6.もはや逆主人公補整でもかかっているのでは
次の朝、私が寝室として使っている1LDKのうちの一部屋から出てくると、リビングで寝起きすることになったエミリ(ちなみに榛葉はベランダである)がカードのようなモノを手に持ってキョロキョロとしていた。
「おはようございます、エミリさん。そちらのカードは如何されましたの?」
埒が明かないので、私の方から声をかける。
「あっ、おはようございますアリス様! コレなのですが……」
どうやらリビングで快眠した彼女が起きたころには、既に榛葉が朝食の支度を始めていたという事で、何か手伝いをと申し出たエミリに榛葉はポストの確認を頼んだという。
……どんだけ早起きだアンタら……と思った私が起床したのは朝の9時30分を回ったころで、すっかり夏休みモードに躯が移行している。寝間着として着用している白いキャミソール型の膝丈ワンピースも、寝汗でちょっと湿っている気がする。
エミリは既に朝食を済ませたようなので、榛葉の用意した朝食のサンドウィッチを食べながら、エミリの話しを聴くことにした。ちなみに榛葉は朝食を作り終えた後すぐに、買い出しに行ったらしい。
「まず、玄関のドアのポストを、先に確認したんです。その……内側の郵便受けのフタの開け方がわからなくて、榛葉様に教えて頂いたので。それから、外に出て集合ポストの中身を確認しました。そちらはチラシがたくさん入っていたので、部屋に戻ってから榛葉様に処分をお願いしたのですが……。チラシを持って部屋に戻ってきたら、このカードがドアの隙間に挟まっていたみたいで……慌てて拾おうとしたら、玄関の床に、チラシをぶちまけてしまって」
その後、榛葉と二人で玄関のチラシを片付けたのだろう。玄関には塵一つ見当たらない。……さすが榛葉というべきか。
それにしても。
タマゴサンドを食べ終えた私は、レタスとハムのサンドに手を伸ばしつつ思う。
透澤 エミリ! ドジすぎないか!?
主人公補整とやらはよく耳にする――この場合目にする、だろうか?――が、ここまでドジと悲運が重なると、もはや逆主人公補整でもかかっているのでは? とすら思えてしまう。
ハムレタスサンドをさっさと胃に納めた私は、カツサンド(朝から胃に重いモノ出すとは……榛葉めワザとか!? ……美味しいから今朝は特別に許すけれど)を手に取り、エミリが小一時間以上は握っていた、しわくちゃのカードに目を走らせる。
拝啓 二〇三号室に越してきた可愛らしい駒鳥達へ
此度は丁寧な引っ越しのご挨拶をありがとう。
生憎私は多忙の身で、顔を合わせることも叶わなかったことを許してほしい。
今日も遅くまで仕事が入っているので、この小さな手紙で失礼。
近々、同居している者と共に、お会いできれば。
敬具
一〇一号室の名もなき中年男より
……ジェ……ジェントルメンね、この男。――最後まで自分の名を明かさないところを除けば。その点を考えると、エミリが榛葉にこのカードの文面を見せなかったのはある意味正解かもしれない。榛葉がこのようなカードを見たら、一〇一号室は速攻で火の海になっていた可能性が高い――その上階に一応住んでいる私たちも火に呑まれることを思い出してくれれば、思いとどまってはくれるかもしれないが。
胡散臭い文面のカードを見ながらカツサンドを食べ終えた私は、エミリが淹れた冷え冷え麦茶を飲むと、パンと手を叩いた。
「ごちそうさまでした。……そのカードは、エミリさんがお持ちくださいな。榛葉には私から伝えておきますので」
「えっ、でも」
「先方がご多忙だと言うのに、わざわざ押しかけては、その『名もなき中年男』さんの努力が無駄になってしまうわ。向こうからそのうち会いたいと言ってくれば、その時に改めてお会いすれば良いのだから」
この時、私は敢えて口にしないでいたことがある。
――いくらエミリがドジっ子でも、部屋の玄関から集合ポストまでの往復の間に、ドアにカードを挟めるものなのだろうか?
更新がだいぶ開いてしまって申し訳ありません。
とりあえず、私生活がひと段落したので、スローペースだとは思いますが、ぼちぼち更新再開していこうと思いますので、よろしくお願いします。