1.どうすれば華鳳院 愛理澄は死なないか
「ここが裏野ハイツ……ですわね」
執事の榛葉にどデカいトランクを持たせたまま、私はそう呟く。
築三十年とは聞いてはいたが、建物が纏っているものものしい雰囲気が、それよりもさらに古びた印象を持たせている。
どこか既視感があるのは……多分、薄らと残る前世の庶民暮らし時代の記憶だろう。
そう、何を隠そう、私は所謂「転生悪役令嬢」というヤツである。
「愛理澄様、そろそろお部屋の方へ」
近年稀に見る冷夏のせいか、この裏野ハイツの雰囲気のせいか、鳥肌が立つ私に、専属執事である榛葉が部屋に入るよう促す。
「そうね。参りましょうか、榛葉」
そう言って、私は裏野ハイツの錆びた外階段を上り、この夏滞在予定の部屋「203号室」へ向かった。
*****
私、華鳳院 愛理澄がそれに気がついたのは、高等部に上がってからだった。
私たちの学園は、巷では所謂「金持ち学園」と呼ばれるような、全寮制の私立学校。
幼稚部から初等部、中等部、高等部とあり、さらに街中に巨大キャンパスを構える大学と大学院までがエスカレーター式になっている。
所属する生徒はみな、日本の各界に名を轟かせるような家系の子息令嬢か、推薦などで学園側がスカウトした特定の分野で活躍するようなエリートばかりだ。
幼稚部・初等部、中等部、高等部、大学ともに、内部進学以外の学生を受け入れる為の入学試験自体は存在するものの、かなり倍率が高いと言われている。
私はもちろん、今世での実家の財にモノを言わせた、幼稚部からエスカレーター式に高等部まで上がってきた、純粋培養のお嬢である。――もちろん、華鳳院家の名に傷を付けないよう、榛葉という執事という名の鬼家庭教師が寮に住み込みで、毎日放課後はノルマを達成するまで勉強漬けではあるが。ちなみに、ウチの他にも執事を寮に置かせている家は少なくない。というか、名家の出の生徒で執事を連れていない方が珍しいくらいである。男子寮と女子寮の間に、各家が富を出し合って建てられた執事の寮があるレベルだ。もちろん、我が華鳳院家も執事寮の他、様々な学内備品を寄付させて頂いている。
今学期は、劣等化した(といっても建てられてから十年も経っていないはずだ)寮の改築を夏休みに行うと言う事で、夏休み中は寮での生活は禁止になっている。部活動のある生徒は、何らかの手段で山奥にそびえ立つ学園まで通う事になるらしい。
さて、そろそろ私が「気がついた」事について説明しよう。
それは、この学園での生活が、前世プレイしていた猟奇系恋愛シュミレーションゲーム(所謂乙女ゲー)「xxxしたいほどiしてる」シリーズの舞台にひどく酷似していると言う事だった。
そのシリーズでは、敵役の令嬢「華鳳院 愛理澄」は、主人公にいちいち突っかかっては無茶苦茶を言い、挙句最後には「大体」猟奇的な死を遂げる――猟奇的ではなくてもなんだかんだ言って結局死ぬ――そんな役ドコロだ。
確か、前世の乙女ゲーオタクな妹に借りて途中まではプレイしていたような気がする。だが、イケメンの立ち絵に文章が並び、選択肢を選んでイベントを起こすだけの単調なシステムのこのジャンルのゲームは、前世のゲームというゲームを遊び尽くした私には退屈だったらしく、肝心の「どうすれば『華鳳院 愛理澄』は死なないか」という情報は抜けている。
ただ、「私」は学園内でも別段イジメなどは行っていないし、友人も多く、有意義な学園生活を送っている。初等部でも中等部でも、新しく入学してきた生徒たちともうまくやって来たつもりだ。つまり、たかが外部生一人に入学に対して「私」がいきなり「悪役令嬢」になるとは限らない。というか、なるつもりも毛頭ない。
もし、件のゲームの登場人物と思しき人物――とりわけ主人公と思われる人物には、なるべく接触しないように、自然体で過ごしていれば、悪役令嬢・華鳳院 愛理澄の死亡フラグは回避可能ではないだろうか。
そう思い、高等部に上がってから夏になるまでの数ヶ月を、私は過ごしていた。