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9. 招待状は、届いたようだね

 エミリとショッピングに行った次の日。

 

 私はショッピングモール内に入っていた華鳳院グループ(ウチ)のブランドの部屋着に身を包み、テーブルでエミリと向かい合いながら、いそいそと夏休みの宿題を片付けていた。

 

 学園の課題は、とてもじゃないが夏休み突入前などにまとめて片付けられるような代物ではなく、普通科のエミリの量でさえ常軌を逸している。ましてや特進クラスの私の量などは、それこそ文字どおり机に山積みにでもなりそうな量である。


 普段は私たちの勉強を見てくれる榛葉は、何が忙しいのか知らないが「お嬢様たちならこの程度の課題、どうということもないですよね」と、謎のスマイルを残し、必要最低限の家事を済ませてしまうとどこかへ出かけてしまった(この時、私は榛葉のことが本気で悪魔に見えたが、きっと気のせいだろう。普段の所業のせいだ。自業自得だ)。

 

 

 

 黒い薄手の素材の半袖でネコ耳のついたパーカーと、その中にパーカーについたレースと同じピンク色のキャミソール、上とセットなのでポケットなどの縁にも同じ色のレースがあしらわれているショートパンツの部屋着(昨日のショッピングで華鳳院(ウチ)のブランドで買ったモノだ)に身を包む私。

 

 その真向いには私の着ているモノと色違い(白色バージョンで、パーカーの耳はウサギ、レースの色は私と同じピンクだ)の部屋着を着て楽しそうにしているエミリ(膨大な量の宿題を前に、何故エミリが楽しそうにしているのか、私にはまったく理解できないが)。

 

 この部屋には私たち二人しかいなかった。

 

 

 

 この時までは。

 

 異変に気付いたのはエミリだった。

 

「あら?」

 

 そう言うと、彼女は玄関の方へと歩いていく。

 

 ついに「xxxしたいほどi(アイ)してる」のヒイロルート開始かと身構えた私だったが――

 

「アリス様」

 

 エミリは小さなカードを手に、こちらへ戻ってきた。――別に来客があるわけでもない……のか?

 

「コレがまた、玄関に……」

 

 わかりやすく眉を八の字に歪めたエミリが差し出してきたのは、この部屋に来て間もなく現れたあのカード――「一〇一号室の名もなき中年男」からのメッセージだった。

 

 奪い取るようにしてそのカードの文面を確認しようとすると、来客を告げるチャイムが鳴った。

 今度こそ五月七日(つゆり) (ヒイロ)の来訪かと、ドアの確認窓を覗き見ようとした私を追い越して、エミリが何の躊躇もなくドアを開けてしまった。

 

 ……いや、確認してから開けなさいよ! 「天然ボケ」は免罪符じゃないのよ!?

 

 そんなことはさておき、エミリが開け放ったドアの前にいたのは、初老を迎えようか否かといった風貌の、比較的上品に見えなくもない中年の男だった。

 

「招待状は、届いたようだね」

 

 彼は私の手元にあるカードに目をやりそう言う。

 

「あの――」

 

 私かエミリか、どちらともいえず呟きかけた言葉は、彼の言葉にかき消された。

 

「それでは、私と、私の同居人の住まいに、ご案内しようか」

 

 有無を言わせず私とエミリを部屋(二〇三号室)から連れ出した彼は、若干お洒落なブランドとはいえお揃いの部屋着姿の二人を彼の居城(一〇一号室)へと連れ出していった。

 

 

 

*****

 

 

 

 彼の部屋、一〇一号室は一見すると、綺麗に整理整頓や掃除の行き届いた部屋だった。――部屋中に鏡が置いてある、という点を除けば。

 

 そして私たちは、驚愕の光景を目の当たりにした。

 

「ただいま、同胞。今日は前に言っていたお客様を連れてきたんだよ。是非、君にもあってほしくてね」

 

 彼は()()()()()()そう言った。

 そして。

 

「お帰り、同胞。そこのお嬢さんたちだね。わざわざ僕の都合に合わせてもらってすまないね」

 

 彼は()()()()()()そう返した。

 

「アリス様……」

 

 足音を立てないように私の傍に歩み寄ってきたエミリが、そっと私の袖を引いたのを感じた。

 

「あぁ、こちらは私と同居している友人でね。彼は多忙な身なのだけれど、どうしても君たちに会わせたくてね」

 

「……」

 

 私もエミリも返す言葉が浮かばず、部屋は沈黙がのしかかる。

 突然のことだったので、生憎携帯電話も部屋に置いてきてしまっている。それはエミリも同じらしく、先ほどからおびえたような表情でちらちらと部屋の出口の方を見やっていた。

 

 そんな私たちには目もくれずに、一〇一号室の住人()は会話を続けている。

 

 どうすればこの(いびつ)な空間から出られるだろう。

 

 この時の私の頭にはそれしか浮かんでいなかった。

 

 

 

*****

 

 

 

 結局、私たちは鏡に向かって独り言を続ける部屋の家主は放っておいたまま、階段から聞こえた榛葉の足音で彼の帰宅に気付き、転がるようにして一〇一号室を後にしたのだった。

 

 

 

 私はカモミールの香りのバスボブを入れた湯船の中で、今日の出来事を思い返していた。

 

 

 

 部屋(二〇三号室)に着くなり榛葉には小言を言われたが、エミリが一連の出来事を彼に話してみたのだ。

 

「おそらくですが、そのもうお一方の同居人の方は、所謂(いわゆる)『イマジナリーフレンド』ではないでしょうか」

 

「い……いま、じ? なんですって?」

 

「要するに、彼の想像上の友人ですね。文字どおりですが。彼の場合は鏡に向かって話されていたということですが。通常であればイマジナリーフレンドは幼少期の子どもに見られることが多い症例だとされていますが、稀に大人になっても存在を保つ、というより存在していると思い込む方もいるそうです」

 

「はぁ……」

 

 榛葉のその言葉に感心するエミリを余所に、私は一〇三号室の子どもを思い浮かべた。

 

「彼がどういった境遇にあって、どのような精神的状態にあるかはわかりかねますが。今後はお二人とももう少し行動に慎みを持ってくださらねば、こちらが困ります」

 

 いや、そう言ったって、今日の出来事はほとんど、榛葉がいないせいで起こったような気がするのだけれど……。

 

「何を不服そうな顔をされているのですか、お嬢様!」

 

「べ、別にそんな顔、してないわよ」

 

 シュワシュワと音を立ててお湯に溶けるバスボブを見て、思った。

 

 

 

 ……今日見たことは、忘れようかなぁ、と。

 

 

 



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