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殺人遺伝子  作者: 菱川あいず
第2章
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急襲(1)

「にれっちは意外と甘党なんやね」

 

 いちかが薄手のジャケットを脱ぐと、花柄の黄色いワンピースがあらわれた。

 今までスーツ姿のいちかしか見たことがなかったので、ギャップに一瞬ドキっとする。過去に意識したことがなかったが、胸の主張もなかなかに激しい。



「別に甘党ってわけじゃないんだけど、いちかがケーキを頼んだから、真似して頼んでみただけ」


 いちかが満面の笑みで楡を指差す。


「正解や!この喫茶店は、コーヒーというよりはケーキが美味しいんや。うち、ケーキにはうるさいんやで」


 いちかとは錦糸町駅で待ち合わせたものの、2人が今いる店に着くまでは20分以上歩いた。いちかが相当こだわってこの店を選んだことは間違いない。



「ちなみににれっちの住んでる津田沼にも美味しいケーキ屋があるんや。うちもよく行く店なんやけど、『パティスリーアラマロ』っていうねん」

「アラマロ?」

「店の名前の意味はよう分からへんけど、味は間違いないで。ショートケーキが最高や」


 津田沼に住んでから半年近く経つが、全く聞いたことのない店だった。

 スイーツに個人的な関心はないが、柊に買ってあげたら喜ぶかもしれない。店の名前くらいは覚えておこう。




 しばらくして机の上に並んだケーキは、見た目もカラフルで美しいものだった。

 楡は黄色いゼリー状の部分をフォークでつつき、口に運ぶ。

 味だけでは、黄色の正体が何なのかは分からなかった。



「結構お上品やろ?」

「え…あ、まぁ……」

「たまには自分にご褒美をあげへんとな」


 いちかはほんのり桜色の生クリームに包まれたスポンジをフォークで大きく削ると、一口で飲み込んだ。

 



 しばらくいちかとは修習の話で盛り上がった。


 同じ関東とはいえども、千葉修習と東京修習とでは経験していることが丸っきり違っているということが分かった。



「正直、東京修習はハズレやで。修習生の人数が多過ぎて、裁判官もあんまり構ってくれへんからな」

 と、いちかは愚痴をこぼしていたものの、いちかの話を聞いている限りだと、いちかは色々な裁判官とサシで飲んでいるようだった。楡が裁判官と2人きりで飲んだことは一度もない。

 修習を充実したものにできるかどうかは、修習地がどこかということよりも、修習生のコミュニケーション能力にかかっているということを再認識する。




 いちかが殺人遺伝子について切り出したのは、おかわりした2杯目のコーヒーも底をついた頃だった。



「なあ、にれっちはどうして殺人遺伝子に興味があるん?」

 

 楡が黙ってしまったのは、脈絡もなく突然質問されたことに戸惑ったためではなく、質問の答えが楡の中に存在しないからである。

 


「どうなん?殺人遺伝子保有者が殺されるのはさすがにひどいと思うから?」

「まあ、そんな感じだけど……」

「殺人遺伝子保有者が実際に人を殺す可能性が高いとしても?」

「うーん……」


 楡には、そんな高尚こうしょうな議論はできない。

 楡には、柊を離れて、殺人遺伝子保有者一般について思考を巡らせることはできない。



「まず、『殺人遺伝子』っているネーミングがミスリーディングやねんな。発見者の甲本教授は、殺人、強盗、放火、強姦等の凶悪犯罪と遺伝子が親和性があるって言ってるだけで、別に殺人に限ってるわけちゃう。ただ、たとえば『強盗遺伝子』っているネーミングだとダメなんやろうな。安楽死を正当化できひん。『殺人遺伝子』と名付けることで、はじめて目には目を歯に歯をで、安楽死を正当化できるんや。ズルいなあ」

「そうだね…」

「ごめんな。もしかして釈迦しゃか説法せっぽうやった?」

「いやいや、そんなことないよ」


 たしかに楡は殺人遺伝子の勉強会にどの修習生よりも頻繁ひんぱんに参加している。

 しかし、楡の不出来な頭では考えは一向にまとまらず、右から左へ流れていってしまっている情報も少なくない。



「うちもな、殺人遺伝子保有者は不憫ふびんやと思う。人っていうのは、環境に大きく左右されるんや。百歩譲って、遺伝子に殺人の欲求がインプットされた人がいたとしても、その人がのちの努力によって品行方正に生活できたら、それでええやんか。なんでその人が死ななくちゃあかんの?本人の努力によって変えられない部分をあげつらって差別するなんて、憲法14条違反そのものやんか」

 いちかの口調はいつにも増して早口になっている。

 怒りで熱が込もっているのである。

 顔も知らない誰かのためにいきどおれるだなんて、いちかは立派だ。

 登場人物の名前を決めるのは、作者にとってもっとも楽しい作業の一つだと思います。

 本作の主人公である楡と柊ですが、結果として樹木縛り状態になっていますが(苦笑)、元々は樹木とはあまり関係ないところから連想しています。

 キーワードは「冬」です。

 柊の名前は、Do As Infinityの冬の曲から、楡の名前は、東野圭吾のスキージャンプをテーマにした小説である「鳥人計画」の登場人物からそれぞれとっています。要するに作者の趣味ですね(笑)

 なろうの他の作者の方がキャラクターの名前をどのようなところから発想しているのか気になります。


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