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殺人遺伝子  作者: 菱川あいず
第2章
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衰弱(1)

 3月も中旬に差し掛かろうとしているのに、未だに冬は立ち去らず、外気は冷たいままである。

 楡は氷のように冷えたドアノブをひねり、きしむ音を立てながら、ドアを玄関の方へと押した。



 コホン、コホン、と乾いた咳が聞こえる。


 暖房の熱波が届かない短い廊下を、楡は小走りで進んだ。

 


「ただいま」

「おかえ…」

 言葉を言い終わらないうちに激しく咳き込む柊の枕元に、楡は持っていたコンビニの買い物袋を置いた。


「柊、無理して喋らなくていいよ」

「ううん。平気だよ。それより何これ?」


 楡がビニール袋の底を引っ張り上げると、布団の上には、中身の風邪薬とゼリー状の栄養剤が残った。



「楡、ありがとう……ゴホッ」

「だから、無理して喋らないで。待ってて。今、白湯さゆを作るから」


 楡はコートを着たまま、流しのある廊下へと出た。


 電気ケトルに水を汲む最中も、辛そうな咳の音が聞こえていた。



 柊は昨夜から体調を崩している。

 様子を見るに、柊の風邪の具合は今朝よりも悪化しているようだった。



 沸騰ふっとうしきる前に電気ケトルの電源を切ると、楡はそれを持って柊の寝ているワンルームへと戻った。



「ありがとう。別にお水でも良かったのに」

「薬は白湯で飲むのが一番なんだよ。市販薬だから効かなかったらごめんね」

「きっと効くよ。それに、病院に行けないのは私のせいだから……」



 逃亡中の殺人遺伝子保有者である柊は、いわば指名手配犯のような状態になっている。もっとも、通常の指名手配犯のように顔写真が交番に貼られるようなことはない。

 安原柊が殺人遺伝子保有者であることを把握しているのは「殺人遺伝子対策委員会」という名の独立行政法人のみである。「殺対さつたい」と略して呼ばれるこの国家機関のみが、殺人遺伝子保有者のリストを持っている。

 殺対は、殺人遺伝子の有無を検査する主体であると同時に、国民の殺人遺伝子についての情報を所有・管理することが認められた唯一の機関である。ゆえに、誰が殺人遺伝子保有者なのかという情報は、原則的に殺対の外に出ることがなく、殺人遺伝子保有者が逃亡した場合には、警察ではなく殺対が独自で捜索・逮捕を行うこととなる。


 なお、このように誰が殺人遺伝子を持っているかという情報が厳格に守秘しゅひされているのは、殺人遺伝子保有者本人を保護するためではない。

 殺人遺伝子保有者の血族を保護するためである。

 殺人遺伝子保有者の血族は、同じく殺人遺伝子を保有している可能性が高いため、仮に本人の遺伝子検査の結果が陰性であったとしても、血族内に殺人遺伝子保有者がいることがバレれば、風評被害によって差別等を受ける可能性があるからだ。


 例外的に、殺対が、ある人についての殺人遺伝子保有の有無の照会に応じる場合が2パターンだけある。

 1パターン目は、ある人が犯罪を行ったとき。

 2パターン目は、ある人が病院で診療を受けたとき。

 

 2パターン目がかなりエグい。

 病院の診療を受ける者について、殺人遺伝子保有の有無を照会するのは、病院の権利ではなく、義務である。つまり、ある人が病院で診療を受ける場合には、病院は必ずその人の殺人遺伝子の有無を殺対に問い合わせなければならない。

 この例外が設けられたのは、殺人遺伝子保有者を殺すために他ならない。

 殺人遺伝子保有者に病院の利用を禁止することによって、殺人遺伝子保有者は病気を治すことができなくなる。風邪程度だったら病院にかからずとも治癒できるが、もっと重大な病気に罹った場合には、殺人遺伝子保有者は、病気の進行によって自然死するか、病院に行って殺対によって安楽死させられるかを選ばざるをえない。

 この制度が存在するために、柊は病院に行くことができないのである。




「別に柊が悪いわけじゃないよ。狂ってるのはこの国だから」


 楡は湯のみの水にチョコンと人差し指を差し、温度を確認する。


「もしかしたら、ちょっと熱いかも」

「平気だよ」

 柊は布団の上で正座をすると、風邪薬の包装を解き始めた。



「せめて一刻も早く治すね。楡に迷惑を掛けられないから」

 

暖房によって部屋の温度はビニールハウスのように温まっていたが、柊の身体はガタガタと震えていた。おそらく39度以上の熱がある。



「気にしなくていいよ。全然迷惑じゃないから」

伝染うつったら嫌でしょ?居候いそうろうさせてもらっている上に風邪まで伝染すだなんて最悪じゃん」

「居候だなんてとんでもない。家事もしてもらってるし」



 柊が楡の家で暮らすようになってからすでに1ヶ月が経過していた。

 

 不謹慎かもしれないが、このようなことがなければ、柊のような美少女と同居する機会などありえなかったのだから、楡はラッキーだとすら思っている。

 柊は楡に一銭も払っていないが、交際関係の狭さから出費の少ない楡の手元にはお金が余っていたし、柊を専業主婦と捉えれば、特に気にすることでもない。

 楡が柊の存在を迷惑に思ったことは、お世辞ではなく一度もないのである。


 たくさんの感想をいただき、本当にありがとうございます。

 感想をいただけるとシンプルに嬉しいです。ただ、それだけでなく、自分の書いていることが読者様にどのように伝わっているのかが分かる、ということが何よりありがたいことだと思います。

 解釈というのは人の数だけあるので、作者が意図しているものがそのまま読者様に伝わることはありえないと思っています。その中で、読者様に楽しんでもらえる作品を書くためには、独善に陥るのではなく、読者様の方の解釈の方になるべく寄り添うことだと思っています。ちなみに僕は過去の作品でも、読者様の方の指摘を受けて改稿することが多々ありました。

 今作でも、プロット自体は変えていないものの、読者様の反応を窺いながら、どの部分についての記述を厚くするかというサジ加減を決めています。

 作品は読者様によって作られているのだな、と実感します。

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