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殺人遺伝子  作者: 菱川あいず
第2章
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問答(1)

「それでは、判決を言い渡します」


 傍聴席を埋めている人々が石と化す。


「主文、被告人を無期懲役に処する」


 飯塚裁判官が神妙な顔で判決を読み上げるのを、楡は法廷の中で聞いていた。

 

 楡は判決の中身を予め知っていたものの、目の前に立っている男の人生が確定した瞬間には身震いがした。

 この事件の争点は、被告人を死刑にするか否かであったため、裁判員が選択した無期懲役という判断は、被告人にとってはより有利な結果ということにはなる。

 しかし、今この瞬間をもって被告人の人生が終了したことには変わりがない。


 被告人は、飯塚裁判官に負けないくらいの神妙な面持ちで、彼にとって毒にも薬にもならない判決理由を延々と聞いていた。




 被告人の名前は、八十島津春やそしまつばるという。

 現在35歳。

 罪名は強盗殺人。

 

 今から半年前のある夜、老夫婦の家に窓を割って侵入した八十島は、タンスの金品を物色しているところを家のあるじである当時71歳の板橋修斗いたばししゅうとに発見される。


「おい、お前、何やっているんだ!」

 八十島に近づいていった修斗だったが、八十島が手にナイフを持っていることに気が付くと、身の危険を感じ、八十島のいる寝室から逃げようとした。

 しかし、背後から八十島にナイフでメッタ刺しにされ、その場に倒れてしまう。

 

 修斗の悲鳴を聞いた修斗の妻である板橋綺音いたばしあやねが寝室に駆けつけたところ、そこには血まみれで倒れている夫と、同じ色の血がしたたっているナイフを持って立っていた八十島がいた。


 そして、その光景が綺音の見た最後の景色となった。

 綺音が叫ぶ間もなく、彼女は八十島に襲われ、夫の2倍以上の箇所を刺され、即死。


 修斗も搬送中の救急車の中で息絶えた。

 


 裁判において、八十島は事実を全て認めた。


 八十島は2人の命を奪っているため、いわゆる永山基準ながやまきじゅんも、彼を死刑にすることへの障害とはならなかった。


 しかし、裁判員の胸につかえたのは、八十島の境遇であった。


 八十島は事件の4年前にバスの横転事故によって、妻と息子を亡くし、独り身となっていた。

 痛ましい事故は、その日バスに乗っていなかった八十島にも傷を残した。八十島はうつ病に罹患りかんし、事件の半年前には、勤めていた食品加工会社を辞めることを余儀なくされた。


 そして、八十島の泣きっ面に最後に襲いかかってきたのは、市役所職員だった。

 収入のなくなった八十島は、妻子の死亡によって得た微々たる生命保険金が尽きたところで、生活保護の受給申請をした。

 しかし、市役所職員は八十島の提出した申請書を受け取ってくれなかった。


「八十島さん、働けますよね?」


 35歳という若さの、身体に何の不自由もない人間に生活保護費を渡すわけにはいかない、というのが職員の判断だった。

 不眠症、無気力といった症状をいくら訴えても職員のかたくなな態度は崩れず、八十島は門前払いを食らった。

 

 八十島が板橋夫妻の家に侵入したのは、この2日後だった。

 



「俺はやっぱり死刑にすべきだったと思うんだよなあ」

 裁判官室に戻った途端、荒居祐武あらいひろむが法廷で抑えていた思いを吐き出した。

 裁判官室の隅に置かれた司法修習生用の小さなデスクは、巨漢の彼にはあまりにも窮屈である。

 


「三浦さんもそう思うでしょ?」

 荒居君は楡を飛ばして、隣の隣の席の三浦葵みうらあおいに賛同を求めた。



「私は無期懲役で良かったと思う。八十島さんは可哀想」

 三浦さんは荒居君の方を振り向かないままで答えた。背中を伸ばし、浅く椅子に腰掛ける姿勢が美しい。



「たしかに可哀想だけどさあ。でも、2人も殺してるんだぜ。可哀想とかいう問題じゃないでしょ」

「だからこそ無期懲役なんでしょ。刑務所の中で一生を過ごさせて罪を償わせるんでしょ」

「でもさあ、被告人はまだ35歳だぜ。生きているうちにいつかは釈放されちゃうぜ」

「かもね」


 2人は、つい先ほどまで目の前で立っていた男を死なせるべきか生かすべきかというおそれ多い議論を平気な顔でしている。

 

 もっとも、これが司法修習生に期待される姿である。

 まだ弁護士資格を取得していないため、事件処理に直接関わることはできないものの、なまの事件を傍聴し、裁判官から考えを聞いたり、司法修習生同士で議論をしたりすることによって、法律実務についての理解を深める。

 幸いにして、司法修習生に与えられている裁判官室というスペースは、一般人が立ち入ることはできず、基本的には修習生と裁判官しか出入りしない。そのため、多少の不謹慎発言も含め、自由闊達じゆうかったつな議論が保証されている。


 なななななななんと、総合評価が菱川史上最高の173ptにまで到達しました(H28.12.13現在)!!

 ptを下さった皆様、本当に本当にありがとうございます!!

 今まで最大の総合評価をいただいていたのは、拙作「タイムループは終わらせない」だったのですが、この作品はオチに全てを懸けたということもあり、ptをいただけたのは主に完結後でした。

 なので、「殺人遺伝子」がストーリー序盤の段階でここまでの評価をいただけているということは、僕にとっては未知のことであり、信じられない思いです。

 ただ、僕としては、「タイムループは終わらせない」以上のオチを「殺人遺伝子」では披露するつもりです。完結まではもう少し時間をいただきますが、最後まで見守っていただけると嬉しいです。


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