10. 自由課題のこと
今日も、お揃いの部屋着(何着どころの量ではない洗い替えを買ってある)を着て、エミリを顔を突き合わせて、学園の課題に取り組んでいる。
会話らしい会話といえば、時々エミリが私に課題の質問をする程度だ。
冷夏ということもあってか、例年のうだるような暑さはないが、どこか薄気味悪いような気配を感じる。
一〇一号室を訪ねてから、私とエミリはその話題を極力控えるようにしていた。
思い出すと、鏡だらけのあの部屋の光景が脳内を過ぎり、何とも言えない気持ち悪さを覚えるのだ。
別に、榛葉の言っていた、いまじ……ナントカに嫌悪感を抱いているわけではない。鏡くらいは年頃の女子の部屋ならば一つくらいは置いてある方が普通だろう。私も外出時には常に小さな携帯用の手鏡くらいは持ち歩く。
要は、あの部屋の、独特の雰囲気だろう。
何だかんだ言って、結局私はあの日のことを思い返すことが多くなっていた。
だが、今日も家庭教師役の榛葉は外出しており、止まったペンを戒める声もない。だからこそ、存分に思案に浸っているのだけれど。
「アリス様」
不意にかけられたエミリの声に、一瞬だけドキリとする。
……まさか先ほどからまったく動いていないペンについて突っ込みを入れられるのでは……?
「最初にお話しした自由課題のこと、覚えています?」
……心臓が跳ね上がるかと思った。――何故だろうか。まだ、一〇一号室を見ただけなのに。
というか、その話しをされるくらいなら、まだペンの動かない動きについて突っ込まれる方が良かったかもしれない。
「えぇ、確かこちらのハイツの住民の方々について調査してまとめる、というものでしたわね」
冷静に答えては見せたが内心、エミリにもそのことは忘れていてほしかった。それとも、これは課題を変更しようという提案なのだろうか――それなら嬉しいのだが、どうもそんな気がしないのは気のせいだろうか。
「そうです。ねぇ、アリス様」
エミリはペンを置き、こちらに身を乗り出してくる。
「まさか、途中で辞めた、だなんて仰いませんよね?」
本当は辞めたい。めちゃくちゃ辞めたい。ただ「私」のプライドのせいなのか「そーね、辞めちゃいましょっか♪」という言葉も思いも出てこない。
「まさか、そんなこと」
自分の気持ちとは真逆な言葉が口から飛び出る。
「私があの程度の光景で慄くとでも? 予定通り、ココの住民の調査を続けますわよ」
私の意思じゃない言葉が、私の思いとは真逆の言葉が口から流れ出る。
違うの、エミリ。「私」は本当は、こんな調査なんて辞めてしまいたいの。
ほかの誰でもない私自身の口から出た心にもない言葉に、エミリは何故か安心したように微笑んだ。
「よかったです。それでは一〇一号室の次ですから……そのお隣にしましょうか?」
そう言って、エミリは再び課題を解くためのペンを握り直し、一〇二号室の住民への考察を、課題を解く傍らでしゃべり続けた。