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殺人遺伝子  作者: 菱川あいず
第2章
30/55

裏切

 楡と三浦さんは、修習中だけでなく、修習後、さらには休日までもともに過ごすようになった。

 修習中に2人が顔を合わせる場所が検察庁内の司法修習生室だとすれば、それ以外の時間に2人が顔を合わせる場所は千葉駅構内のコーヒーチェーン店である。



 2人で使うにはあまりにもスペースが足りていない小さなテーブルなので、楡の私物パソコンの本体は、半分以上がテーブルの外にはみ出している。

 パソコン以外にテーブルを占領している物は楡のブラックコーヒーと三浦さんのココア、それから、三浦さんの法律書である。

 

 三浦さんは裁判官志望である。司法修習の修了と同時に資格の手に入る弁護士とは違い、裁判官になるためには、採用担当の現役裁判官のお眼鏡にかなう必要がある。

 コミュニケーション能力がズバ抜けて高いだとか、採用担当裁判官とかなり仲が良いということがあれば話は別かもしれないが、基本的には、研修所での試験の成績上位者が裁判官にリクルートされる。

 司法修習を「人生最後のモラトリアム」だととらえて遊びほうける司法修習生もいるが、少なくとも裁判官志望者の三浦さんにとっては、司法修習は「人生最後の正念場」なのである。




 楡が初めて三浦さんから2人での食事に誘われたのは、デパートでの買い物から僅か2日後だった。


 楡はそれを断った。



「どうして?」

 

 残念そうに声を落とす三浦さんに対して、理由を告げようとした楡だったが、それを言葉にするのは難しかった。三浦さんと2人で食事に行ってはいけない、という結論だけが頭の中をグルグルと回っていた。



「用事があるの?」

 ずっと黙っている楡を見兼ねた三浦さんがさらに質問を重ねる。


 用事……そうだ。用事があるじゃないか。楡にはやらなければならないことがある。



「うん。家でやらなきゃいけない作業があるんだ」


 三浦さんの表情が突然明るくなった。

 どうやら楡は、三浦さんの誘いを拒否することに失敗したようだ。



「それってコーヒーショップでもできる作業だよね?実は、私も勉強しなきゃいけないんだ。だから佐伯君、一緒にコーヒーショップに行かない?」


 その日から、毎日、修習後に2人でコーヒーショップに行くことがルーティーンとなった。




 急展開ともいえる状況の変化に浮き足立ったのは遼平だ。遼平は、事あるごとに楡に対して、「もうヤッたのか?」と訊いてきた。

 しかし、三浦さんとはそんな関係ではない。コーヒーショップでも、お互いが休憩をしている短い時間を除いては会話をせず、黙々と互いの作業に精を出すだけである。


 


 だから、カタカタとキーボードを叩く楡に対して三浦さんが声を掛けたのは、かなり珍しいことだった。



「佐伯君、明日は久々に食事に行かない?」

「いいけど、どうして?」

「お疲れ様会。たまには2人の労をねぎらおうよ。私は勉強、佐伯君はプログラミングを頑張ってるからさ」


 小さなテーブルを挟んで作業をしているのだから隠し切れないと思った楡は、自分の作業の内容を「パソコンでプログラムを作っている」と正直に伝えてあった。

 もっとも、さすがにプログラムの内容を正直に話すことはできないため、内容については「趣味で作ってるゲーム」と適当にお茶をにごしてある。



「あ、お金は私が出すから心配しないで」

「いや、それは平気。割り勘でいい」

「じゃあ、佐伯君、どうして浮かない顔をしてるの?」


 三浦さんは、開いていた本を閉じると、椅子を楡の方に少し引き寄せた。



「そんなに浮かない顔してる?」

「うん。してる」

 

 楡はパソコンを閉じ、姿勢をただした。

 2人の距離は、膝と膝とがぶつかりそうなくらいに近い。



「いや、今更なんだけど、これでいいのかな、って」

「どういうこと?」

「三浦さん、婚約者と同居してるんだよね」

「同居してるよ」

「じゃあ、ダメだよね」

「何が?」

 

 三浦さんのとぼけた表情からは、三浦さんが楡の言わんとしていることが分かっていないのか、分かっていながらあえてとぼけているのかは判断できなかった。



「婚約者に申し訳ないと思わないの?」

「別に思わないよ。どうせ家に帰ってもいないし。彼、仕事が終わるのがいつも深夜なんだよね」


 三浦さんの婚約者の勤務先は、海外の顧客を相手にするいわゆる渉外しょうがい事務所だ。

 渉外事務所の弁護士は終電で帰れればマシな方、という話はよく聞く。



「いや、そういう意味じゃなくて、やっぱり彼氏以外の男と頻繁に2人で会うのって良くないんじゃない?」

「うーん、そうかな?別にいいんじゃない?」

 三浦さんはあっけらかんと答えた。



「それに、佐伯君、私に対して下心ないでしょ?」

「え?」

「私、下心さえなければ、異性と2人きりで会うこと容認派なんだ」

「いや、まぁ、下心はないけど……」

「じゃあ問題なしだ。明日よろしくね」


 三浦さんはウィンクをすると、分厚い法律書へと目線を戻した。



 楡の胸が締めつけられる。


 三浦さんは、当然、三浦さんの婚約者に対しても、「下心さえなければ、異性と2人きりで会って良い」というルールを適用しているのだろう。

 そこでは本来束縛が果たすべき役割を、信頼が代替している。

 交際相手は異性と2人きりになっても一線は越えないはずだ、という信頼が、三浦さんと三浦さんの婚約者を繋いでいるのである。

 

 しかし、現実はどうだろうか。三浦さんの婚約者は、三浦さんの信頼を裏切り、事務所の秘書と浮気をしている。ラブホテルで密会をしている。


 事実を知らないとはいえ、三浦さんはそんな婚約者を信頼し続けているのである。

 健気けなげ、いや、みじめである。



 将来のために勉強をする三浦さんの表情は、楡の心情を反映し、少しだけかげって見えた。

(起) 実は僕、自分の作品名でエゴサしちゃう系の作者なのですが、先日、本作についての嬉しいツイートを見つけてしまったので紹介します。


………


なろうで素晴らしい作家見つけました。

菱川あいずさんです。一番新しい「殺人遺伝子」をはじめ、数多くの作品を出しています。

プロットを組み物語の起承転結をしっかりさせ、伏線を回収しながら一つの結末へ収束させていくのは、読んでいて引き込まれました。→続く


さらに、地の文を減らし会話文を増やすなど読者への配慮もなされていました。また、プロットをつくり書いているようなので、グダることもなく簡潔に書かれています。投稿ペースも速く、活動報告も頻繁に行われているという、なろう作家らしくないなろう作家でした良い意味で


………


 後書きでの引用許可はもらったのですが、名前出しの許可をもらうのを忘れていたので(苦笑)、ツイートした方のお名前は控えさせていただきます。


いやぁ、照れますね(笑)超ベタ誉めされちゃっています(笑)ありがとうございます!!


(承)「プロットを組み物語の起承転結をしっかりさせ、伏線を回収しながら一つの結末へ収束させていく」

 そうなんです。僕、物語のスタートからゴールまで、ほぼ全てのプロットを考えるまでは執筆に入らないんです。もちろん、書いている最中に思いついたことを付け足すことは多々あります。しかし、書き始めてから登場人物が増減したり、「次何書こうかなぁ?」と悩んだりすることはないです(書き方は悩みますが)。


(転)ですから、本作のオチも、1話目を投稿する前から決まっています。基本的に全ての登場人物、出来事に意図があります。

 現在書いている三浦葵編も、殺人遺伝子や柊の運命を描く上で、必要不可欠なパートだということです。とりわけ本話「裏切」は平坦な展開で、作者も「うぅ、読者を退屈させてしまう……」と心を痛めているわけなのですが、物語の伏線としてどうしても必要なのです。


(結)という、言い訳をするためにこの後書きを書きました。

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