魔術師
実りの秋を過ぎて、季節は冬になった。今日も今日とて繕い物をして1日を過ごそうと思い、少しでも明るい窓辺に座り込んで布を広げる。すると数分も経たぬうちに遊びに行っていたはずのすぐ上の兄、ラルが顔を赤くしてやって来た。
「流れの魔術師? 」
「そうっそうなんだよ!! 今村長の家に来てるんだって! すごくね? 」
興奮気味に唾を飛ばしながら喋る。しかし、それも無理はない。魔術が広く知れ渡っている今でも魔術師の数は決して多くない。こんな片田舎にやってくるなんて、そうそうないことだ。
「魔術師かぁ、奥さんになったら一生食べるのに困らないかも。男だった? 女だった? 」
そういって身を乗り出すのは次女、メレリー。14歳になった彼女はロマンスの香りを敏感に感じ取ったらしい。
「いや、そこまでは聞いてないけど」
「なによ、つっかえなーい! 」
そういって頬を膨らませる。
「だからさ、3人で見にいこうぜ!! どんな奴か!」
なぜ私まで勘定に入れるんだ。
「仕方ないわねー。ほらアーデル、あんたも準備して! 雪降ってるからあったかい格好してくわよ! 」
「……うん」
村長の家まで向かうと、すでに村の子供が何人か門の前で屯していた。
「考えることは皆同じね」
「ね」
そう言ってじゃあ出てくるまで待ってみようかと話していたその時、門が開く。
そこから村長と連れ立って出てきたのは、背の高い女性だった。
黒い艶やかな肩まで伸ばした髪が神秘的であり、タレ目の青い目と目元の黒子がとてつもなく色っぽい。ぽってりとした赤い唇は緩く弧を描いている。服装は魔術師の特徴である長いローブを身につけているのだが、こんな雪の日にも関わらず、前が全開である。
そして誰もの目を惹き付けるのが、胸についた二つのたわわな実り。
「で、でけぇ……」
「こらっ」
初対面の女性に向けるには甚だ失礼な言葉だが、心の中では強く同意するよ、ラル兄。
「小さなお客人が多いですねぇ、村長」
「いや、はは……。なにせこんな辺鄙な場所ですから、あなたのような方は珍しいのです。皆気になったのでしょう」
「子供が元気なのはいいことだ」
そう言って艶っぽく微笑む。思春期の少年にはその姿もあいまってなかなか刺激が強いのでは。
「魔法、見せて! 」
誰かがそう言ったのを皮切りに、皆がざわざわとし始め、期待に満ちた目を魔術師に向ける。
「……普段はこんな無料奉仕なんてしないんだけど、まあ、ここで暫く世話になるから」
そう言うと、口の中で低く何か呟き、杖を前に掲げ一振りする。すると、女の周囲にゆらゆらと揺れる炎が幾つも現れたのだった。
「……! 見たかよアーデル! 本物の魔法だ! 火が出たぞ」
「いたっ! ちょっと叩くのやめてよ」
興奮のあまりラル兄がバシバシと背中を叩いてくる。せめて加減をしてくれ。
「……お前、感動薄くね? 何にもないとこから火が出てぷかぷか浮いてんだぞ? 」
「驚いてるよ、一応」
なにしろ私は魔術を見るのはこれが初めてではない。初めて見た時は確かに興奮したが、今はそこまで新鮮な感動はない。
そんなやり取りを兄としていると、ふと視線を感じてそちらを見る。魔術師の女と目が合い、にこりと微笑まれる。ので、こちらもにこりと笑ってみる。
「……さて、満足してもらえたかな、皆さん。私の名前はミレニア・エル。父君や母君にもよろしく伝えてくれたまえ」
そういって魔術師の女は村長と連れ立って行ってしまった。
「すげーもんみたな、他の奴らきっと俺らのこと羨ましがるぞ」
「魔術師って本当にすごいのね。あー、これで女じゃなくて男だったらさいっこうだったのにー」
興奮気味に感想を漏らす兄と姉。その輪に入っていけなくて黙って後をついて行った。
その夜。今日もそそくさと晩御飯を食べ終わり、紙とペンを持って家を出る。これは村に商人がやってきた時にねだりにねだって買ってもらったものだ。寝る前にこれにつらつらと前世のことを思い出して書いたり、覚書をしたりしている。家の中だと周りの目が気になるから。文字なんて知るはずのない末娘が文字らしきものを書いていたら流石に家族もおかしいと感じるだろう。外は静かだし、今は雪明りで明るい。少し寒いのが難点だが、書き物をするには悪くない。
背の低い塀に腰掛け、書くことに没頭する。書きたいことを大概書き終えて、一息ついたその時。
「君、随分と古風な文字と書き方だねぇ」
すぐ後ろから艶のある声がする。慌てて振り向くと、そこにはあの女魔術師が立っていた。
「なん、なんで……?いつからそこに……」
「いや、散歩をしていたら女の子が一生懸命書物してるから、気になってね。絵でも描いているのかと思ったら見てびっくり。まさかこんなもの書いているとは」
そう言って女はまたしげしげと紙を見つめてくるので慌てて隠す。
「ふふ、本当に不思議だ。こんな本もそうそうないような場所で、ここまで正しく美しい字を書く子がいるなんて」
青い瞳がひたと私を見据える。
「君、一体何者?」
瞬間、なんとかして誤魔化さなければいけないと感じる。だが、なんと言えばいいのか。あー、うー、と悩んでいる内にもう正直に言ってしまった方が良くないかと思った。
なんとなく、この人には言ってもいい気がしたのだ。自分が前の記憶を持っていることを。いい加減、1人でこれは自分の妄想なのだろうかと自分を疑うことに疲れていたのかもしれない。意を決して、女を見る。
「私、"前の私"の記憶があるんです。……信じますか? 」
「いいねぇ、面白い。聞かせておくれよ、その話」