後悔とその終わり
私は逃げた。あの2人の前から。走る、走る、ひたすら走る。泣きながら路地を駆ける。行きはあんなに幸せな気分だったのに、どうしてこうなったの。あの女が悪い、ユーノが悪い! 私は悪くない! 頭の中で言い訳して、必死に自分を正当化しようとするが、心の片隅の冷めた部分がそんな醜い私を嘲る。だからあなたはダメなのよ、シノア!!
途中で見つけたごみ捨て場に衝動に任せてバスケットごとパイを放り捨てる。その瞬間、なんだかんだと言いながら、最後には喜んでくださるといいですね、と言って笑った婆やの顔が脳裏にちらついて、余計に泣けた。
帰りの乗り合い馬車に揺られながら、ひくひくと泣く。周りの人からは遠巻きに見られているが、気にしている余裕はなかった。
終わってしまったのだろうか、何もかも。あんなことして、拒絶されて、次はどんな顔をして会いに行けばいいというのだろう。小さな頃は、お互い嫌なこと、許せないことがある度に喧嘩した。私は今より我儘で無知だったし、ユーノは意地悪で人を思いやるなんてことをしなかった。でも、その度に仲直りをしてきたのだ。大抵私が謝らさせられたが。
そういえば、いつからかあんな風に喧嘩をしなくなった。一緒にいる時間も減って、それが寂しくて、私はますますユーノに執着して。もしかしたら、私達の関係はずっと前から歪んで、綻んでいたのかもしれない。それを無理やり私が繋ぎとめようしていたのかも。でも、それでも。
「……私、あなたが好きなの」
小さく掠れた声で、ポツリと呟く。
ーーガタンッ
その時、馬車が大きく揺れる。
「何?何かあったの」
周りがざわざわと視線や囁きを交わし始める。こういう時、1人は心細い。そう思った時、窓の外を眺めていた男が叫ぶ。
「ーー襲われている! 野盗だ! 」
一瞬の静寂。その後悲鳴が響く。野盗。襲われている。その言葉がじわじわと身にしみて身体が震える。金品を差し出して済めばいいのだが、そうはならないだろう。
外が松明の明かりでぼうっと明るい。誰もが取り乱し、ある人は馬車の扉を開けようとし、またある人はそれを止める。狂瀾というのに相応しい有様。どの行動が正解なのかがわからず、私は動けなかった。
その時、もう一度馬車が大きく揺れ、急な浮遊感。馬車が崖から落ちたのだと気付いたのはそのすぐ後だった。
ーー身体が、動かない。私は一体どうなったのだろうか。人の呻き声。すすり泣く音。何も見えなくてよかったのかもしれない。
私、死ぬのか。
だんだんと感覚が薄れてきて、その言葉が現実味を帯びてくる。痛みはない。
お父様にも、お母様にも、何も言わずに出てきてしまった。最後に一体何を話したのだろう。お兄様にも、もっと話したいことがあった。婆やだって、お喋りなメイドのナナカだって、もっと、もっと……!!!
浮かぶのは後悔ばかりである。だって、こんなに早く死ぬとは思わなかった。私はユーノと結婚して、幸せな家庭を築くはずだった。そのために、たくさん勉強して、いろんなことを我慢して、これからの未来のために、私は、私はずっと! 死ぬとしたって夫や子供や孫に囲まれながらで……
嗚呼、死にたくない! 死にたくない! 死にたくない! そう思っているのに身体は緩やかに死に向かう。
「助けて、ーーー。」
意識はそこで途切れた。