7.ゴスロリ趣味の何が悪い!
「そういえば、アリス様」
朝食も終わり、さて課題でも広げようかと思ったアリスに、エミリが問う。
「アリス様の裏野ハイツ滞在の名目は一応、『庶民文化に触れる』ことでしたよね?」
「え? えぇ、まぁ、そうなっているわね」
エミリの方にもこの裏野ハイツに滞在する理由は必要だったが、それは名家の令嬢でもある私にも言えたことだった。それが「庶民文化に触れる」という、なんともふわふわとした内容なのであったが。
「アリス様は、昨日こちらにいらした時や、ご挨拶に出かけた時のような服以外の……たとえばカジュアルな装いの服などは、持っていらっしゃっていますか?」
エミリのこの質問は、私の心臓を(もちろん物理的にではないが)思いっきり貫いた。
正直言うと、自分が転生者だと気付いてから、真っ直ぐに伸びた黒い髪、雪の精のような真白な肌、そして焔の様な赤い唇。その他諸々の悪役令嬢補整的な何か――簡潔に言うと「美貌」である――を見て、不意に思ったのだ。
前世は興味こそあったが顔の造作やら何やかんやの問題で遂に着ることの叶わなかった――ゴスロリ趣味にはしってみようではないか、と。
それからの私の洋服箪笥は、基本的にゴスロリ服で埋められていくことになる。実家の衣裳部屋の中も、寮のクローゼットの中も。
部屋も全体的に、どこかファンタスティックな、フワフワ、キラキラ。たまにちょっとだけ刺激のある雰囲気にしつらえてもらっていた。
そんな私が――今や完全に「愛理澄」としての人生を楽しみまくっていた私が――フツーの服なんか持っているわけが無かった。
しばしの間、部屋に沈黙が流れる。
そういえば寝間着のキャミワンピのままだった私の背中に、イヤな汗が流れる。
やがて口を開いたのは、エミリの方だった。
「持っていらっしゃらないのですね」
ゴスロリ趣味の何が悪い!
「えーと……申し上げにくいのですが……このお部屋でアリス様のゴスロリ服は、少々過ごしづらいのではないかと思いまして……」
ゴスロリ趣味の何が悪……い……。
「あ、もちろん、見た目がどうというわけではないのです……むしろ私としては眼福なくらいで……ってそうではなく! アリス様は『庶民文化に触れる』のが目的なのですから、まずは形から入ってみてはと!」
……何か余計なひと言も聞こえた気がするけど……。
ゴスロリ趣味の……何……が……。
「あっ、あと! カジュアルな部屋着であれば、気温や室温に対しての調整も細やかにできます! 電気代の節約にもなりますよ!」
ゴスロリ……趣味……の……。
「そうと決まれば! 早速、お買い物に行きましょう! ねっ!?」
ゴス…………うわーん! 何が悪いんだよゴスロリの! カワイイじゃないか! そりゃあ裾とかは多少引っかけそうになったりはしたけど! 昨日だけで数えていた分でも十回は! それでもオシャレしてこそのオンナの人生でしょうがあ! 大体庶民でもゴスロリ服着る子だっているじゃないのよぅ! なんでそれが、庶民文化のために脱ゴスロリになるのようぅ……。
というか、何が「そうと決まれば」だ! 勝手に仕切ってんじゃねーわよ!
などという私の心の叫びも虚しく、いそいそと外出の準備をさせられ……。
「おや、アリス様、エミリ様。お出かけでございますか?」
買い出し帰りの榛葉(何故か軽トラを運転している)と鉢合わせした。
「えぇ、しばらくアリス様をお借りいたします」
軽トラの運転席から降りてきた榛葉に、ペコリと頭を下げるエミリ。
「いえ、こちらこそ、アリス様は世間知らずなところがありますので、ご迷惑をおかけするかもしれませんが……ちなみにどちらへ?」
そう尋ねる榛葉に、エミリはとびっきりの笑顔で答える。
「一駅向こうにあるショッピングモールへ行こうかと思いまして。アリス様に、庶民のお洋服を堪能していただこうと」
「なるほど。確かに、いつものアリス様のワサワサした服装では、この家では不都合かもしれませんね。今回のお買いものでかかった費用は全て、華鳳院家でお持ちしますので、どうぞごゆっくり楽しんでいらしてください」
そんなエミリに、榛葉も大変にこやかに答えるが……私の自慢のゴスロリを「ワサワサ」とは何だー!
そんなやりとりをしていると、一階の一〇三号室から、奥さんが出て来た。