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魔術の素養


私が師・ミレニアに弟子入りして既に半月ほど過ぎた。

近頃は毎日朝起きてから家のことを早々に済ませ、時間が出来次第村長の家に泊まっている師匠のもとに行き書物を書き写しているのだが、その量といったらうんざりするほどであり、写しても写してもまだあるぞと言わんばかりに次から次へと師匠が出してくる。一体これほどの量をどのようにして持ち歩いていたのか。書物を書き写すことくらい大したことではない、などと考えていた自分は甘かった。そして師匠は鬼であった。事前にこの量を知っていたら弟子入りを躊躇していたかもしれない。

書物の種類は歴史に、民話、魔術に関するものに、恋物語と節操がない。これを写してどうするのかと師匠に聞いたこともあるがはぐらかされてしまった。この写す行為の目的がわからない、という現状がうんざりとした気分に拍車をかける。


肝心の魔術に関してといえば、まだ全く使えるようになっていない。今は基礎固めの時期、といって体系や理論を勉強させられている。曰く、

『物心ついた時には魔術を使えた、なんて言う奴もいるけどそれはほんのごく一部の天才。大体は必死に勉強して理解して、やっと使えるようになるものさ』

ということらしい。

魔術を使うためにはまず、この世に存在する魔素というものを感じ取り、その流れを掴まなければいけない。だが、それが魔術を勉強し始めた者にとって最も大きな壁となるそうだ。全く魔素を感じ取れない人間も少なくないらしく、私もそうではないかと恐々としている。



「勉強しても瞑想しても、ちっとも魔素なんて感じ取れません。私、才能がないのでしょうか? 」


「もう弱音かい?アーデル。こういうのには個人差があるのさ。根気強くおやり」


このやりとりを既に何度も繰り返している。勉強し始めの頃は希望に満ちていた私もすっかり腐ってしまった。


「……何か、他の方法とか。一般にはあまり知られていない近道とかないんですか」


「なくもないんだけどねぇ。結構無理矢理な方法だから危ないよ。それに、そういう方法に逃げるよりも、苦労して身につけた方がいいだろう? 」


そう言って、話は終わったとばかりに背を向けて出かけて行ってしまった。今日は村の人から依頼を受けていたらしい。




「はーぁ」


とぼとぼと帰途につく。最近はいつも浮かない顔をしていると家族にも心配される始末だ。

兄姉はともかく、両親や祖母は私が魔術の勉強をしているのをよく思っていない。それに加えて私のこの落ち込み様を見て、師匠のところに行くのはもうやめなさいと止められる。

辛い。いろいろと。しかし、私が魔術を学んでいることをよく思っていないのは、両親だけではないのだ。例えばーー


「見ろよ、アーデルだ」

「おーいアーデル!ちょっとは魔法が使えるようになったかよ!!」

「ありえない。魔法が使えてたら、まずあのみっともない服をどうにかしてるわ!」

「だよねぇ」


顔を見合わせてくすくすげらげらと笑いあう。家に向かう橋の上に集まってくれているせいで避けていくこともできない。

そう、私はすっかり村の子どもたちから除け者にされるようになったのだ。自分だけが魔術を習うことは彼らにとって許し難い裏切り行為だったらしい。仕方ないじゃないか、師匠は見返りがなければ面倒なことをしない人なのだ。


相手をする気にもなれなくて、無視をして横を通り過ぎようとした。けれど、腕に抱えていた本を力ずくで取り上げられる。


「ッジダル!!何するの!返して!」

「なにするのー、かえしてー、だってさ!!」


裏声で似てない物真似をし、また笑う。女子が返してあげなよー、なんて言ってるけど、絶対そう思ってないだろ。

冗談ではない。それは師匠から大切に扱うことを約束して借りた本なのだ。何かあったら私がただでは済まない。


「んだこれ、字しか書いてねーじゃん。つまんね」


だったら早く返せ。そう言うのも嫌になって、無理矢理奪い返そうと飛びかかる。少しジダルともみ合っているうちに手から本が離れ、川の方に向かって飛んでいく。落とすわけにはいかない!


「よっ!!」


慌てて向かい、橋の欄干から身を乗り出して無事に本を掴む。ホッとした瞬間、ずるっと雪で足が滑る。


「え」


重心が傾き、ぐるり。


世界が反転する。








「……という、わけでして。おかりしていたほんをだめにしてしまいました。

あと、しばらくいえであんせいにするようにと」


「はぁ。君が川に落ちたって聞いて気が気じゃなかったよ。たかだか本のために無理をするなんて、馬鹿だねぇ」


呆れたように溜息をつく。

少女が冬の川に落ちたとあって、あの後ちょっとした騒ぎになったのだ。家で寝込む程度で済んだのは不幸中の幸いだ。下手をしたら心の臓が止まっている。


「ねぇ、せんせい。でもひとつ、いいこともあったんですよ」


枕元に置いてあった湯呑みを手に取り、少し集中する。すると、ピシピシという音をたてながら表面が凍りつく。


「……!魔素を感じ取ることができるようになったのか」


そうなのだ。川に叩きつけられ、刺すような冷たさと息苦しさを感じた瞬間、頭の中が冷たく澄み渡るような感覚を覚えた。それ以降、私にも何故か魔素が感じられるように。


「人間大きな衝撃を受けたり異常な状態に陥ったりすると、普段では考えられないような力を発揮するっていうし。君もそれかもしれないねぇ」


感心したように呟いている。私の衝撃体験は師匠の興味を引いているようだ。

だが、そんなことはどうでもいい。これで私にも魔術の素養があることが判明したのだ。元気になり次第、本格的に魔術を教えてもらえる。

既に私の頭の中には、魔術師として名を馳せる自分の輝かしい未来が思い描かれていた。


輝かしい未来(幻想)


未だにヒーローが出てこないので、なんとかしたい。

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