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「アーデル、君の"前"の話が聞きたい」


師匠が突然そう言いだしたのは、私がやたらと叙情的かつ分かり辛い表現の多い恋物語の書き写しに四苦八苦していた時だった。


「"前"の君が生きていた100年前と言えば、ちょうど魔術の基礎が確立されつつあった時代だろう?書物じゃなくて実際に当時生きていた人間から、その頃魔術がどんな扱いを受けていたかを聞きたい」


そう言って好奇心に目を輝かせる。前から思っていたが、師匠は好奇心が旺盛だ。以前本人にそう言ったら魔術師は大抵知識欲の塊なのだと苦笑された。


「そうですね……。私が小さい頃は、魔術は怪しい呪いとして忌避されていました。デイラムにも呪い師のお爺さんがいたけれど、町の人は何かして欲しい時くらいにしか近づいて行かなかった……」


思い出すのは、寡黙な、けれど穏やかな雰囲気を持ったお爺さんだ。町の人からは怖がられていたし、私も最初はあまり喋ってくれなかったから鬱陶しがられているのかと思った。ただ、私はユーノに会いたいがために二人の住まいをよく訪れ、その度に言葉数少なく、けれども子供の好きそうな甘い果物を用意してくれるお爺さんを見て、怖い人という意識は早々に無くなった。

……ユーノはあのお爺さんをとても尊敬していて、大切にしていた。彼にとって、あのお爺さんはたった一人の家族だったのだから、それは当然だろう。ただ、幼いときは我儘で自分が一番じゃないと気が済まなかった"前"の私は、ユーノがお爺さんを優先する度に癇癪を起こしていたっけ……


「概ね歴史書の通りだね。魔術の基礎が確立され、一般に知れ渡るまで呪い師は得体の知れない術を使うものとして恐怖の対象だった。けど、デイラムにも呪い師がいたのか」


師匠の言葉で意識を"過去"から引き戻される。


「はい。……でも、田舎のデイラムではそんな感じでしたが王都ではもうその頃から魔力についての研究はされていて、知っている人は知っている状態だったそうです。魔力の存在がきちんと証明されてから魔力や魔術が広く知られるようになって、私が15歳になる頃にはデイラムでも存在は皆知っていました」


さっきは少し、話しすぎたかも知れない。今になって後悔する。私は"前"の私の不都合な記憶としてユーノのことは師匠に話していないし、話すつもりもなかった。なのに、問われるがままにユーノと一緒に住んでいた呪い師のお爺さんのことを話してしまった。大したことではないのかも知れないが、自分の迂闊さに歯噛みする。


顔をちらりと上げ、師匠の様子を伺うと、師匠はじっとこちらを見つめていた。深い青の瞳は心の奥底まで見透かすようだ。そう感じるのは、私の中に隠し事をしているという疚しい気持ちがあるからか。


「……なにか?」


「いや、なんでもないよ。

……ねぇ、君は前世で魔術師に会ったことはないのかい?今の世でも生きている人たちは多い。そうだな、例えば……王宮筆頭魔術師のイース・ギースや、王立魔術学園長のイェノン・タタラ、この国一の魔導士との呼び声高い、ユーノ・ヴァルハイト、とか」


先ほどから私の思考の大半を占めていた人の名前が挙げられ、一瞬息が詰まる。こんなことで動揺するべきじゃないのに。


「知らないですね」


意識してなんでもないことのように言う。

師匠が挙げたのは今の世では有名な人なのだろうが、当時は全く名前を聞かなかったので、前の2人に関しては知らない、というのは嘘じゃない。後の1人に関しては真っ赤な嘘だ。


「……でも、大魔導士ユーノの名前はこの村でも知れ渡っています。一体どういう方なんですか。師匠は会ったことがありますか? 」


この話題には触れないほうが良いと分かっていながら、気になって聞いてしまう。でもこの村でも魔術師といえば〜くらいの立ち位置なので、不自然ではないはず。


「私みたいな一介の魔術師が会えるような方じゃないからねぇ。どういう方っていう質問も難しい。最近では滅多に消息も掴めないらしいし。

前は王宮筆頭魔術師をやっていたんだが、イース・ギースに引き継いでふらっとどこかに行っちゃったらしいよ」


そこまで話すと、師匠は悪戯っぽい顔をし、あぁ、でも、と続ける。


「君に限って言えば、ユーノよりも気にするべきはイェノンだよ。春になれば、君は王魔学に世話になるんだから」




「……はい? 」


オウマガクは王立魔術学園のことだというのは分かる。分かるが、私がそこで世話になる?


「春になったら私は一度王都に戻らなくちゃいけなくてねぇ。だからその時には君も一緒に連れて行って、王魔学の入学試験を受けてもらうつもりさ。試験は、まぁ、君なら心配ないだろう。

お金のことなら大丈夫。あそこには特待生制度があるから学費と寮費は必要ない。まぁ生活費は自分でどうにかしなさい」


話の流れでさらっと言われたが、ちょっと待って。王立魔術学園の入学試験を受けるなんて初めて聞いた。えっ、師匠?


「弟子入りした場合、普通師匠が独り立ちするまで弟子の面倒を見るのでは!? 」


「えぇ? 私は君の労働の対価として魔術を教えてるに過ぎないしぃ? 師匠と呼ばせるのはあくまで私の気分によるものだしぃ? 正直弟子を取る利点が私にそこまでないしぃ? 」


薄ら笑いを浮かべ、愕然とする私の反応を楽しむように言葉を重ねる。語尾の上がり方がまたいやらしい。

なんて人だ……!基本的に薄情、しかし人情に厚い部分もあると思っていたのに。今の師匠はまるで圧倒的弱者であるネズミを嬲る意地の悪い猫のようだ。


突き放すような言葉に呆然とする私の顔をしばらく眺め、師匠は小さく噴き出した。


「……ふふ、いい反応だねぇ。

真面目な話をするとね、正規の魔術師として認められるには魔術学園の卒業が必須要件なんだよ。そうじゃないと、魔術師としてまともな職にはつけない。まぁ、非合法な職なら掃いて捨てるほどあるけれど。

それに、私が教えるにも限界がある。君にとって、教職のものからきちんとした教えを受け、設備の整った場所で勉強することが1番いいと私は思う」


あと、さっきのはちょっとしたいじわるさ、本音も入っているけどね、と言って口元に手を当て、またふふふと笑う。やはり本音も入っていたか。


「だが、今のは君が魔術師を目指すなら、の話。これは数ある選択肢の一つに過ぎない。このまま村にとどまるのもいいし、学園に入らず旅に出たっていい。あまりお勧めはしないが、ちょっと危ない道に走ってみることもできる。

全てはアーデル、君の自由。よく考えて決めなさい」


そう言って師匠は柔らかい微笑みを浮かべた。先ほどの意地の悪い顔とは対照的な、まるで慈しむかのようなその表情に気恥ずかしくなり、落ち着かない気分にさせられる。





「……ちなみに、師匠についていくのは? 」


「それはダメ」


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