メを見ている。

 いちかは、柊が楡の付近にいる人物だということを知っている。


 しかし、いちかの反応は、楡の予想外のものだった。



「見てへんで」

「は?」

「にれっち、ごめんな。あのときうちは嘘をいてたんや。ホンマは画像は見てへん」


 pt数が700を超えました。本当に嬉しいです。

 なろう作者はptの増減に一喜一憂していると思われている読者の方がいらっしゃるかもしれませんが違います。一喜一憂なんてものじゃありません。百喜百憂くらいしています。

 お気に入りユーザー登録してくださった読者の方の中に、もしかしたら「殺人遺伝子」を読むためだけになろうに登録してくださったのかな、と思うようなアカウントもありました。言葉にできないくらいに嬉しいです。この作品を確実に完結させることによって、必ず恩に報います。



 現在、本作は起承転結の「転」である第3章なのですが、第3章では第2章で散りばめた3つの謎解きがメインです。


 1つ目はいちかパートの謎。

 なぜいちかが楡の携帯を見たとき、楡の携帯のロックが作動しなかったのか。


 2つ目は三浦さんパートの謎。

 三浦さんの婚約者の画像を見たとき、楡が「この男性を最近どこかで見た」と感じたのはなぜか。


 3つ目は柊パートの謎。

 楡が保険証を勝手に見たとき、柊が「保険証だけ?携帯電話は見てないよね?」と気にしたのはなぜか。

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