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殺人遺伝子  作者: 菱川あいず
第1章
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破壊

 残すのは最後のタップだけだった。


 動作としては、右手の人差し指に少し力を加えるだけであるが、このタップが及ぼす効果は絶大である。

 前代未聞の事態に社会は揺らぎ、佐伯楡さえきにれは国家転覆を図った犯罪者として歴史に名を残すことになる。

 ことの重大さは、法律家の卵である楡でなくとも、誰だって分かる。

 もし捕まることがあれば、楡は一生を牢獄で過ごすか、もしくは、牢獄に入れられる前に死を突きつけられることだろう。

 楡の命如きでは償いきれない事態に、日本政治はかつてない混乱に陥るだろう。



 -それでも構わない。彼女を救えるのならば。

 

 楡の心は既に決まっていた。


 それに、今更引き返したところで楡の悪行は帳消しにならない。もう片足どころか両足を突っ込んでいるのである。

 

 このときのために楡は全ての脳細胞が疲弊するくらいに悩んだ。

 ここ2ヶ月は使える時間の全てを入念な準備に費やした。


 何をビビっているのだ。答えはこれしかないのに。


 何故指が震える。とがめるものなど何もないはずなのに。



「楡は本当に優しいんだね」

 彼女が楡に語りかける。

 最近では、会っているときも会っていないときも、楡には常に彼女の声が聞こえる。

 今語りかけてきたのは、喫茶店で空のマグカップをマドラーでつつきながら、正面の席の楡を見つめる彼女。記憶の中の彼女である。

 古い記憶ではない。昨日の彼女だ。


 このときの彼女の表情を形容する的確な言葉を楡は知らなかったが、少なくとも彼女は笑ってはいなかった。



 思うに、「優しい」という言葉は2つの意味をはらんでいる。

 1つは文字通りの「優しい」。

 もう1つは「優し過ぎる」。

 このときの彼女の「優しい」は後者の意味に違いない。


 これから楡が行おうとすることに、彼女は決して賛成していない。

 そんなことは分かっている。だからこそ、彼女が外出している今を決行のタイミングに選んだ。

 彼女が楡の部屋に入ってくるようなことがあれば、彼女は力づくで楡のやろうとしていることを止めようとするだろうし、そんなことをしなくたって彼女の顔を一目見てしまえば、楡の決意が揺らぐ。



 楡は先程から手の震えが止まらない理由について、心当たりがあった。

 それは自分が犯罪者となる怖さではない。


 彼女を失ってしまう怖さだ。



 しかし、他に方法はない。

 彼女には笑顔でいて欲しい。たとえそれが楡のあずかり知らないところであったとしても。



ひいらぎ、絶対に幸せになれよ」

 タップによってディスプレイの映像が転換したことすら分からないくらいに、楡の視界は涙でぐしゃぐしゃになっていた。





 新作連載小説の投稿を開始しました。

 少しでも気になる方がいらっしゃれば、ブックマークをしていただけると本当に励みになります。

 よろしくお願いします。



2017年1月28日

カミユ様から本作のヒロイン「安原柊」のイラストをいただきました!

初めていただいたイラストで、しかも僕のイメージに限りなく近いものだったので、とても嬉しいです!ありがとうございました!


挿絵(By みてみん)


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