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殺人遺伝子  作者: 菱川あいず
第2章
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秘事

「おい、楡、昨日のデートどうだったんだよ?」


 三浦さんが席を立った途端、遼平が、このタイミングを待ってました、と言わんばかりにせきを切った。



「別に、ただ買い物しただけだよ」

 指導担当検事の目を気にした楡が、小声で言う。



「ただ買い物って、怪しいなぁ。食事はしてないのか?お酒は?」

 楡からのメッセージに気付かない遼平は、声のボリュームを一切下げなかった。

 楡が口の前で人差し指を立てると、ようやく遼平は、「悪い悪い」と手刀しゅとうを切った。



「本当に買い物だけだよ。買い物が終わったら、そのままデパートで解散」

「ムードはどうだったんだよ」

「ムード?」

「ラブラブだった?」

「何言ってるの?三浦さんには婚約者がいるんだよ?」

「関係ないだろ。奪っちゃえよ」

 遼平は、線のように細い目をさらに細くしてニヤついている。



「冗談でしょ?」

「いや、マジだよ。俺、三浦さんは楡のことが好きだと思うんだよね」

「は?」


 楡が睨むようにした見た遼平の表情は、なぜか真顔だった。



「三浦さんの様子を見てたら一目瞭然いちもくりょうぜんだろ。三浦さん、いつも楡の方をチラチラ見てるぜ」

「それはきっと僕がだらしなくて危なっかしいから。同じ事件を共同処理している身として、目を離せないんでしょ」

「いや、目が違うんだよ。楡を見るときだけ、三浦さん、女の目をしてるぜ」

「何それ」



 楡は気怠けだるそうに吐き捨てたものの、内心はドキドキしていた。


 たしかに8ヶ月間の実務修習をともに過ごす中で、三浦さんとの距離は確実に縮まっていると思う。ツーカーの仲とまではいかないが、三浦さんの考えていることは、本人から直接訊かなくても、顔色や様子から大体分かる。

 最近、心なしか三浦さんのボディータッチの回数が増えた気もする。


 ただ、2人の限界到達点は決まっている。

 親友。2人がそれ以上の関係になることは、絶対にありえない。



「三浦さんは楡が略奪してくれることを待ってると思うぜ。楡、相変わらず彼女はいないんだろ?」

「まあ、いないけど……」

「じゃあ、決まりだな。次は楡の方からデートに誘えよ」

「いやいや、僕に彼女がいるとかいないとかそういう問題じゃないんだよ。三浦さんに婚約者がいる以上は、僕は絶対に手を出さないから」

「その婚約者がクソ野郎だとしてもか?」

「え?」


 遼平は、楡に対して、自分の携帯電話を差し出した。

 

 画面には、茶髪を首から下でゆるく巻いた女性が大きく映し出されている。



「誰?」

「浮気相手」

「誰の?」

板野大河いたのたいが弁護士。三浦さんの婚約者」

「マジ?」


 楡は遼平から携帯電話をぶんどると、空のワイングラスを手に持ちながら微笑む女性の姿を凝視した。スレンダーで、目もパッチリしていて、客観的に見てかなり可愛い。



「可愛いだろ。大手法律事務所の秘書は、確実に顔採用だよな」

「この人、秘書なの?」

「そう。板野先生が勤めている法律事務所の秘書」


 秘書との浮気。ドラマでよく見る、ありそうな展開ではある。もっとも、ありそうだから、といって、それが現実でも起きていると決めつけるのは早計である。



「遼平、浮気の証拠はあるの?」

「もちろん。ちょっと待ってろ」


 遼平は、楡から携帯電話を取り返すと、スワイプで次々と画面を切り替えた。

 

 こんなことをしているところを三浦さん本人に見られたらマズイ、と司法修習生室の出入口に目を遣った楡だったが、三浦さんが帰ってくる気配はない。



「ほら、楡、これを見てみろよ」


 今度の画像は2ショットだった。

 先ほどの秘書の女性が斜め上に向かって腕を伸ばしている。画面には映っていないものの、おそらくその腕の先には携帯電話が握られていて、この画像はその携帯電話によって自撮じどりされたものだろう。

 画像に映っているもう一人の人物は短髪の男性であり、女性の背中側に腕を回し、女性の肩を抱いている。

 この画像は、被写体の2人が親密な関係にあることを如実にょじつに示している。



「この秘書、矢代愛美莉やしろえみりっていう名前なんだけど、愛美莉ちゃん、なかなか大胆なんだよ。だって、この画像、SNS上の自分のページに堂々とアップされてたんだぜ」

「ちょっと待って。この画像に映っている男の人は三浦さんの婚約者なの?」

「楡、知らなかったのか?三浦さんに写真を見せてもらったことないのか?……あ、そうか。三浦さんは楡のことを狙ってるから、楡の自分の婚約者の写真を見せるような真似はしないのか」

「あんまり変なことは言わないでよ」



 楡は満面の笑みで写真に映る体育会系風の男性の顔を見て、不思議な気持ちになった。

 「三浦さんの婚約者」という楡の頭の中ではたびたび登場していた登場人物にイラストが付いた、ということだけでも不思議な感じだ。

 ただ、楡が抱いた不思議の真の根源は、それではない。



「僕、この男の人、見たことある気がする……」

「なんだ。結局、三浦さんに見せてもらったことあるんじゃん」

「いや、違う。それはないんだけど、なんでだろう……?」


 ハッキリとは思い出せない。

 ただ、確実に、楡はこの男性を、最近どこかで目撃している。



「三浦さんは知ってるの?」

「何を?」

「婚約者が浮気していること」

「知らないだろうな。さっき見せた画像、背景が明らかにラブホの室内だろ。あの画像がSNS上に掲載されたのはつい3日前。三浦さんが知らないからこそ、こんなに堂々とできるんだろうな。三浦さんがこれを知った途端、修羅場コース確定だぜ」

「なるほど……でも、遼平……」


 口の前で人差し指を立てた遼平が、「しーっ」と息を吐き出す。


 ジェスチャーの意味を理解した楡が後ろを振り返ると、案の定、三浦さんが司法修習生室に入ってくるところだった。



「ん?佐伯君、伊勢君、2人して私の方を見てどうしたの?私の話でもしてたの?」

 楡と遼平の顔を見比べた後、三浦さんがキョトンとした様子で尋ねた。


 慌てる楡とは対照的に、遼平が涼しい顔で答える。


「楡から昨日の三浦さんとの買い物について聞いてたんだよ」

「ふーん、そうなんだ」

「楡が、すごく楽しかった、って言ってたぜ」

「本当に?」

 

 三浦さんの切れ長の美しい目が、楡の反応を窺う。

 昨日が楽しかったことには間違いはない。

 楡は大きく頷く。



「ありがと」


 三浦さんの子供のような笑顔に、楡は、三浦さんに対して今まで抱いたことのないような感情を覚えた。


 新年開始早々からありがた過ぎることに、後書きで紹介したい嬉しいことがあります。

 

 昨日、ジャンル別日間ランキングの1位になったことをご報告しましたが、本日2017年1月1日付けで、この作品はジャンル別週間ランキングでも1位に輝くことができました!

 獲得pt数は、1週間で278ptであり、他ジャンルの1位と比べれば、100分の1程度です(ハイファンタジーの週間1位の作品の獲得pt数は24,561pt)。

 しかし、1年以上前から、日の当たらない中で作品を投稿していた僕は、1ptの重みというものを身に沁みて分かっています(過去作には6万字超えの長編連載小説で、総合評価2ptの作品もあります)。

 278ptという数字は僕が全力を出して、かつ、皆様に支えてもらって、初めて抱えることができるくらいに重いものです。僕の人生における最大の勲章として、キラキラと輝いています。

 感謝の気持ちがやみません。本当にありがとうございました。


 新年が明けましたが、菱川あいずを今後ともよろしくお願いします。


 あ、本日ももう1話投稿する予定です。

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