告白(4)
「じゃあ、柊があのとき千葉駅にいたのは……」
「そう。検査官から逃げて、家出をしたところだった。逃げてきたはいいんだけど、行く宛もないし、これからどうやって生きていけばいいのかも分からない」
柊の声が震える。こんなにも辛い話を涙なしに語れという方が無理である。
「それに私には殺人遺伝子がある。いつこのことがバレて殺されるか分からない。生きていても生きた心地がしない。みんなは私が大人しく死ぬことを望んでいる。そう思うと生きてても意味ないな、って思って」
「それで駅のホームから飛び降りようとしたの?」
「そうだよ」
17歳の少女が到底抱え切れるような現実ではない。同じような境遇に立たされたら、きっと楡だって死にたくなる。
「でも、楡が私を助けてくれた。ホームから落ちるのを止めてくれただけじゃない。楡は私のために泣いてくれた。楡は私に、生きて、って言ってくれた」
「ねぇ、楡」と柊は続ける。
「私が殺人遺伝子を持ってることを聞いて、楡はどう思った?やっぱり私には生きる価値がないと思った?」
「そんなわけないよ。柊に死んで欲しくない」
「この国の人みんなが楡みたいに優しければいいんだけどね」
涙を目に溜めながら無理やり笑う柊の姿は、美しくもあり、痛々しくもあった。
「楡、本当にありがとう。じゃあね」
立ち上がった柊が、畳まれた水色のコートを広げ、華奢な体を包むようにしてそれを羽織る様子を、楡は呆然と眺めていた。
柊の目から零れた水が線形の残像となり、楡の網膜を刺激したとき、ようやく楡は気付く。
このままではいけない。
勢いよく立ち上がった楡は、災いを背負った少女の小さな背中を抱きしめた。
「柊、行かないで」
「楡……」
呼吸に合わせて柊の背中が収縮するリズムを身体中で感じる。
-そうだ。この子は生きている。間違いなく生きている。
「楡……どうして?」
「柊のことが好きだから」
柊の水色のコートに藍色の水玉模様が加わる。楡の涙である。
水玉模様はあっという間にまだら模様となる。
「楡……ダメだよ。そんなこと言わないで」
「僕は柊のことが好きだから、柊と一緒にいたい。別に柊が殺人遺伝子を持っていようが、柊と一緒にいることで牢屋に行くことになろうが構わない」
「ねえ、どうして?どうしてそんなこと言うの?」
「だから、言ってるじゃないか。僕は柊のことが好きなんだ」
楡は震える腕で柊の身体を強く抱きしめた。
柊は弱々しく楡に抱き寄せられる。
寝癖で少し膨らんだ黒髪が楡の顔に当たる。
「ねえ、柊、一緒に生きようよ」
柊の身体からスッと力が抜ける。楡が支えてなければその場に崩れ落ちてしまうだろう。
「私、楡のこと信じていいの?」
「もちろん」
「ごめん、ごめんね……」
「もう謝らないで」
「ごめん、本当にごめん……」
楡の制止を無視して、柊はひたすらに謝り続けた。
それは、あたかも、これから楡に降りかかるであろう災難について予め謝罪するかのようだった。
この話で、起承転結でいうところの「起」の部分が終わりました。
これから「承」の部分に入っていきます。物語の展開は少しゆっくりめになるとは思いますが、今後のストーリーには欠かせない幹の部分となります。
それはさておき、今日の更新でストックが残りわずか2回分のみとなってしまいました(苦笑)
1日1話更新のノルマ達成のために今日明日であがきたいと思います……
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