2.所謂「隠しルート」というヤツのようでございまして
それは、とある教師の(非常に余計な)一言から始まった。
放課前のHRで、担任の冬宮 夜白が夏休み中の寮の改装工事と、それに伴う寮の使用禁止について告げた。――ちなみに、この冬宮も主人公の攻略対象のうちの一人だ。……一応学園モノと言えなくもない(舞台は夏休み中だが)の乙女ゲーム(猟奇系でもれなくR15指定モノですが)で、学生の主人公と教師の恋愛って、大丈夫なのか、と突っ込みたくはなるが、多分、様式美というヤツなのだろう。
問題なのは、そのHRが終わった後のことである。
たんまりと出された夏季休暇の宿題と、榛葉の地獄の家庭教師にうんざりしながら寮に戻る支度をしていた私に、冬宮が声をかけてきた。
「華鳳院、ちょっといいか」
「はい、先生」
「少し話があるんだが、生徒指導室に寄ってくれないか?」
普段それほど素行が悪いというわけでもない――というよりも、素行の悪い生徒など受け入れないこの学園にそのような生徒はいないのだが――私が、冬宮に呼び出される心当たりは無い……ハズだ。
「どのようなご用件でしょうか、先生」
他の教員は、基本的に上流階級の出身であったり、学園側の指導により生徒に対しても少々壁を作りがちな者が多いこの学園の中で、冬宮は唯一といっていいくらい、くだけた態度で生徒に接してくる。冬宮のポリシーとして「出来るだけ生徒に寄り添う教育を」と語っていたことがあったが、反応は五分五分である。
「あぁ、別に特別な指導とかではないんだが……ちょっと個人的なお願いがあってな」
「……わかりました。執事の榛葉に連絡を入れてから、お話しだけ伺いに参ります、先生」
「あぁ、そう言ってくれると助かるよ」
そう言って、冬宮は教室を後にし、私はスマホの(自家製)チャットアプリ(何でも市井に出回っているようなアプリでは情報の漏えいに繋がるのではないかと危惧して、華鳳院の家の者同士でのやり取りは全てこのアプリと専用の電話回線で行われている)で榛葉に事情を説明してから、生徒指導室に向かった。
強いて言うならば、冬宮に呼び出される理由に心当たりは無い、とは言ったが、実質のところ一つだけ可能性が高いと考えているモノがある。――「xxxしたいほどiしてる」だ。
前世の私自身は途中までのプレイではあったものの、確か私が主人公と一緒に夏休みを過ごすルートがある、というのを聞いたことがあった。ソースはもちろん、前世の妹である。私はそのルートまでプレイすることなく儚くも散ってしまったわけだが、このルートはヤバい、というのだけは妹からかなり聞いていた。
そのルートは所謂「隠しルート」というヤツのようでございまして、主人公の幼馴染み・紫宮 春樹(実際彼もクラスメイトとして在籍している)、主人公とハルキの兄的存在でもある夏宮 青比古、その親友である黄宮 秋人、そして私たちの担任である冬宮 夜白の四人のルートを全てハッピーエンドで周回しないと登場しないルートだと言う。確か攻略対象の名前は五月七日 緋だったと思う。他の四人と違ってウチの学園には在籍していないが、前世の妹に耳にタコが出来るくらい、彼の話をされたのと変わった名前なので覚えていたのだ。
そのヒイロルートが、実はこのゲームにおける真エンドというヤツらしく、彼だけは正真正銘、夏休みに入ってからのストーリー開始になっていたはずだ。他の四人は主人公の入学当初からシナリオが開始されるのだが、クラスメイトの紫宮はただのツンデレ無口ヤローのまま変わらず夏に突入しているし、夏宮・黄宮両先輩方に関しては、流れてくる噂を聞く程度である。
私の予想では、主人公はこのヒイロルートを目指しているのではないかと思っていたのだが、今日の冬宮からの呼び出しでソレは確信に変わった。
ちなみに私は高等部進級後からは、「茶髪のミディアムボブ」の生徒には注意するようにしていた。――コレは、ゲームのパッケージイラストやスチルと呼ばれるイラストなどで描かれていた主人公が、総じてその容貌だったからだ。
高等部に進んでから髪を少し染めたり、ヘアスタイルを変えたりした友人たちはいたが、外部進学の生徒でその髪型に該当するのは一人しかいなかったので、基本的には彼女を中心に警戒するようにしている。――もちろん、接する態度などは他のクラスメイトなどと変わらないようにしているが。
などと考え事をしながらではあるが、無駄にだだっ広い学園内をしばらく歩いていると、ようやく生徒指導室が見えてきた。生徒指導室といえばあまりいい印象は持てない場所ではあるが、別に指導されるために来たわけではないので、堂々と入室することにした。
「失礼いたします。華鳳院ですが」
ノックをし、そう告げてドアを開く。――一瞬、ドアを開けたら教師と生徒のみだらな行為が……など妄想甚だしい何かが頭をよぎったのは気のせいだろう。
「あぁ、華鳳院。よく来てくれた。まぁ掛けてくれ」
上座に位置する革張りの一人掛けの椅子を指してそう行った冬宮は、部屋の奥の方に声をかけて反対側のソファに腰かける。
その冬宮の隣に促され、腰かけた茶髪のミディアムボブの女子生徒は……私が高等部進級後、最も距離を置いていた透澤 愛美利その人だった。