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5.いつまでも名字で呼び合っていては面倒ですわね

 榛葉が粗方私の荷物を部屋に入れたと言うので、私とエミリは裏野ハイツの住人達に挨拶回りをしようかということになった。発案はエミリだが。


「あの、華鳳院様。ここの住人の皆様に、ご挨拶をした方がよろしいでしょうか」


 と訊かれたのである。私としては「別にいんじゃないのー誰も表札出してないようなハイツなんだからー」と言いたいところだったが(言ったらシバかれただろうけれど)。

 何を察知したのか榛葉に先手を取られてしまった。


「そうですね、アリス様? 華鳳院家の者として、そして学園の生徒として、ひと夏を過ごさせていただくわけですから、何か不測の事態が起こってからでは申し訳が立たないでしょう。エミリ様も、アリス様のご挨拶を参考になさって、今後に役立てていただければと。何も勉強は、机の上だけではないのですから」


 榛葉のやろー……と思っているのがバレタのか、榛葉が冷たい一瞥を向けてくる。


「そうですわね。それでは……いつまでも名字で呼び合っていては面倒ですわね。私はエミリさん、と呼ばせて頂きますので、エミリさんの方もどうぞアリスと呼んでくださいましね。準備が整い次第、早速向かいましょうか」


「アリス様、お手土産はこちらにご用意しておりますので」


「流石ね。ちなみに中身は?」


「華鳳院グループの中でも特に庶民向けのブランドがございまして、そちらの方からいくつか抜粋させて頂きました。食べ物や飲み物はお好みがありますでしょうし、タオルなどといったかさばるモノはこういった場合嫌われる傾向がありますので。洗剤も、各ご家庭でこだわりがあるかもしれませんし、ここは無難に」


「無難に?」


「華鳳院グループの庶民向けブランドの、ギフトカタログをご用意させて頂きました。ある程度の嗜好品や飲み物、洗剤からタオルなどといった日用品や消耗品、各ご家庭のニーズにあったモノを選んでいただけます」


「素晴らしいわ。エクセレントよ、榛葉」


「勿体無きお言葉」


 そんな会話をしながら、私は榛葉が解いた荷物の中から黒いレースのワンピースを出させて、その複雑な装飾を着付けていく。


 雪のように真白な肌、黒曜のような長い黒髪。そして焔のように赤い唇。


「さすがアリス様です。黒も良く、お似合いになっております」


 さらに、ワンピースとお揃いの日傘を出す榛葉。

 手土産の中身を確認しながら、玄関に既に設置された腰かけに座り、榛葉がサンダルをはかせるのを待つ私。


 私たちの言動を見て、エミリはぽかんと口を開けていた。


「あの、華鳳院様?」


「アリスと呼んでほしいと、先程申し上げましたわよね?」


 そう冷たくあしらってやる。そうでもしないと、私はこの夏中、実家にいるわけでも学園にいるわけでもないのに、華鳳院という家から解き放たれることはない……まぁ、榛葉がいる時点で家には何かしらの連絡は行くのでしょうけれど。


「……アリス様」


「何かしら、エミリさん? あ、貴女は準備は済ませてありますの?」


「私たち……このハイツの挨拶回りに行くんですよね?」


「そうですわよ? 貴女が言い出したんじゃなくって?」


「そうですけど……アリス様のドレスは……その……パーティーなどで着られるものでは?」


 ……どうやらエミリは、私が思っている以上に庶民のようだ。それもドのつく庶民、ド庶民だ。


 私が今着ている黒のワンピースは、ゴスロリ調のデザインのせいか、ウチに来てすぐの使用人などはエミリのようにパーティー用のドレスと勘違いするものもいるようだが……私としては普段着の範疇である。近所にちょっと出る程度の軽装だ。

 それに、パーティー用のドレスであれば、もっと布が多く使われていたり、装飾が華美だったり、他にも着付けなど様々な違いがあるが、このワンピースはただパニエでスカートを膨らませてレースが少し多めに使われているだけの、普段着だ。


「いいえ。こんなのは普段着の範疇だわ。それに、たかだか挨拶回りでパーティ用のドレスなんて着ていたら、着付け用の女中(メイド)を呼ばなくてはならないわ。……クリスマスには学園でもダンスパーティが催されますので、エミリさんもいずれわかるかと思いますがね」


 榛葉が黒いサンダルの紐を膝下まで結い上げると、私の準備は整った。


「さ、エミリさん。ぐずぐずしていたら、ディナーの支度の時間になってしまって、却って先方にご迷惑だわ。行きましょう」


 そう言って日傘を差し、手土産の袋を二つほど持った私に、エミリはあわてて残りの袋を持ってついてきたのだった。




 どの部屋も、表札を出していないので、エミリも少し困惑したようだったが、まずは一階から順番に回っていくことにした。


 101号室の住人は、お勤めのようで、何度かチャイムを鳴らしたが返答が無かった。手土産の入った袋に挨拶状代わりのメモを入れてドアに掛け、次に行くことにする。


 102号室は、人の気配はあるものの、出てこなかったので、こちらもドアに袋を掛けることにする。


 103号室でようやく人と会う事が出来た。ちょうど奥様がパートから帰ったところだそうで、手土産の袋と中のカタログを見てとても驚いていた。小さな息子さんがいるらしく、上下階に位置するので音に関してはお互いさまで、という事で落ち着いた。


 201号室ではお婆さんが出てきた。もう20年以上ここに住んでいるらしく、面倒見の良さそうな気さくな方だった。


 202号室はお隣なのだが、201号室のお婆さんに、お隣はあまり外に出て来たがらない気質で重度の人見知りなので自分から渡しておくということだったので、手土産の袋を預かってもらった。




「このハイツ、ちょっと不思議な方々が住んでいるみたいですね」


 部屋に戻るなり、エミリがそう言いだす。


「不思議って?」


 玄関の腰掛けで榛葉にサンダルの紐を解いてもらいながら、私は尋ねる。


「だって、いろいろ、おかしかったじゃないですか」


 もしかして、気づかなかったの? とでも言うように、エミリが言うモノなので、私もつい売り言葉に買い言葉になってしまう。


「……そうね。そういえば、夏季休暇の課題の中に自由課題がありましたから、そちらの方を合作という事で調査してまとめてみましょうか?」


「いいんですか!? ぜひ!」


 こうして、私とエミリの、奇妙な夏が始まった。





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