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殺人遺伝子  作者: 菱川あいず
第2章
32/55

別離(1)

「ねえ、楡、見て見て。超可愛い!」


 柊が「超可愛い」と指差すもの、それは首から下が存在しない巨大な顔だけの妖怪-「おとろし」だった。



「え?柊、それのどこが可愛いの?」

「顔、かな?」

 

 脂肪で皮膚が垂れ下がっているところ、きばとしか表現の仕様のない大きな歯が口から飛び出ているところ、一束の前髪が顔面を真っ二つに分けるようにぶら下がっているところ、どの要素を採り上げても、「おとろし」の顔は異形いぎょうそのものである。



「柊はすごいセンスだね。『おとろし』っていう名前の語源は、今で言うところの『おそろしい』なんだよ」

「へえ、全然怖くないけどなあ。むしろペットとして飼いたいけどなあ」

 

 少女の発言に目を見張る楡を尻目しりめに、少女は次の展示物のあるショーケースへと吸い込まれていった。



 今日は珍しく柊と2人で外出している。

 柊と一緒に電車に乗るのは2人が出会ったあの夜以来である。

 しかも、本日降り立った駅は、あの夜、楡が柊に声を掛けた駅である千葉駅だ。

 

 楡が外出許可を与えた日以降も、柊は、近所のコンビニやスーパーを除き、滅多に外出しなかった。

 外出したところで、殺対に発見される可能性はそこまで高いとは思えない。とはいえ、一度発見されたら問答無用で命を奪われるのである。柊が必要以上に恐怖心を抱く気持ちは、楡にも十分理解できた。


 しかし、今日はどうしても柊を遠出とおでさせる必要があった。

 譲れない事情のうちの一つは柊のため、もう一つは楡のためである。

 



 千葉駅に到着した2人がまず向かった場所は、旅券事務所だった。

 

 楡がいちかから「フランス革命」についての説明を受けてから、ちょうど2ヶ月が経過した一昨日おととい、ついにフランスへのサイバーテロの準備が整った。

 成功するかどうかはやってみなければ分からないものの、楡としては、考えられる手の全てを尽くし、失敗のリスクを可能な限り排除したつもりである。

 



 相変わらずテレビゲームの世界で、地球の平和を守るために巨大生物と交戦していた柊に、「フランス旅行の日程が決まったよ」と告げると、柊は抱きついてくるんじゃないかと思うくらいの勢いで楡にすり寄ってきた。



「本当に!?楡、最近私に構ってくれないから、フランス旅行のこともすっかり忘れているのかと思ってた!」

 

 毎晩のように三浦さんと2人で作業をしていたことを嫌味っぽく指摘されたことに胸が刺される思いだったが、楡は柊に向けて笑顔を作る。



「だから柊、あさって、2人で千葉駅までパスポートを取りに行こう」

「あ、そうか。外に出なきゃいけないのか……」

 柊の顔色が若干だがくもる。

 柊が生活圏の外に出るためには、危険なロンドン橋を渡らなければならない。


 楡は、ポケットに予め仕込んであった小包を取り出し、うつむき気味の柊の目の前に差し出した。



「いきなりだけど、柊にプレゼントがあるんだ。日頃家事をやってくれているお礼だよ」


 柊の色素の薄い瞳に、光が差し込む。



「本当に!?そんな、お礼なんていいのに!ありがとう!」

 

 柊が慌てて、しかし丁寧に包装を解くと、ブランドもののサングラスが現れた。



「可愛い……」


 ティアドロップ状のサングラスの凸面とつめんに、泣きたいような笑いたいような不思議な表情をした少女の顔が映る。



「店員さんに今流行りのやつを聞いたら、これを勧められたんだ。ちょっと派手な気もしたんだけど、柊だったら似合うかな、って思って」

「ありがとう。私、このサングラスすごく好き」


 柊は古物商かのようにサングラスを様々な角度に傾け、じっくりと観察している。



「変装道具としてもバッチリだね。私、このサングラスがあればどこにでも行けそう」

「でしょ。殺対の人が、柊のことを芸能人と勘違いして声を掛けて来なければいいけど」

 

 楡のジョークに、柊は子供のように笑った。




 無事、旅券事務所でフランス逃亡のための柊のパスポートを発行すると、楡は「ついでに寄りたいところがある」と柊に提案した。楡のための提案だ。


 千葉市美術館で期間限定で開催されている特別展覧会「妖怪と出会う百鬼夜行ひゃっきやこう」。 

 妖怪絵師の鳥山石燕とりやませきえんが描いた図画百鬼夜行ずがひゃっきやこうで紹介されている妖怪をモチーフにした浮世絵うきよえ、絵巻物等が展示されるイベントに、楡は柊を誘った。


 楡は子供の頃に見たアニメがきっかけで、昔から妖怪が好きだった。

 大学生の頃に、「科学文明が未発達な昔の人々が感じた不思議、恐怖が妖怪を生み出す」という民俗学的な発想に触れてからは、妖怪のことが更に好きになった。


 ただ、柊をそんなコアな場所に連れて行こうと思ったのは、楡が妖怪の絵を見て楽しみたいからではない。

 

 楡が、2人の最初で最後のデートを、柊にとって決して忘れられないものにしたかったからである。

 


 遊園地や動物園に連れて行ったら、柊はきっともっと喜ぶ。そんなことは分かっている。

 しかし、そういう場所は、柊がフランスで作るであろうボーイフレンドだって、彼女を連れて行くに決まっている。楡との思い出はすぐにり替えられてしまう。


 他方、妖怪絵画展に行く経験は、柊の人生において一度きりだろう。

 しかも、妖怪に詳しい楡だったら、展示についての雑学や解説をまじえることができる。楡にしか与えられない、特別な経験を柊に与えることができる。

 楡にしかできない、唯一無二のデートを柊に提供できる。

 


 柊にいつまでも楡のことを忘れないでいて欲しい、というのは完全なる楡のエゴである。

 むしろ、殺人遺伝子保有者として殺対に追われ、楡の家に引きこもっていた10ヶ月余りの期間は、柊にとっては一刻も早く忘れたい暗黒時代だろう。

 楡は、単に柊をかくまっていただけの存在だ。柊の中で出しゃばるべき存在ではない。

 楡は、自分の勝手な都合、欲によって、無礼ぶれいにも柊の記憶の中に残ろうとしているである。





「ねえ、楡、この女の人、顔がタライになってるよ」

「あぁ、角盥つのだらいね。実はこの妖怪、首から下は小野小町おののこまちなんだ」

「へえ、楡は何でも知ってるね」


 ティアドロップのサングラスの向こう側で目を輝かせる少女は、小野小町よりも誰よりも美しい。

 楡がこんなに美しい女性と出会うことは、この先の人生において二度とないだろう。


 今、作者は地元のスーパー銭湯にいます。

 「菱川氏はどこで小説のアイデアを考えるのですか?」という質問をよく受けるのですが……嘘です。一度も受けたことがないんですが、お答えしますと、スーパー銭湯でお湯に浸かりながら考えています。

 僕にとって、スーパー銭湯は瞑想の場なんです。人間、裸になって初めて分かることがあるんです(多分違う)


 なお、今の僕は、ストックが尽きてしまったことに号泣しています←

 もしかしたら、明日は更新お休みするかもしれませんが、死亡説は流さないで下さい。。

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