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4.置物だと思ってくださって構いませんわ

 そうして、榛葉によるDead or Studyな、超苛烈鬼家庭教師のビシバシ指導~あっ、この問題、榛葉との勉強で見たわ!~な一学期総復習と、夏休み中に過ごす家での生活用品のほか、寮の改装に伴う一時的な私物の仕分け(改装中の部屋の私物は基本的に自家の執事の寮の部屋に置くことになっているが、執事を連れていない生徒は校舎内の別の場所で保管するらしい)に追われて、一学期の残り数日が過ぎて行った。




 そうして迎えた、夏休み初日。

 実家への挨拶もそこそこに、私はどデカいトランクをいくつも持った榛葉を連れて「裏野ハイツ」へと来ていた。


「ここが裏野ハイツ……ですわね」


 築三十年とは聞いてはいたが、建物が纏っているものものしい雰囲気が、それよりもさらに古びた印象を持たせている。

 どこか既視感があるのは……多分、薄らと残る前世の庶民暮らし時代の記憶だろう。多分。


「アリス様、そろそろお部屋の方へ」


 近年稀に見る冷夏のせいか、この裏野ハイツの雰囲気のせいか、鳥肌が立つ私に、榛葉は部屋に入るよう促す。


「そうね。参りましょうか、榛葉」


 そう言って、私は裏野ハイツの錆びた外階段を上り、滞在予定の部屋である「203号室」へ向かった。




 203号室の鍵は、私、榛葉、そして同居予定のエミリともう一人、この裏野ハイツの大家が持っている。

 荷物を持った榛葉がドアを開けようとするが、さすがにムリがあったので(トランク落として欲しくないし)、私が開ける。


 鍵を差し込むが、施錠が解除された手ごたえが無い。


「おかしいわね」


「どうかなさいましたか」


「鍵が開いた気配が無いのよ。まるで最初から開いているみたいに」


 それを聞いた榛葉は、私の了解を取ってからトランク達をおろし、慎重にドアを開ける。

 そのまま、私にそこで待つように手でサインを送ってくるので、榛葉が気配を殺して部屋に侵入するのを、黙って待つことにした。


 室内で、榛葉の声が聞こえてすぐに、ドアは開かれ、彼と共にエミリが出てきた。


「いけませんよ、エミリ様。女性がお一人で部屋に居ると言うのに、鍵もかけないとは」


 溜め息を吐きながら出てきた榛葉は再びトランクを持ち上げ、今度は部屋に運び入れる作業に入った。


「すみません、華鳳院様。榛葉様に叱られてしまいました」


 そう言って申し訳なさそうに言うエミリは、白のワンピースに黒の薄いカーディガンを羽織っていた。

 どうやら私たちが実家に顔を出している間に、部屋に着いていたようだ。


「アレは私や透澤さんを叱ったり愚痴をこぼすために居る置物だと思ってくださって構いませんわ。それより、私も中に入っても?」


「あっ、邪魔でしたよね、すみません!」


 久しぶりのフツーの、ブルジョワぁん! シャランラァン! な雰囲気を醸し出していない家に、若干興奮している私ではあったが、華鳳院家の令嬢たる者、その程度の事を態度に表わさない……というか、榛葉に見つかったらシバかれる。精神的に。


 履くのも脱ぐのも手間のかかる、装飾だらけのサンダルを脱いだ私が最初に見に行ったのは、トイレとお風呂だ。

 例え上流階級であろうとそうじゃなかろうと、トイレと風呂の環境は、全ての女子にとっての死活問題ではないだろうかと私は思っている。


 築年数の割には、トイレと風呂は別になっていて、さらに独立した洗面台まで着いていた。

 コレは運がイイかもしれない。




 何を隠そう、私は大の風呂好き人間である。

 一日に一回は湯船に浸からないと、生きた心地がしない。

 もちろん入浴剤や、それ以外のお風呂グッズにもこだわりを持っている。

 特に入浴剤は、毎日違う種類の物を使う。たまに気に入った物があれば、続けて同じものを使う日もあるが、基本的には毎日変えている。

 湯船に浸かる時間は、どんなに忙しい日でも最低30分は浸かる。

 風呂場は、毎日様々な上流階級の人間や、執事など、常に人に囲まれて生活しなければならない今の私にとっては、唯一の「一人を満喫できる時間」なのだ。

 どんな人間に生まれようとも、一人になれる時間が無ければ、心は擦り減ってしまうと思う。

 そんな中で、学園でも特に注目を浴びる華鳳院家に生まれ、学園でも実家でも、常に人の眼を気にしなければならず、トイレですら執事の榛葉に出待ちされる今の私にとっては、バスタイムは至極のリフレッシュタイムなのだ。




 と、いうわけなので、私はまず最初に風呂の確認をしたわけである。


 令嬢生活ブルジョワ万歳とか(心の中で)言っている、平民間隔を前世から持ち込んでしまった私にとっては、上流階級ゆえの苦痛も同時に凄まじいモノであったのである。





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