アーデルという少女
「なぁ、それとって」
「ちょっと、口から出てる! きったなーい」
「ラル、お前食べ過ぎじゃね? 」
「お前ら静かに飯を食え」
「アーデル、あなたもう食べないの? 」
「……うん、お腹一杯だから」
汚れた食器を片付けようと立ち上がる。騒がしい食卓。父と母、祖母、兄が3人に姉が2人。そこに私を加えてなんと9人の大家族だ。
「はぁ? だからお前チビなんだよ。好き嫌い多いし」
「ほっといてよ、ジオ兄」
片付けると、そのまま居間を後にする。あのままあそこに留まってもろくなことがない。一番の年下は一番立場が弱いのだ。ある時は洗濯女、ある時は給仕へと強制的に仕立てあげられる。
「ああ、こんな寒い日は婆やのホットミルクが飲みたい……!」
季節は秋、この隙間風が吹き荒ぶ家ではすでに寒さが感じられる。
"前"は寒くなってくると、寝る前に必ず婆やが蜂蜜と少しのお酒が入ったホットミルクを用意してくれたのだ。あの味がたまらなく恋しい。
そう、私にはなんと"前世"の記憶があるのだ。前世の私は立派なお屋敷に住むお嬢様。毎日毎日教養を勉強し、礼儀作法を身につけ、刺繍を趣味にして暮らしていた。それが今や貧乏大家族の最下層である。教養も礼儀作法も、読み書きできないものばかりの村では役に立たない。まぁ私が生きていたのは100年程前なのでその知識も100年前のもの、どのみち使えないのかもしれないけれど。
刺繍の技術は役に立っているのだろうか……? 主に繕い物しかしていない。それでも私が一番上手いからとよく繕い物を頼まれる。
この前世の記憶のせいで、私は周りの人間からかなりの妄想癖があると思われていてる。『アーデルお嬢様、ご機嫌はいかが? 』なんて揶揄われることも少なくない。失礼な話だと思うが、一方でその評価は正しいのかもしれないとも感じる。だって、誰も100年も前にシノアなんて女の子が生きていたことなんて知らないから。もしかしたら全部本当に妄想なのかも。
いや、今でも前世と変わらないものもある。そのうちの一つは私の元・恋人、ユーノの存在だ。なんと彼はこの世界でも生きているのだ、大魔導士として。魔力を多く持つ人は肉体の老化が非常に遅いらしく、彼は今も二十代半ばの容姿をしているそうな。こんな辺鄙な田舎でもそこまでの情報が回ってくるのだ、その知名度は推して知るべし。……もしもあの当時とさして変わらない姿と出会ったら、引っ叩いてしまうかもしれない。会う予定はないけれど。
今の私なら分かる。前の私に言える。お前は馬鹿だと。
父や母や兄、婆やの話を聞いておくべきだったのだ。恋に盲目となってしまった私は聞く耳を持たなかったが。それで結婚適齢期を逃し焦っていたのだから世話が無い。
そして奴だ。ずるずると前の私と付き合いを続け、結果として私に最悪の結果をもたらした。殺すならば早く殺せ、別れるなら早く別れろ!思い出す度に苦いものがこみ上げる。私は前の私のは違う。あなたのことだってもう、好きなんかじゃ……ない。
今生では、もう間違えない。私は私の力で自分の幸せを掴みとってみせる。