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ラールス


魔素が感じ取れるようになって以降、私は師匠監督のもと、簡単な魔術の練習をしている。体力がないためにすぐにばててしまうが、概ね順調だ。実に充実している。


魔術の勉強、に関しては。


「なぁーアーデル、俺にも魔法教えろよ」


甘えたような声を出しながら纏わりついてくるのはすぐ上の兄、ラールスである。いつもの日課で夜に日記でもつけようかと外に出たらついてきてしまった。

最近、魔術を教えてくれと四六時中強請ってくるのだ。なんでも彼の恋煩いのお相手、エリーナが魔術師ってかっこいい、と言ったのを小耳に挟んだらしい。家にいるとずっとこの調子なので、辟易する。


「……教えてあげたいけど、魔術の勉強は大変だし、ラル兄勉強嫌いじゃない。文字もわからないし」


魔術の勉強は、"前"の時代にみっちりと教育を受けた私でも辛いことがある。勉強が大嫌いなラル兄にははっきり言って全く向いていない。


「頭使うの俺苦手だし。ていうか、お前なんで文字なんか知ってんだよ」


じっとりとした目でこちらを探るように見る。


「わ、私は師匠から教えてもらったから」


「じゃあ俺もあの魔術師から教えてもらう! んで魔法も教えてもらう! 」


私のしどろもどろの答えを聞き、訝しげな顔から一転、にかりと笑う。ラル兄は単純かつ直情的なのである意味扱いやすいが、猪突猛進型なので思いついたら即行動だ。こうなったら絶対に師匠のところまで言って頼み込むだろう。巻き込んでごめんなさい、師匠。


心内で謝罪していると、なあ、という声とともに肩を叩かれる。


「……あれ、魔術師じゃないか? 」


「えぇ? 」


そんなに都合よくいるわけない、と思いつつラル兄の指差す方向を見ると、本当だ、夜にも関わらず相変わらず寒そうな格好で師匠が歩いている。なんて間の悪い人なんだ。


「よし! 俺言ってくる!! 」


止める間もなくラル兄は立ち上がり、夜だというのにおーい!!と大きな声を上げながら師匠のもとに駆けていく。あとで叱られても知らないぞ。


放っておくわけにもいかず、しかたがなく後をついて行く。



「うん? 君は……アーデルのお兄さんか。私に何かようかい? 」


師匠はちらりと私の顔を見て何があったんだと目で聞いてくるので、とりあえず肩を竦めてみる。私にはどうしようもなかったんだ。


「俺にも魔法を教えてください!! 」


そうこうしている間にもラル兄は突っ走り続ける。


「魔法ねぇ……。どうして君、使えるようになりたいんだい?」


「魔法ってかっこいいじゃん!それに、使えたらすげー便利!お願い、俺にもおしえて!」


キラキラとした目で師匠を見上げる。奴は昔からその顔立ちも相俟って年上のお姉さまにやれ子犬のようだ、かわいいだのと言われてきた。おねだりはお手の物。しかし、おそらく師匠には聞かないだろう。


「学びたいってのは結構なんだけどね。簡単なことじゃないんだよ。たくさん勉強をしなくてはいけないし、誰でも使えるわけじゃない」


「アーデルだってすぐに使えるようになったんだから、俺だって頑張れば……」


「あれは特殊だから」


その言葉を聞いて、ラル兄はムッとした顔をした。


「とくしゅってなんだよ、俺とアーデルの何が違うんだよ。妹にできたんだから、兄ちゃんの俺にだってできてもおかしくないだろ! 」


納得がいかず、俺にもできる! という趣旨の発言を繰り返す兄。師匠はしばらくそれに付き合っていたが、最後には深々とため息をついた。そして、いつもの飄々とした態度を消す。


「ねぇ、君は魔術を学ぶためにどこまでできる?今から文字を学び、論理を身に付け、報われるか分からない努力をいつまで続けられる?

アーデルは偶々"下地"があったんだ。だから比較的早く芽が出た。普通だったらこうはいかない。何年も、使えるようになる確証のない魔術のために勉強をしなくてはいけない。

君にその覚悟があるか」


そう言う師匠の顔は真剣で、勢いづいていたラル兄もぐっと押し黙る。

そしてだんだんと眉が下がり、へにょりと情けない顔をした。叱られた子犬のようなその様子を見て、師匠は表情を緩め、ぽんぽんと低い位置にある頭に手を置く。


「……それでも、君が魔術を学びたいというのなら、まずは文字を勉強しなさい。そこのアーデルに教えてもらって、ね」


ここで私に振るのか。でも、本当にラル兄が勉強する気があるのなら。


「私にできることは、するよ」


そう言った後、しばらく間をおいてから、小さな声でありがと、とラル兄は呟いた。

それから二人で顔を見合わせて、くすりと笑う。




「兄妹の心温まる光景だねぇ。

さて、悪いけど私はもう行くよ。人を待たせてるんだ」


「こんな時間にですか? 」


この村の夜は早い。今の時間は大体の家が晩御飯を食べおわり、もう寝る支度をしている頃だろう。今から人に会うなんて普通しない。


私とラル兄が不思議そうな顔をしていると、師匠は腰をかがめて、密やかな声で囁いた。



「これからは大人の時間、さ。君達はもう寝なさい」


そう言って艶っぽい顔をし、ペロリと唇を舐める。


なるほど、大人って不潔だ。






余談だが、その後ラル兄は文字を勉強し始めて1日で投げ出した。

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